浮かびあがる謎-3
「江藤幸助という男は悪い奴でした。ずっと不義理をしておいて突然電話をしてきたと思ったら難題を押し付ける。本当に悪い奴でした。」
榊原教授は懐かしむようにしながら、こき下ろす。榊原教授と江藤幸助とは学生時代からの付き合いだった。気難しい江藤幸助は長くは学究の世界に留まらなかったが榊原教授も一目おく優れた研究者であった。
江藤家は幸助の父の代から数えて3代続く優れた学者の家系で、そういう意味では克也が突出して優れているのも、出るべくして輩出された天才という見方ができる。
「私のところに電話がきて、とにかく家へ来いと田舎に呼びつけるのも数年に一度の恒例行事のようなもので。だからあの時も、いつもの調子で文句を言いながら今度はどんな話かと少し楽しみに会いにいったんですよ。」
懐古モードの榊原教授は相変わらず口元に笑みを浮かべている。
「そうしたら、あの気難しがり屋の江藤幸助が可愛い子供相手に満面の笑顔で。あれは驚きました。ついに人並みに孫自慢でもしたくなったかと思ったら、口伝で遺言を言い渡された。全くあいつは悪い奴です。」
全員の視線を集めながら、思い出話を披露していた榊原教授は気が付いたように「おお、失礼しましたな」というと咳払いと共に笑みを消して話を元の道筋へ戻した。
「そこで私が聞いたのも、山城さんと同じような話でした。私は友助君と幸助が絶縁しているのは知っていたので克也君を見たときには、やっと仲直りしたかと、子は鎹だと思ったものです。だが、そのときには既に友助君はこの世を去っていたのですよ。」
山城家の居間はすっかり静かになった。江藤友助の謎。この謎を解くことが克也の誘拐未遂の本質的な解決につながるという保証は何もない。ただ、どうにも心にひっかかりを残す話だった。
「江藤幸助、友助親子についてご存知のことを教えていただけますか。幸助から聞いたことでも、克也君が話してくれたことでも構いません。これ以上親の世代の歴史をひも解いても意味がないなら、四方田氏に関係する別の人間を洗い直そうと思いますが、今見えている中で一番克也君に関係がありそうで、かつ謎が多いのはこの線なのです。」
榊原教授は長い長い前置きをおいて、ついに今日最も言いたかったセリフにたどり着いた。
「克也自身には、この質問はされていないんですか。」
乙女が質問する。
「していません。いずれも幼い頃に亡くなってしまった家族なので克也君にとって思い出すのが辛い記憶かもしれないと思いまして、まず皆さんから聞けることを聞いてからの方が安全と判断しました。」
和男は同意するように頷いた。克也の記憶力の良さは辛いことも忘れられないという欠点もある。思い出さなくていいことは触れないでおいてあげたい。
「そうですね。」
山城和男は何かなかったか思い出そうとして黙り込んだ。榊原教授に説明された以外の情報を持っていたかと考えるがすぐに閃くものはない。
既に時刻は22時を回って、もういつ克也から帰宅の連絡が入ってもおかしくない。黒峰に時刻を指摘されて榊原教授は頭に手をやって、参ったのポーズをとった。
「おや、年寄りは話が長くていけませんな。一人で延々と話してしまった。最後の質問については思い出さなければいけないこともあると思いますから、後日ご連絡いただけますかな。我々はもうお暇しなければ。」
山城夫妻は、榊原教授の言葉に頷くとそそくさと帰り支度をした二人を見送った。