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榊原研究室  作者: 青砥緑
第二章 夏
53/121

花火大会-2

 8月24日。赤桐の招集によって集まった学生達と最上は研究室の入っている建物の中庭に集合していた。赤桐と猿君が大量に買い込んできた花火と飲み物とおやつを積み上げてやる気満々である。犬丸は自作の花火もどきを持参している。

「ようし!やっぱり夏はこれだよね!」

 海に行った時も似たようなことを言っていた赤桐は花火仕様で今日は華やかな浴衣である。その格好で買い出しに行ったので、当然荷物はほぼ全て猿君が運んだ。現れた二人をみて水汲みをしていた大木は、だから買い出しは自分ではなくて猿君に頼んだのかと納得した。ビール2ケースも持たされた上に食べ物と花火セットをぶら下げたら自分だったら転ぶか腰を痛める。


 克也はちゃんと最上の教えを守り、赤桐の浴衣姿を褒めて一番に花火を選ばせてもらう栄誉を得た。別に褒めなくても一番だったかもしれない。

 最上はランニングにワークシャツを羽織っており、休日出勤スタイルだ。さすがに夕方から花火をしにくるのにスーツはないと思ったらしい。他は実に代わり映えしない様子だ。あまりおしゃれに頓着するメンバーでもないので不思議はない。

 赤桐はろうそくに火を点けると、乾杯の代わりに一斉に花火に点火しようと言い出した。

「ばか、お前、丸くなって火をつけたらお互いに火がかかるだろうが。全員花火はあっち向けとけよ。」

 互いに向けて花火を発射しそうな様子に最上が中庭の真ん中側を示すが、半分くらいは言うことを聞かない。最上も克也の安全だけ確認するとそれ以上言わなかった。

「せーの。」

 じわじわとピンク色のこよりに火が付いて行き一斉に花火が色とりどりの火を吹き始めた。

「うわあ」

 克也は急にまぶしくなった視界にふらつきながら赤桐に腕を引かれるままに少しろうそくから離れて花火の光を楽しんだ。火薬の匂いも久々だ。最後に花火をしたのはいつだっただろうか。山城のお家で何かのおまけについていた花火をやらせてもらった。引き取られて最初の夏休みだ。それっきり花火はしていない。記憶にあるより花火の色は鮮やかに感じた。克也の記憶は揺らがないので、本当に花火の光の色が変わっているのだろう。

「ほら、消えちゃう前に次のに火をつけなきゃ。」

 赤桐が適当に花火を差し出してくる。

「はい」

 わけも分からず受け取って赤桐の様子をみていると、終りかけの自分の花火から次の花火に火をうつしている。毎回ろうそくから火をつけるのではないらしいと理解して慌てて克也も真似をした。ピンク色の炎から火を貰った花火が真っ白い光を放って勢いよく吹きだす。


 パーンと後ろの方ではじける音がして針生の叫び声が聞こえた。

「あっちいって。お前。」

 ゲラゲラと笑っている犬丸が何か投げつけたらしい。針生はさっさと花火のパックの方へ戻ると報復措置を選択しだした。その背中にまた犬丸がロケット花火を発射する。びっくりしてみている克也の後ろに最上が回り込んできて

「いいか、良い子はああいうのは絶対真似したらだめだぞ。危ないから近づくなよ。」

 と囁いた。克也は頷いたが、しばらくすると当の最上も犬丸の標的にされて思いっきり大人げなく応戦していた。ロケット花火を飛ばしながら中庭を駆けまわる大人達を見ながら克也は火の粉のかからないところへ避難しだ。

 犬丸は足元にねずみ花火を投げ込まれて一度は退却したが、自作の花火を持ち出して更に激しく応戦し始めた。

「食らえ、10連発!」

「うわあ、馬鹿!てめえ研究予算返せ!」

「浴衣焦がすなよ。犬丸弁償!」

「お前警報機鳴らすなよ、向きを考えろ、向きを!」

「あーちょっと、そうやってこっちに矛先ずらすのずるいですよ!」

 阿鼻叫喚、というよりとっても楽しそうである。


 克也は自分の花火を中断して花火戦争を眺めていた。一人で花火のパックを漁りまわしていた猿君が色々な花火を握りしめて克也の方へやってくる。

「克也も、あれ、やる?」

 飛び回る大人達を指して猿君が首をかしげる。

「うーん、でも危ないでしょう?」

 明らかに危ない。花火は人に向けて使ってはいけません。子供に花火を渡す時には絶対に言うことだ。しかも犬丸の自作花火は安全基準をクリアしているかさえ分からない。

「俺の後ろにいればいいよ。」

 猿君はそういうと花火をいくつか克也に渡した。そしてのしのしと主戦場となっている中庭の中央部へ近づいて行く。克也は慌てて後ろについていった。今日はライターを持参した猿君が自分の花火に火をつけて、使命感に燃えるゲリラ戦士のように活動的になっている犬丸の足元の方に狙いを定めた。

