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榊原研究室  作者: 青砥緑
第二章 夏
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花火大会-3

 最初から飛ばし過ぎたメンバーは次第に疲れてきたのか、腹が減ってきたのか1時間もしないうちに静かになってきた。最初にろうそくを置いたところへ集まってきて買ってきてあった食べ物をかじりながら小休止になる。中庭には火薬の匂いと薄い煙が立ち込めている。

「なかなかいい出来だったなあ。」

 犬丸はご満悦だ。彼は毎年研究室の花火大会向けに花火を自作する。

「花火ってどうやって作るんですか。」

 克也は犬丸の持ってきた花火に興味津津で質問した。ラーメンのことなら何でも教えてくれる犬丸だが、この質問には簡単に答える気はないようだった。

「だめだよ、僕の花火は特別製だから作り方は企業秘密なの。いくら克也でも教えないよ。」

 克也は食い下がる。

「あの10連発の花火全部違う色の火が出てましたよね。あれはどうやるんですか?遠くまで火が飛ぶ奴は?」

 犬丸は教えない、と繰り返したが克也が注意深く自分の花火を見て興味を持ったことに非常に自尊心をくすぐられたようで大変機嫌がよかった。

「気にいった?」

 そう聞くと、克也は深く頷いた。

 これ以上放っておくと犬丸が舞い上がって大変だと、最上が口を挟んだ。


「そんなことより、花火は大勢でやらないと盛り上がらないよな」

 酔っぱらいの赤桐が「そうー?」とやや調子の外れた声で聞き返した。

「彼女と二人で線香花火とかさー、そういうイベントないの?」

「赤桐、お前からそんな乙女チックなことを聞くとは思わなかったぞ。」

 最上が言い返すと赤桐は不満げに隣にいた猿君に問いかけた。

「えー、いいじゃん。よくない?」

 よくない?と聞かれてしまった猿君は、条件反射で頷いた。

「あはは。猿君、似合わなーい。」

 鬼赤桐。皆が心の中で猿君をそっと励ました。

「で、お前は本当にそんな可愛らしいことに挑戦したことあるのかよ。」

 最上が赤桐を問いただすと、赤桐はへらっと笑って「やってない」と答えた。

「つまりお前の夢か。いいぞ、夢を見るのは自由だからな。どんどん見ておけ。で、克也は花火をするのはいつ以来だ?」

 最上は適当に赤桐をいなして克也に話を振った。文句がありそうな赤桐の口を思いっきり塞いで黙らせている。暴れる赤桐にちょっと目を奪われながら克也は今日花火をみたときに思い出したことをそのまま話した。

「山城のおうちに来た年の夏に、乙女さんが花火をどこかでもらったと言ってもってきて、そのときに庭でしたのが最後です。10歳のときです。」

「えー、5年ぶり?信じられない。じゃあ、毎年夏は何してたの?」

「別に花火をしなくても夏が終らない訳じゃないだろう。」

 花火なしの夏なんて、言う犬丸に冷静に針生がつっこんだが犬丸は無視した。

「夏休みは、和おじさんがいるときは庭でバーベキューをしたりしましたけど、他は余り特別なことはしてないです。あとは宿題とか。」

 大人たちはなんたることかと大いに嘆いた。10歳から15歳までの夏休みなんて楽しくて楽しくて仕方なかった思い出しかないのが普通だ。自宅の庭でバーベキューだけでは寂しい。

「山城さんの家の前はおじいさんのところにいたんでしょ?その時は花火してた?」

 犬丸はあくまで花火にこだわる。

「その時は毎年、庭でおじいさんと二人で線香花火をしました。」

 やっとほっとしたような空気が流れる。線香花火は少し渋いが一緒にやってくれる人がおじいさんだったのだから、それもありかと思う。おじいさんと孫が庭で線香花火をしている姿はなかなか微笑ましい。

