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榊原研究室  作者: 青砥緑
第一章 春
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未知との遭遇-5

 最上の念押しが功を奏したかどうかは定かでないが、克也は研究室にすぐに馴染んだ。また克也の常識が欠落していることは、初日から誰の目にも明らかであったので周りの大人たちは社会勉強と言っては色々なことを克也に吹き込んだ。


「いい、克也。このラーメンは何ダシだと思う?」

 犬丸は、誰にも邪魔されずに克也と一緒に昼を食べられる限りにおいてラーメン講釈の続きを行い、実地検証のために出前を取っては一口食べさせて味を覚えさせた。お互い、それが何の役に立つのかさっぱり分からないが克也はここでも良い生徒であった。一度食べさせれば確実に味を覚える。天才の記憶力は味覚にも有効であるらしい。

「鰹と煮干しの味がします。」

「正解。」

 犬丸はダシの味の話ができる仲間の出現に大いに喜んだ。


 もちろん、先輩格の学生や最上がいるときはラーメン漬にはさせてもらえない。赤桐は弁当のおかずの交換に味をしめ、年中克也の隣に座ってご飯を食べたがった。克也の母親が栄養のバランスまで考えているのだから、横取りしたらいけないと最上が何度か諭したが聞く耳持たない。

「卵焼き一個くらいどうってことないって。」

「ハンバーグと鳥のつくねの交換ならいいでしょ。」

 と子供のような口答えをしては、「ねー」と克也を半ば無理やり同意させていた。この点に限らず、学生の中では一番年長のはずの赤桐が最もよく我儘な子供の実例を克也に示していたと言える。赤桐の遠慮がなくなるにつれ、克也は好きなおかずを守るにはそれらを早く食べねばならないという大家族の鉄則を身をもって学んだ。


 針生は克也の常識の無さを真剣に憂えて、ときどき新聞を読ませた。そもそも新聞を読んだこともなければ、ニュースをみたこともないという克也に突然丸ごと新聞を与えてもどうかと、わざわざ内容を自ら吟味し、良さそうなものを選んで与えていた。読み終わった克也に感想を言わせて正しく理解したか確認するのも忘れない。大学生らしい常識レベルに達するまでの道のりは遠いが、救いはとにかく素直で一度聞いたことは忘れないことだ。


 大木は雑用のうち、克也にも出来そうなものと、猿君の方が得意そうなものを適当に寄り分けて二人にお願いしていた。おかげで去年までよりだいぶ自分の時間が取れている。克也は些細なことでも質問すると答えてくれる大木を素直に尊敬したのでペーペー歴が長い大木はそれも喜んでいた。例えば、克也は電話がとれなかった。克也は自分の携帯電話を持っていたが、家の据え置き電話は見るだけで使ったことが無かった。研究室では黒峰の机の上に研究室直通電話がある。基本的に黒峰が応対するが、彼女の不在時には別の誰かがとらねばならない。それを説明すると電話の使い方から質問されたのだ。常識不足はいつものこととは言え、面喰いながら大木が説明すると克也は新しいおもちゃのように電話を面白がった。このまま研究室の電話で遊ばれてはかなわないので自宅の電話を使用することをさりげなく勧めてみると素直に同意してくれた。これで自分が黒峰に怒られることはないと大木はそっと溜息をついた。雑用は減っても気苦労はあまり変わっていない。


 そんなわけで彼は砂が水を吸収するより早く、榊原教授の消えるトイレットペーパーが消えるより早く、先輩達の教えを覚えていった。こうした人生の先輩の訓示を受ける克也の横には常に猿君の姿があり、克也が困るとそっと克也を自分の背中に隠して庇ってくれた。特に克也へ向かう力加減を間違いがちな赤桐や犬丸相手には有効な防御壁であった。


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