表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
榊原研究室  作者: 青砥緑
第二章 夏
52/121

花火大会-1

 8月17日。友人との夕食を済ませて帰宅した赤桐唐子は自宅のローテーブルにPCを開いて研究室のメンバー宛にメールを打っていた。榊原研究室恒例の花火大会の誘いだ。榊原研究室の雑用係はいつでも最上と大木であるように、イベント幹事は常に赤桐の担当である。猿君に買い出しに付き合ってもらえるように依頼し、克也には山城夫妻に夜間の外出許可を得るように指示する。犬丸には克也の送迎を依頼した。

 彼女がメールを打ち終わり、シャワーを浴びて戻ってくると既に犬丸から返信が来ていた。当然参加の意思表示と送迎を快諾してくれる内容に満足しながらも、最後の一文を読んで口をとがらせながら返信を打つ。犬丸のメールにあった「もっと広い場所で花火をやりたい」という無理なお願いを却下するためだ。


 犬丸は研究室のPCに飛んできた赤桐の返信を見て、不満げに鼻を鳴らしてから次のメールを開いた。夏休みとはいえメール処理を怠ると彼のメールボックスはすぐに一杯になってしまう。依頼していた実験材料の納品予定を確認してから彼は研究室を後にした。


 夜中、バイトから自宅へ戻った大木は赤桐と犬丸のやりとりを確認して、自分も花火大会に参加すると返信する。当然のように赤桐から依頼されていたバケツの用意や水汲みなどの雑用も二つ返事で引き受ける。毎回、こうした雑用が彼の担当になるが、大木自身それほど苦にはしていない。年功列序列という意味でも、研究成果や個人的な性格から自動的に決定される研究室内地位の意味でも自分が下っ端にいることは理解しているし、無理に他の人間に押し返したい程、面倒だとも思っていないのだ。


 夜通し実験室に籠っていた針生が帰宅前に研究室に戻った時には犬丸はいなかったが、あらゆるものが広げっぱなしでまだ学内のどこかにいるのではないかと思われた。だらしなさそうに見えるが、資料の整理などは実にきちんとするのが犬丸なのである。針生の机の上にまで進出してきている犬丸の資料をどかすと、明け方の光を感じながら義務的にメールチェックを行う。花火大会のお知らせを発見した彼は、ひとことだけ「参加」と返信してふらふらと帰路についた。


 翌朝一番に返信してきたのは黒峰で、榊原教授ともども当日は仕事があるので不参加になると断りを入れてきた。それでも赤桐に各種施設使用に関する注意事項を述べ、しっかりサポートは忘れない。赤桐はそれに感謝しつつも、遅れて参加あるいはカンパだけでも歓迎よ、とちゃっかりアピールも忘れなかった。


 更に遅れて深夜。最上から参加表明が飛んできた。赤桐からのメールに返信をし終わった最上は、続けて私用の携帯から夜の付き合いの調整をすべく、2、3名の自称「友人」達にもメールを送ったが、それは彼だけが知っている出来事である。


 それに律儀に返信を返しながら赤桐は猿君からの意思表示が無いことが気がかりになった。克也のメールチェックの頻度が低いのは分かっていることなのであまり心配していないのだが、はたして猿君は自宅にメールが読める何かを持っているだろうか。だいぶ大時代な携帯電話を使用しているので携帯で研究室のメールを読んでいるとは考えにくい。彼の生活ぶりを考えるに自宅にPCが無い可能性が高い。全員宛のメールに猿君への呼びかけを打つと、期待していない犬丸から返信が返ってきた。

 曰く、「メール読んでる?ってメールで聞くのって意味ないんじゃないですか?」だそうだ。

 正論だが、つまらない。赤桐は洗顔後のない眉を寄せて不満の便を返信した。その後、彼らの罵りあいのメールは睡眠時間と若干のタイムラグを挟みつつ一日中続いた。翌日の夜中にまたメールを開いた針生は赤桐と犬丸からの受信で埋まった未読メールの山を発見して、ため息をついた。携帯を取り出して猿君に発信する。

「もしもし、針生だけど。猿君8月24日暇ある?うん、赤桐さんが花火大会やるって。メール来てる。」

 深夜と言っていい時間だったが、電話をかけて猿君を捕まえ用件を伝える。赤桐の懸念通り、猿君の家にはメールを見る環境は無かったが、幸い彼の家は学校に近い。一度メールを読むために登校するということだった。針生は電話を切ると、赤桐と犬丸の公開口げんかを止めるべくメールを打った。


 そんなこんなの意味の薄いやり取りが収束した頃に、克也からも参加が可能だというメールが入った。それまでの諸々の下らないメールに一つずつ質問を入れて来なかった辺りに彼のスルースキルの向上が見てとれる。


 そして8月23日。赤桐から改めて楽しげな絵文字でいっぱいのリマインダーのメールが出された。

 夏休み最後のイベント決行である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=880018301&size=200
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