事件発生 江藤克也-1
白いワゴン車に詰め込まれたあと、目隠しをされシートベルトをされた後で、手と足も縛られた。耳は聞こえている。車が走りだしてすぐにポケットを探られて中身を取られてしまった。ハンカチ位しかはいっていなかったが、あまり気持ちのいいものではなかった。
克也は車が走る音と複数の人間の呼吸音だけをしばらく聞いていた。それから大きな花火のような音がした。呼吸音は激しくなり、小声で「くそっ」とか「ちっ」とか囁かれるのを聞いた。先ほどの花火のような音は彼らを慌てさせるような何かだったようだ。彼らの息遣いだけで、克也は車の中に居るのが4人だと判別できた。自分の前方が運転手、真横に一人、後ろの席に二人だ。全て男。車内にはタバコとガソリンに混じって土の匂いがする。誰かの靴か車の床に土が付いている。黒い、森の土の匂いだ。
車が向かう方角は分からなかったがかなり長い時間走り続け、ついに車が止まった。車の扉が開く音がして、足の紐がほどかれた。シートベルトが外され、外へ引き出される。目隠しをされているので段差が見えない。誰かが自分を抱え上げるのが分かった。
外は森の中の匂いと、人工的な薬品の匂いが混ざっていた。学校の匂いに似ている。克也は促されるまま歩き、どこか室内と思われる場所で座らされ、しばらく一人で放っておかれた。
人が入ってくる気配がしてやっと目隠しを外された。目をしぱしぱとさせて明るさになれると、そこは白い壁の四角い部屋だった。簡易ベッドと小さな机がある。それから今克也が座っている余り座り心地のよくない椅子。薄いカーテンをひいた窓の向こうは真っ暗で様子を窺うことができないのだった。
目の前には白髪交じりの中年男性がいた。
「江藤克也くんだね。」
克也はこっくりと頷いた。男は笑顔になった。
「会いたかった。君を16年ずっと探していたよ。ついに会うことができたね。」
彼はそう言って克也に手を差し出したが、克也は手をみて首を傾げただけだった。その様子に男はさっと手を引いた。
「手荒な真似をして悪かった。君を囲い込む連中があまりに頑固なものだから、こうでもしなければ話もできない。」
彼はそういうと、座っている克也を正面から見下ろした。
「克也君、君のお父さんとお母さんについて大事な話がある。そのために来てもらったんだ。」
克也は男の顔をしげしげと眺めた。自分の父と母とは山城夫妻と実際の両親どちらを指しているのだろうか。前者ならば少しは知っているが、後者については何も知らない。目の前の男はどちらのことが知りたいのだろう。そしてなぜ、こんな乱暴な方法で聞きに来なければいけなかったのだろうか。克也は理解できないことが多いな、と思う。
不可思議な顔をしている克也に気が付いたのか、男は笑顔で両手を広げた。
「何か、そちらから聞きたいことがあるのかな。」
克也は頷いた。
「どうぞ、聞いてくれ。答えられる範囲で答えよう。」
「貴方の言う、僕の父と母とは誰のことですか。なぜ、家や学校に聞きにくるのではいけなかったのですか。吉野さんはちゃんと家に帰りましたか。それから、貴方は誰ですか。」
克也が淡々と質問を口にすると、男は笑顔を崩さずに口を開いた。
「君のご両親は世界にひと組しかいない。今の家族は本当の御両親ではないだろう?私が言っているのは当然、君の生みの親のことさ。学校や家で話がきけないのは、君の保護者達が私と君が会うことを許してくれないから。吉野さんというのは君の運転手のことかな?彼女はちゃんと家に帰ったよ。」
克也は「そうですか」とだけ答えた。
「そして私は細野と言って、克也君のお父さんの元同僚だ。君のお母さんも知っていた。二人とも同じ会社で働いていたのは知っているだろう。」
そう言われて克也は首を横に振った。そんなことは聞いたことがない。尋ねたこともないし、聞かされてもいない。男はちょっと拍子抜けしたようだ。
「他には?」
男は気を取り直して腕を広げた。ずいぶんとオーバーアクションだ。
「いえ。」
克也にはそれ以上今聞きたいことはなかった。
細野と名乗った男は、満足げに頷いた。
「では、次はこちらから話そう。」