浮かびあがる謎-2
和男は黒峰の正体という衝撃の事実から立ち直りきってはいなかったが、表面を取り繕う程度の余裕を取り戻した。
「調査の中で行き当たった情報で、少し難解なものがあります。ここから先は推論も混じります。」
榊原教授はそういって、話を再び恐喝あるいは誘拐未遂事件へと引き戻した。
「四方田氏と連絡を取り合っている企業の中に、明らかに弱小でお金に煩い四方田氏とは縁の無さそうな会社があります。ただし、この会社の大株主は大きな研究所を抱えていて、そちらとだったら四方田氏が関係を持つのも納得できる。おそらく間に一つ傀儡会社を挟んで取引していると思われます。よくあると言えばよくある話です。ただ、気になるのは大株主の企業が江藤君と無関係ではないことなのです。S&Kリサーチという会社、聞き覚えがありますね。」
榊原教授が山城夫妻の顔を見ると、明らかに知っている風だった。
「江藤友助、克也君の父上が最後に勤務していた会社です。これは偶然としては信じ難い。」
二人は揃って同意した。
「しかし、この会社が今になって克也君に興味を示して犯罪まで起こすことの必然性が見えないのですよ。友助君の勤務先が絡んでくる以上は、友助君が何らか関係しているはずなのですが、彼はもちろん10年以上前に亡くなっている。偶然とは思えないですが、本当に関係があるという確信も持てないという状況です。」
そういうと榊原教授はすっかり冷めてしまったお茶に手を伸ばした。慌てて乙女が新しいものを用意しようと席を立つ。榊原教授は「お構いなく」と止めるのに「ええ」と返事をしつつも乙女はキッチンへ去って行った。
残された和男は考えを巡らせていた。四方田を操って克也の身辺を探らせ、本人を手元に引き寄せようとした人物または組織がある。その可能性がある組織の中に克也の亡父の勤務先がある。確かに偶然と捨てておけない程度の関連を感じる。しかし、その会社はなぜ克也に興味を示すのか。S&Kリサーチは外資系の薬品会社の子会社で開発研究部門が独立したものだ。江藤友助は研究員として数年この会社に勤務していたことは分かっている。優秀な研究者であった彼の最後の肩書は主任研究員であった。また、彼の妻であり克也の母である江藤緑ともこの会社で出会っている。克也の誕生も、二人がS&Kリサーチに在籍中に起きた出来事である。
乙女が戻ってくるのを待って榊原教授は再び口を開いた。
「少し過去のことも調べてみました。江藤友助君は東東大学を卒業してからいくつかの大学院を渡り歩きながらマスター、ドクター号を取得しています。その後は学校を離れて企業の研究所での勤務を開始します。S&Kリサーチに至る前に2社で働いていますがいずれの会社の同僚も優秀な研究員であったと記憶していました。愛想は決して良くないが、とにかく成果を出すというのが彼に共通して付いて回る評価です。愛想が良くないのは特筆すべきことではないでしょう。私も学生時代の彼と面識がありましたが、普通の研究者程度の愛想の悪さでしたよ。とにかく評価はどこでも高かったにも関わらず、彼は一つの会社に長居しなかった。3社目のS&Kリサーチで初めて3年以上勤務しています。そしてこの会社を死の5年程前に退職していました。その後は幼い克也君を抱えながらの闘病生活だったようです。この間の職歴はありません。」
江藤友助について山城夫妻は江藤幸助からある程度の経歴を聞き、かつ最低限の裏付けをとってあった。その内容は榊原教授が話したことと変わりない。
「S&Kリサーチ以外の会社の退職理由は次の会社からの引き抜きですが、S&Kリサーチは一身上の都合による自主退職とされており、周辺の人々は退職直前に妻の緑さんを失っていたことから心労によるものと理解したようです。手元には緑さんが命と引き換えに遺してくれた克也君もいましたし、数年なら働かずに行けるだけの蓄えもあって当然の収入を得ていましたから不自然ではありません。」
今度は程良い温度のお茶で口を湿らし、乙女に礼を言ってから榊原教授は続ける。
「ただ、友助君の退職前後の状況は少し気がかりです。出産とその後の緑さんの体調の悪化のために急に休みをとって会社を離れ、緑さんの死後1日だけ出勤し、そのまま退職しています。いくら心労があって、生まれたばかりの子供がいても主任研究員としてそれなりに責任ある仕事をしていた友助君がたった1日の引き継ぎで会社を去るというのは尋常ではありません。当時S&Kリサーチに出入りのあった営業員を捕まえることができましたが、ちょうどその時期に研究所側から過去の取引への問い合わせがきたり、同じ発注が二度かかったりというようなことがあったそうです。現場は多少なりとも混乱したのでしょうね。もしかすると退職の届も実際には出されていないかもしれません。人事上は退職届を受理となっていますが、実はただ出勤しなくなっただけという可能性があります。と、いうのも友助君は退職届が受理されたとされる日以前から消息が途絶えているのです。」
そこまで聞いて初めて山城夫妻に驚いた色が浮かんだ。江藤友助が消息を絶っていた時期があるという話は初耳だった。江藤幸助とはある時期から不仲であり、幸助が息子の居所を知らない時期があるのは聞いていたが、それと消息不明になるというのは全く次元が違う。
「まったくの行方不明ということですか。」
乙女が確認する。
「我々の知る限りにおいて、そうです。緑さんの葬儀の翌日から克也君ともども知り合いの前から姿を消しています。遅れてお悔やみを言いに来た知人や、葬儀屋が貸し出した祭壇の回収に来ても常に不在なので不審に思って会社に問い合わせています。会社もその時には、寝耳に水だったようです。傷心ゆえの無理心中まで考えられたようで地元の自警団が捜索をしています。しかし数日してそれも打ち切られ、友助君の退職届が受理されています。このあたりの詳細の経緯はわかりません。外から友助君が連絡を入れたというのが一番納得のいく話ですが証拠も何もありません。」
知らなかった。と乙女は小さく呟いた。
「確かに、少し行動がおかしいとは思いますが、緑さんが亡くなって一時的に混乱したということでは説明がつかないのですか?子供が生まれたばかりで亡くなられてはショックも大きかったでしょう。友助さんはいつまで消息がつかめなかったんです?」
和男が質問する。
「失踪以前の知り合いに連絡を取ったという意味では5年後です。調べ得た限りそれ以前には同僚や学友などに連絡を取ったという話は聞いていません。」
「5年ですか」
一時的な混乱にしては長すぎる。和男は足を組みかえて深く息を吐いた。克也を連れたまま5年、働きもせず知り合いに連絡もとらず友助は何をしていたのだろう。
「失踪後から死の前までに友助君が唯一連絡をとった知り合いが父親の幸助です。無論、克也君を託すためです。」
付け加えられた事実は益々、山城夫妻を困惑させた。
「このことを幸助さんは知っていたのですか」
和男が聞く。もし知っていたのなら克也の人格形成に関わることだ、自分達に話してくれても良かったはずだ。
「分かりません。もし、知っていたら山城さんにだけは話していたと期待していたのですが。」
榊原教授はそう言って、黒峰と少し目を合せて残念そうに首を振った。
「我々には、10年くらい絶縁状態だった息子が、ある日突然家にやってきて克也を置いて行ったと。その時に、自分はもう長く生きられないと言っていて初めて友助さんの病のことを知ったと言っていました。」
和男の話を聞くと榊原教授は少し遠くを見るようにして笑みを浮かべた。