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榊原研究室  作者: 青砥緑
第三章 秋(前篇)
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学生と教授と準教授と秘書の本分-2

 学生の本分が勉強であるとしたら、教師の本分は指導である。しかし榊原教授の本分はそんなに単純なものではない。授業はもちろんのこと、執筆活動もするし、受験生獲得のためにオープンキャンパスで講演もする。学内の権力闘争で足元を掬われないように目を光らせるのはもはや習慣だ。その他に自分の学生を脅かす存在を打ち払うことも仕事の内なのである。克也の恐喝未遂事件の背景を明らかにする作業はまだ続いている。


 最上の本分もまた、後進の指導や研究ではなくなってきている。すぐに問題行動を起こす学生を日々監督するだけで大変なのに、夏休み中に克也への男女交際の指導というタスクまで発生した。克也は今年で16歳になる。一刻の猶予もないとかなり優先度を上げて対応している。空き時間に年中映画に連れ出しているのは、このためである。どの映画をどういう順序で見せるかが難しいところであり、最上は公開中の映画の一覧を見ながら深く悩んだ。


(当然、爽やかな恋愛ものから始めるべきだよな。そうすると、この辺か。)


 真面目な顔で雑誌の映画欄を見つめながら、ふと頭をかすめるのは猿君と克也の関係を邪推する犬丸の声だ。

(そっち系のも教えた方がいいのか。そうすると選択肢が狭いな。爽やかなそっち系ってないよな。やっぱノーマルなのを一通り押さえてから応用編としてこっちか。いや、待て。この順序だとヘテロでないのは普通でないみたいに考えるか?いきなり自分がアブノーマルな側の人間だと思って悩んだら可哀相だな。ヘテロもホモも嗜好の一つとして同等だという常識を与えるには交互か?でももし、猿とそういう関係じゃないなら、無駄に克也に荊の道を勧めることになりかねん。先に猿にその辺も確認すべきかな。)


 憂い顔で雑誌の映画欄を眺める最上を熱く見つめる女性たちは、彼の悩みなど知る由もない。世の中には知らない方がいいことが沢山ある。


 無論、新たなタスクが発生しても懇意にしている女性たちに愛想を尽かされない程度のご機嫌伺いだけは欠かしていない。ちなみに最上のトレードマークが代わり映えしない黒いスーツなのは全ての女の家に同じスーツを置いておいて、いつ誰のところに泊まったか他の女に分からないようにするためである。

 では黒いスーツは何着あるかというと、本人ももう覚えていない。



 夏季休暇から後期にかけて最上が優先順位1位としている仕事はこれらのどれでもない。最優先事項は恐喝未遂事件の真相を実際に調査して回る作業である。

 9月時点で、最上は四方田と傀儡会社を挟んでの取引は、やはりS&Kリサーチが実質の主体であったという確信を得ていた。四方田の通話記録に残っている番号やメールのやり取りから浮かび上がった人物はS&Kリサーチからの出向役員であることが確認できた上に、この人物は実質的には傀儡会社の業務など何もしていないことも裏付けがとれた。傀儡会社の社名を借りているだけだ。出向者用のポストなのだろう副社長という椅子にはここ数年で3人の人間が座っている。1人目も2人目も特にこれといって気になるところはない。3人目の人物がやってきたのは今年の9月、まさに半月ほど前のことだった。彼が帰国するタイミングは四方田が榊原教授に脅されて克也の身辺を嗅ぎ回れなくなった頃に合致する。これも偶然のうちといえるのか。自分が考え過ぎなのか。しかし3人目の人物は、S&Kリサーチではバイオテクノロジー部門に在籍していた。つまり、江藤友助と同時期に同部門に所属していたことになる。接点はあったと考えてもいいだろうとはいえ、S&Kリサーチには研究部門は3つしかないので、同じ部門の人間があたる確率は3分の1だ。あまり特別視し過ぎてもいけないかもしれない。

 とはいえ、裏はとっておいた方が後顧の憂いが無い。最上は出向してきた3人目、細野洋について調査を始めていた。出向前は13年間アメリカの研究所にいたものの、この9月から日本へ帰国し傀儡会社へ出向となっている。専門は遺伝子情報の解読で遺伝病治療研究の分野ではそれなりに名の知られた人物であるようだ。実際に研究に関与しない管理職に出向させるには不適切な人材のように感じられる。

 なんのために今帰ってきたのだろう。最上はそれがはっきりするまでは細野のマークを続けることにしていた。


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