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榊原研究室  作者: 青砥緑
第三章 秋(前篇)
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事件発生 榊原研究室-2

 病院に向かった二人は、難なく救急車で運び込まれた人間のいる病室のリストを手にすることができた。小さなメモ用紙に書き込まれた病室の番号を確認しながら早足で廊下を進む。担ぎ込まれた男性は6名、手術室から既に解放されている者だけは姿を確認できた。ICUを含む3つの病室を回って二人は素早く克也がいないことを確認していった。意識のある怪我人には自分達の顔を見られたくない。少し遠くから覗く程度にしたが、それでも細身で小柄な克也と大の大人の見分けくらいはつく。克也はどこにもいなかった。吉野ともう二人が手術中とのことだったが、もう二人の特徴を看護師に確認した結果、克也ではないと判断で来た。克也が大怪我をしていなくて安堵するが、克也の安全が確認できないことに不安も広がる。

 7名の人間が重傷を負った事件。怪我の様子を見ても、ただの交通事故とは考えにくい。そこから克也はどこへ行ったのか。無事だったのだろうか。猿君の不安は募る一方だ。


 手術の終了を待って吉野の病室を訪れた二人は、意識の戻らない吉野の傍らに腰かけた。医師の説明を求めると、すぐに担当医がやってきてくれた。吉野の怪我は広範囲の熱傷と肋骨のひびであり、術後の麻酔が切れても、熱傷の影響でしばらく意識が戻らない可能性があると告げられる。さらに、救出された現場は救急車が到着した時点でも火が残っていたようなので救出が遅れたら命取りだったと言う。熱傷広範囲に及んでいるので熱源の方向は分からないが、肋骨は体が大きく揺れてシートベルトに強く押しつけられた結果と考えられるという。おそらく運転席にいた吉野の後ろ側から熱風のしかも突風が吹きつけてきたのだと想定されるそうだ。

 最上は吉野の顔を見つめて何か考え込んでいたが、それも長いことではなかった。

「猿、電話してくるから、ちょっと吉野さん頼むな。」

 無言で頷くと、最上は猿君の肩を軽く叩いて出て行った。

 克也は赤桐が追いかけて行ったGPSの方にいるのだろうか。無事だろうか。猿君は吉野の様子をじっと見守りつつ克也の無事を祈った。


 最上は吉野の病室を出て、電話を使用できるエリアに移動すると研究室に連絡をとった。黒峰はすぐに山城家に連絡をいれるため電話口を離れ、代わりに榊原教授が出た。

「こちらは相変わらず北上中だ。そこにいるしゃべれる目撃者から話はきけそうかね。」

「やってみようとは思いますが」

 最上は言葉を濁した。見た限りではプロのボディーガードに見えた。口を割るかどうかは分からない。

「頼む。山城さんのどちらかが病院にいらしたら猿渡君も引き上げてくれて構わない。」

「分かりました。」


 電話を切ると、その足で一番元気がよさそうだった男のところへ向かう。事件の関係者ということで各病室前には警官が張り付いている。

「先ほども、この病室にいらっしゃいませんでしたか」

 いい男すぎると簡単に覚えられてしまって不便だ、と声をかけられた最上は内心ため息をつきながら、大真面目な顔で頷いた。

「ええ、ここにいらっしゃる方と一緒に事故にあった女性の知り合いなんです。彼女の意識がないのでせめてこちらの方に状況をお聞きしたいと思うのですが。」

 担当の警官はしばし最上の言葉を吟味していたが、警察の監視のもとに怪我人に無理をさせない程度なら良いと結論を出した。


 最上は横たわり、天井をじっと見ている男の傍らに座った。警官は足元の方に立っている。こけた頬の、あまり品の良くない顔立ちの男は最上が黙って座っていると首をずらして目を向けてきた。手足が折れているようで首から下はあちこち吊り下げされている。

「何だよ」

 相手が先に口を開くのを見て、最上は心の中だけでほくそ笑んだ。こういうタイプはしゃべらせられる。好戦的でプライドが高く、でも残念なことに計算高くはない。

「事故の時の状況を教えていただけますか。」

 最上は膝の上にあった手を枕元に移動し、祈るように両手を組んで彼の目を覗きこむ。

「ただの火災じゃないですよね。」

 男は口元を歪めた。笑おうとしたようだ。これは肯定、と最上は勝手に先に進む。

「どうして、あのようなことに?」

「俺は知らないよ。前の車が急に止まったから何かと思って出て行ったら急にドカンさ。壁に叩きつけられてこのザマだよ。」

「そうですか。前の車が急に火を吹いたんですね。」

 男は忌々しげに頷いた。これは本当、と最上は判断する。自分達が意図した爆発ではない。怪我をしたのも予想外だったのだろう。本気で憤っている。

「一緒の車に乗っていらした皆さんも車の外に出ていらしたんですね。皆さん、火災に巻き込まれた。」

 念を押すと、男は軽くうなずいた。目に苛立ちが見える。これは嘘。誰か車に残っていたし、難を逃れた奴がいる。たぶん、こいつは置き去りにされた口だろう。逃げた誰かに腹を立てている。

「あなたは、どちらに向かっていたんです?」

 ふっと核心をつくと、男は最上の意図を推し量るように最上の顔をみつめた。最上は傷ついた男を気遣い、災難だったという表情を崩さないまま、心の中でビンゴ!と叫んだ。知らなければ、知らないと即答する。どこか無意味な中継点までしか知らなかったとしたらもっと余裕を振りまいてくるだろう。こいつは本当の目的地を知っている。自分が目の前の男に探られているのか、それとも他意のない質問か考えている。

 最上は彼の計算が終るのを待った。男は「東北だよ」と一言だけ吐きだした。

「旅行か、お仕事でしたか。災難でしたね。東北のどちらまで?」

 重ねて聞くと今度は警戒心を露わにして睨みつけてきた。最上はベットの上で組んだ手の隙間から彼にだけ見えるように先のとがった刃物を滑らせて見せた。組んだままの手を少し彼の顔の方へ押し出して身を乗り出すようにして切っ先を顎の真下に持ってくると唇の端を少し上げる。男の目が途端にきょろきょろとし始めた。足元の警官に目線をやる。それを軽く首を傾げる仕草で遮ると最上は声だけ真摯な様子で語りかけた。

「うちのはただ自分の家に帰りたかっただけなんですよ。あと10分もすれば帰れたのに、どうしてこんなことになってしまったんでしょう。本当に残念で。」

 もう最上の目は全く笑っていない。顎の下に冷たい感触がして男は妙は甲高い声で答えた。

「宮城、宮城の研究所に。」

「研究所?」

 冷たい感触は強くなって、顎の下から離れる気配はない。

「S&Kリサーチの理化学研究所に」

 最上は目を眇めた。

「そうですか。お仕事だったんですね。災難でしたね。皆さんを待ってらした方もいらっしゃるだろうに。会社のお仲間はまだこちらに見えないんですか?」

 最上がそっと手を引きながら尋ねると、男は最上が離れたことに気づかないように目を見開いて怯えた表情だ。最上はその表情まで見れば十分だと目を逸らして警察官に困惑したような目線をやった。男の顔色は明らかに悪い。警官は慌てて最上を退出させて医者を呼んだ。


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