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榊原研究室  作者: 青砥緑
第三章 秋(前篇)
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事件発生 吉野-1

 後期に入り、しばらく経って克也の生活がすっかり落ち着きを取り戻したある日、吉野は克也を乗せていつも通りに帰路を辿っていた。いつも通りと言っても通る道はその日の混雑状況などによってしょっちゅう変わる。吉野は気まぐれにハンドルを切りながら、克也が話すのを聞いていた。勉強しているのか、と不安になるほど、ここのところの克也の毎日は課外活動が充実していた。


(克っちゃんに勉強しろなんて言えないしね)


 克也は今まで、十分に勉強に時間を割いてきている。少し位息抜きをさせてくれる環境があった方がいいだろう。

 吉野はバックミラーを確認する。尾行を受けていないか確認するのも10年来の習慣だ。少しミラーをずらしてから、また戻す。どうも今日は2、3台離れてずっと同じ車があるような気がする。既に外も暗く、年共に視力も落ちてきた吉野は確信が持てないながらも嫌な予感がすると思った。なるべく安全な道を急ごうと、またハンドルを切る。

 片側3車線の大通りに入ると、吉野は克也に頼んで乙女に電話をかけてもらった。繋がって現在地を伝えてもらってから電話を受け取る。

「吉野さん?どうしたの?」

 電話の向こうの乙女が気をもんでいるのが良く分かる。それもそうだろう。克也を迎えに出ている最中に吉野が電話をするときはろくな連絡ではない。これまでも暴漢にフロントグラスをクモの巣にされただの、車ごと当たられただの、いい話はなかった。

「ついて来られていると思います。何台か分かりません。このまま家に帰りましょうか。学校の方がいいでしょうか。」

 吉野が声を低めて報告する。いくら声を低めても、隣に居る克也には聞こえる。それでも聞かせたくないと思ってしまうのだ。いつまで経っても吉野にとって克也は可愛い子供だ。横顔に視線を感じて、横目で確認すると克也が真剣なまなざしで吉野を見つめていた。

「そこからなら、もう家の方が早いわ。私も家にいるし、和男さんと教授にも連絡しておくから家に帰ってきて。」

 乙女は即断した。

「無理をしないでね」

 そう付け加えて電話を終える。無理をしないで。苦しいセリフだ。万が一のときに克也を守ろうと思ったら無理をするしかないのだ。吉野は車に積んであるものや、帰り道のルートを一つずつ頭の中で確認しながら交差点を曲がった。


 家に帰るにはどうしてもいくつか細い道を抜けなければならない。今日は本当に嫌な予感がする。吉野は克也に声をかけた。

「克っちゃん。何があっても諦めないでおうちに帰るのよ。」

 なぜ何少年だった克也が無言で頷くのを見て、いつの間にか大人びてきているのだと吉野は感慨深く思う。いつの間にやら15歳になった。初めて会ってから5年。いつまでも少年という訳でもないということか。自分の息子があっという間に大人になってしまったことを思い出して心強いような、寂しいような気持ちになる。

「吉野さんは?」

 問い返された吉野は前を向いたままにっこりほほ笑んだ。

「もちろん、帰りますよ。わたしのおうちは克っちゃんのおうちと一緒でしょう。」


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