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榊原研究室  作者: 青砥緑
第二章 夏
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名残惜しい

 昼食が終ると海とはお別れしなければならない。駅前でお土産を買うという旅行らしいイベントが待っている。海に未練がある針生と、もっと皆で遊びたい克也と赤桐と猿君はぐずぐずしていたが、そろそろ他の人の視線が気になるから帰りたい最上と美白が心配な黒峰に追い立てられて引き上げることになった。シャワーを浴びたら広い大徳寺家の別荘ともお別れだ。克也は荷物をまとめると、もう一回家中を歩き回った。一日過ごしただけで最初来たときとは違って見える。

「どうした?」

 玄関で立ち止まっている克也に大木が声をかける。

「僕、人のうちに泊まりに来たのって初めてなのでなんだか不思議な感じがして。1日いるだけでも着いたときと違って感じますね。」

 これまで他の家に行った経験は祖父宅から山城家へ引っ越したときだけで、その時は元の家に戻らなかったのだから旅行ではない。

「犬丸さん、またここに来られますか?」

 玄関口に出てきた犬丸に克也が聞くと、犬丸は「そうだなあ」としばらくもったいぶっていたが後ろから付いてきていた針生と最上に後ろ頭をはたかれて涙目になりながら「来れるとも」と請け負った。克也は嬉しそうに礼を言って大木と一緒に玄関を出て行った。

 犬丸はそれを見送った後で、針生と最上を振り返り、無償で家まで提供したのに昨日から殴られ通しであることの文句を並べ立てた。すると二人は口をそろえて「お前もたまには貧乏くじを引け」と言い放った。


 家族にお土産を買うということも克也にとっては初めての体験だ。何を買えばいいのだろうかと広くもない土産物屋をうろうろとする。家族と同居中でお土産を持ち帰る必要があるのは克也だけなのだが、なんとなく皆で干物やお菓子を物色してしまう。克也は大木の勧めでお菓子を買って帰ることにした。

 車とバイクが止めてあるところまで戻って解散になる。克也は次々と去っていく車を見送り、猿君の大きな背中が見えなくなるまで、ずっと道路を見つめていた。

「克也―。行くよ。」

 犬丸に呼ばれて車に乗り込む。車は昨日来た道をまっすぐ帰って行く。克也はずっと窓の外を眺めていた。前の席の犬丸と針生は寝てしまっている。

「帰っちゃうのもったいないね。」

 隣の席で同じように窓の外を見ていた大木が言う。

「はい。」

 克也がまさに考えていたことだったので克也は大きく頷いた。

「こういう気持ちをなんて言うか知ってる?」

 克也は首をかしげる。

「わかりません。」

 大木は克也の方を振り返って「名残惜しいっていうんだよ。」と教えてくれた。

「楽しい時間が終ってほしくないっていう気持ちをね、そう言うんだ。」

 克也は納得して頭の辞書に新しい言葉を書き加えた。


 犬丸の車で送り届けてもらった克也は、気をもんで待っていた家族にたった二日で日焼けした姿を見せて安心させた。そしてその日の夕食では見聞きした出来事と新しく学んだ筋トレ方法を説明し山城家の人々をとても喜ばせた。

「楽しかったのね。良かったわね、本当にいいお友達ができて良かった。」

 乙女が嬉しそうに言うと、克也は頷いて

「帰ってくるときに名残惜しくなったよ」

 と言った。乙女は、そのぎこちない言葉の使い方に克也が名残惜しいという言葉を初めて使ったことに気がついた。誰かが克也にそういう気持ちを体験させて、その気持ちを共有して教えてくれた言葉に違いない。榊原研究室の面々を信じてほしいと榊原教授が言っていたことを思い出し、信じてみてもいいのかもしれないと少し心が傾いた。


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