「こうやって火をつけて、人に当たらないくらいのところを狙って持つんだ。」

 ああ、一応当たらない様にしているのかと克也は少し安心する。どうみても本気で狙いあっているようにしか見えなかったが、理性がないわけではないらしい。

 ピューっと高い音がして光が猿君の手元から犬丸の方へ飛んで行く。大木にやたら遠くまで火の粉が届く花火を向けて攻撃を仕掛けていた犬丸は自分の方へ飛んできた花火を挑戦状と受け止めた。くるりと向き直って巨大な標的相手に花火を向ける。

「克也もやってみる?」

 火の粉がかかることなど気にもしない風の猿君にライターを渡されて、克也は勇気を出してもらったロケット花火に火を付けた。猿君の陰からそっとのぞいて目に入った大木の足元を狙って花火を向ける。

 ピューっと小気味のいい音がして花火が飛んで行く。本当は大木の少し前に飛ばす予定だったのだが、狙いが甘く大木をあわや直撃しそうになった。犬丸の矛先がそれて油断していた大木が慌てて後ろにのけぞってかわす。

「あっぶね。誰?」

 振り返った大木は猿君の陰に引っ込む小さい影を見逃さなかった。

「克也、お前だな?生意気な真似を。」

 そういうと大木は花火を向けるのではなくスタスタと向かってきた。だいぶ近くに来てから片手でライターを付けると手に持っていた四角い箱に火をつけて猿君の足元近くに置いた。じっと見守っていた克也と目が合うとにやーっと笑った。そして走って遠ざかっていく。

 仕返しされると思っていた克也は目を白黒させたが猿君が慌てて逃げ出したので一緒に逃げた。すぐに背中でシューっと大きな音がして光に背中を追いこされた。わずかに熱を感じて振り返ると先ほどの箱から勢いよく炎の柱が上がっている。逃げてなければ飛び散る火の粉で髪が焦げていたかもしれない。初めてみる種類の花火に目を奪われていると炎の壁の向こうから更に何か飛んできた。猿君が慌てて克也を背中にかばう。

「大木さん!」

 猿君は責めるようにちょっと大きな声で怒鳴ると、すぐに応戦の用意をした。飛び散る火花の向こうに大木のシルエットが見えている。火を付けたロケット花火を克也に握らせて一緒に狙いを定めると、ロケットは花火の壁を通って大木の方へ飛んで行った。飛びずさって逃げる様子がシルエットだけ見えて二人は笑いあった。

 花火の壁がなくなると大木は降参というように手を上げて二人の方へやってきて、一応怪我がないかと聞いてきた。そんなことを聞くくらいならやらなければいいのに、と克也は不思議に思うが彼も段々学んできている。楽しいことがあると正しいことの優先順位が下がるらしい。克也にとっても先ほど大木が飛び上がって逃げている様子はなかなか面白かった。

「克也、参加するのはいいけど犬丸さんには気をつけろよ。あの人、火をみると人間が変わったみたいになるからな。」

 そういいながら大木は戦場に背を向けて去っていく。武器の補給かもしれない。


 しばらくすると大人たちの喧騒を離れて猿君と克也は休憩することにした。飲み物を手にとり、小さな段差に座りこんで、今度は珍しい種類の花火を試してみる。いくつかの変わり花火を鑑賞した後に蛇花火にとりかかった。蛇花火を二人無言で見つめていると最上がやってきた。珍しく額に汗している。

「なんか、お前ら乙なことやってんな。」

 ワークシャツの大きなポケットに目一杯花火をつっこんでいる最上をみて、もしかして今日の花火戦争に一番ふさわしい服装なのはこの人なのではないだろうかと猿君は思った。こうなることは予想がついていたのに長袖で火傷を防ぐ知恵があったのは最上だけだ。

 のた打つ花火がゆっくり動きを止めるのを3人無言で見届けると最上はまた去って行った。後ろ姿を追っていると、どうやら赤桐に花火の補給を頼まれていたらしいと分かった。もっていった花火を根こそぎ奪われている。校舎への通用口という攻撃されにくい場所を背にしたベストポジションで腰かけた赤桐はビールを煽りながら射程距離に入る人間を次々攻撃している。花火をとってきてくれた最上の背中にまで容赦なく花火を放っている。悪魔の所業だ。


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