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榊原研究室  作者: 青砥緑
第三章 秋(前篇)
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教授と秘書-1

 予定より遅い時間に山城家を辞去した榊原教授と黒峰は、黒峰の運転で学校へ移動していた。遅くなったが最上に結果報告をしなければならない。榊原教授と黒峰がうっかり克也と遭遇しない様に学生の花火につきあった最上は克也が帰宅するタイミングで黒峰に連絡をいれる手はずになっていたが、まだ連絡はない。盛り上がっているのだろう。

「いやあ、喋りすぎた。」

 榊原教授は今更な反省をする。榊原教授は興が乗ってくると話が長引く傾向がある。

「おじいちゃんはいつも前置きが長いのよ。他の人の話が長いと嫌がる癖に。」

 黒峰にぴしゃりと返されて、榊原教授は渋い顔をした。

「お前は本当にはっきりものを言うね。」

 黒峰は25歳という年相応の若々しい表情で顎を反らした。研究室では決して見せない表情だ。黒峰は榊原教授と二人の時だけ榊原兵衛の孫、素の黒峰優花に戻る。黒峰が榊原教授の孫であることを知っている人は非常に少ない。特別隠すつもりはなかったのだが黙っていれば分からないものだ。


「それにしても、山城さん達は幸助氏のことも友助氏のこともあまり知らないみたいだったね。」

「そうだね。乙女さんはともかく和男さんは嘘が下手だからなあ。」

 榊原教授は失礼なことをいう。本来の職業から言えば和男が嘘が下手というのは死活問題だ。しかし、榊原教授が見立てる限り乙女の方が嘘は得意だ。嘘というより知らんぷりが得意なのだ。母親として子供に接するとそうなるのかもしれない。意外と鋭い子供たちに隠しごとをする母親たちは揃って「知らんぷり」と「そらっとぼけ」が得意だ。自分の妻も、子供ができてから隠しごとが上手になったと思う。隠すのが上手な人は見抜くのも得意だ。榊原教授は家で自分の秘密を守るのに随分苦労している。

「あの二人に何も言い遺さないなんてことは考えられんのだが。」

 榊原教授は江藤幸助から克也に関する遺言を受け取っている。その中に父の友助に関するものがあることが気にかかっていた。その遺言の導くところにS&Kリサーチが関係しているのであれば、恐喝未遂だけで事件が終るとは限らない。早く真実を明らかにし、克也の安全を確保する必要があった。山城夫妻にも何か言い遺していればそこからも友助が克也と一緒に父の幸助に託した何かについて探り出すことができるかと期待していたのだが、本日の訪問は期待外れな結果に終わった。


「ところで山城さんには私だけが情報を集めていると思わせておくの?ものによっては質問されても私は答えられないよ。」

 黒峰は祖父の呟きを聞き漏らして、全く違う話をし始めた。本日、榊原教授が山城夫妻と吉野相手に匂わせた黒峰が私的探偵のような作業をしているという話だ。榊原教授の事前の指示通り、あたかも自分がやっているという風に表情をつくったが、実際のところ黒峰がしている作業は一部に過ぎず、情報収集は榊原教授自身と最上と3人全員が行っているのだ。和男が思うより、たくさん、同業他社はいるわけである。同業他社といっても正確には産業スパイではない。榊原教授はあらゆる業界に散らばる知人からひたすら情報を吸い上げるだけだ。一人ひとりにとっては無意味な情報も数を集めれば意味のある流れができる。この分析にあたる部分を黒峰が行っているわけである。教授のスケジュール管理に忙殺されているように見えるが、実際スケジュール管理は片手間で、一日の殆どの時間は大量の情報の中から関連性を見つけ出して繋ぎ合わせる作業に費やされている。そうした調査からもっと詳しく知りたい事柄が出てくると最上の出番である。問いが定まっている時は、最上はとても効率が良い。いくつかの夜と数回の電話で情報を引き出してくる。どこかから情報が漏れるときには必ず女の影があり、その向こう側に最上がいるのだ。黒峰は最上がいつか路上で刺されるのではないかと思うのだが、本人が企業秘密と言い張る手法でこれまで事無きを得ている。最上をもってしても近づけないような相手、例えば、関係者が男性をだらけのような場合、には黒峰が出動する。黒峰にはちょっとした特技があり、これを生かして様々な所に潜り込んで証拠を得てくるのだ。特技については最上にも説明したことはないが、どうも最近薄々気付かれているような気がする。

 榊原研究室の教授室が完全防音構造なのは、3人が情報交換やミーティングをしているときに学生に邪魔されないという意味でも便利なのである。


「そうだね。今後、山城さんに直接何か聞かれても答えないで構わないよ。そう私に言われたと言ってくれ。」

「いいけど。こちらが信じてなんでも言ってくれと言っておいて、山城さんからの質問に答えられないのは心苦しいなあ。」

 嫌な役回りだと黒峰がちくりとやると、榊原教授は前を向いたまま「全てが明らかになれば、もちろん説明するとも」といった。黒峰は軽くため息をついて大学の門をくぐるために角を曲がった。

「とりあえず、次から話が長くなり過ぎない様に注意してね。」

 いささか乱暴にハンドルを切りながら注意されて、榊原教授は大人しく頷いた。人の目があるときは従順そうな秘書だが、人目がないと誰に似たのか気の強い孫娘だ。


「最上先生、連絡来ないな。」

 黒峰は駐車場に車を止めて鳴らない携帯電話を確認した。今まだその辺にみんないるのだろう。ちょっと羽目を外し過ぎではないかと思いつつ電話をかけると、数コールで最上が出た。

「ああ、え?もうそんな時間か。おい、お前らー」

 出たのはいいが、確実に酔っぱらっている。ろくに会話が成立しないまま電話の向こうで最上が遊んでいる学生達を集めにかかったのがわかった。黒峰は黙って電話を切った。

「我々も一本くらい、やらせてもらうかね。」

 榊原教授は電話から漏れ聞こえた歓声に笑顔を浮かべると、そそくさと車を降りて去って行く。

「じゃ、私も。」

 普段は鉄壁の秘書の仮面をかぶっているが、黒峰は犬丸よりも若い。楽しいことはもちろん好きだった。誰にも見られていない夜の駐車場で口元に笑みを浮かべて教授の後ろを追いかけた。


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