「じゃあ、山城さんのところに来るまでは線香花火しか見たことなかったのか。」

 最上がそう聞くと、克也は少し考えてから頷いた。

「そうですね。おじいさんと一緒に線香花火をしたのが初めての花火の記憶だから。」

 ちょっと妙な表現に引っかかった。

「初めて花火をしたってことか?」

 問いなおすと、克也は迷ったようにしばらく口ごもった。

「なんて言うか、その年花火をしたことはちゃんと覚えていて、それより前に花火をした記憶はないんですけど。初めてだったかは分からないです。覚えてないだけでそれより前に花火をしたことがあったかもしれないし。」

「ああ、覚えてない可能性はあるか。」

 そう相槌を打ってから、最上はふっと克也に視線を向けた。

「覚えている花火の記憶では初めてではないんだな。」

 そういうと克也はまた頷いた。

「初めてみた、初めてだって思った記憶はないです。」

「例の開かないアルバムか。」

 犬丸がそう言うと克也は頷いた。

「おじいさんのうちに来てからのことは殆ど覚えていますけど、その前のことは何も覚えていません。」

 何とも言えない間が空いた。

「じゃあ、お父さんお母さんのことは覚えていないんだな。」

 最上がそういうと、克也はもう一度頷いた。

「何も覚えていません。」


 これまで克也の幼少期の話や両親に関する話は暗黙のうちにタブーになっていた。余りに小さい頃に両親を失い、その上育ての親の祖父もまた失い、もう親類がいなという過酷な状況では、おいそれとは話を持ち出せない。克也が両親について発言したのは今の一言が初めてだ。これからも、今以上の単語は聞けないだろう。何も覚えていないのだから。最上は「そうか」とだけ言うと俯いた。克也の隣にいた猿君と大木が肩を抱いたり頭を撫でたりする。克也はどうしてそうされるのか分からずきょとんとしている。覚えていないから悲しくさえないのだろう。


「脱線しましたね。花火の話でしょ。」

 無言の時間が気まずくなる前に針生が軌道修正した。

「そうそう。花火が久しぶりの話でしょ。花火ってのは毎年のシーズンごとに新しい商品がでるんですよ。その中で良かったのだけが次の年にも製造されるわけ。つまり、1年花火に触れないということは出会えないまま製造が終ってる花火がいるかもしれないってことなんですよ。毎年花火大会をすることの重要性を分かってます?」

 軌道修正にのっかりながら犬丸は強引に若干ずれた所に論点を持って行った。

「しかも今年は、せっかく新メンバーが加入したのに花火大会に全員参加していないことを僕は重く受け止めますよ。欠席している教職員の代わりに最上先生。申し開きがありますか。」

 そしてそのまま最上糾弾モードに移行した。最上は苦い顔をして犬丸を睨んだが蛙の面に小便である。

「あるわけないだろ。」

 当然の回答だが判決は冷酷だった。

「はい。有罪。」

 犬丸はさっさと有罪判決を出すと、新しいビールを一缶差し出した。

「今日電車ですよね?」

 最上も突然絡まれている理由は分かるので、黙って出されたビールを一気に空けた。良い子は絶対に真似してはいけない大人の典型である。その後も名目は色々だったが、学生達は不用意に克也に親の話を振った最上に制裁措置を加えた。続けざまに飲まされた最上は途中から座っているのもしんどくなったらしく地面に倒れて寝てしまった。


 最上が寝てしまう頃には、飲ませながらも自分も飲んでいた学生達もだいぶ出来上がっている。再びエンジンがかかって残りの花火を消化しにかかった。今度は走り回る元気はないので花火を大きく振りまわして残像を作って遊んでいる。

「丸」

「三角」

「四角」

「ペンタゴン!」

「エッフェル塔!!」

「スフィンクス!!!」

「金閣寺!!!!」

 段々残像の難易度が上がっている。素面の克也にはペンタゴンまでしかついて行けなかったが、大人達には金閣寺が見えたらしく大騒ぎしていた。


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