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榊原研究室  作者: 青砥緑
第二章 夏
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合宿の夜-2

 夕食はケータリングが用意され、居間にちゃぶ台を3つも並べて食卓を囲んだ。


「この家はどうして丸いちゃぶ台ばかり3つもあるんだ。」


 針生が聞いても犬丸も知らないという。


 夕食は海の幸満載の和食だった。当然のようにビールと日本酒が用意されている。克也にはウーロン茶だ。いつもお昼は一緒に食べているが全員で同じものを食べることはない。これは美味しい、これはしょっぱいなど感想を言いあいながら和気あいあいと食事が始まった。

 最後に榊原研究室で飲み会が開催されたのは、いつのことだったか。少なくとも去年ではない。それぞれがどれだけ飲んでどうなるか、過去の学習の成果を思い出す間もなく酔いが回り2時間後にはひどい有様になっていた。

 談笑していた状態のまま固まって寝てしまっている榊原教授。

 全身真っ赤にしながら水泳における推進力の効率的な伝達方法を黒峰に説く針生。

 黒峰は口説かれていると誤解しており相槌が全くかみ合っていない。

 赤桐に物理的に締めあげられている大木と犬丸。お互いに生贄を残して逃げようと足を引っ張り合うのでズタボロだ。

 猿君は完全に横になって熟睡である。


 最上は克也に酒飲みの生態を教えるにしても、そろそろ十分だろうと克也を連れて外に出た。縁側に並んで腰かけて今日の感想など聞いてみる。

「海で足のつかないところまで行ったのは初めてでした。それから海の家でご飯を買ったのも。楽しかったです。」

 最上はよしよしと克也の頭を撫でる。他の人の目がないと、毒舌王の最上も克也を甘やかし放題だ。克也は最上とは違った意味で魔性の生き物である。

「先生たちは海で泳がなくても良かったんですか。」

 克也にとって海水浴とは、言葉の通り泳ぐためのものだという認識だ。克也流に判断すれば本日一番正しく海水浴を楽しんだのは針生だということになる。

「俺達はいいの。犬丸はそもそも暑いところが苦手だから浜辺が向いてないし。赤桐は泳げないしな。」

「泳げない。カナヅチですか?」

 カナヅチは本日克也が新しく覚えた概念である。

「難しいな。昔はどうだったか知らないが、赤桐が走れないって聞いただろう。あれと同じだよ。あいつは運動はみんな禁止。」

 克也は今日見た赤桐の脚を思い出した。大きな傷跡があった。きっとあれのせいだろう。

「走るのも好きだったみたいなのに可哀相な気がします。」

 運動会の話をしたときの赤桐は楽しそうだった。昔泳げたのなら今日もきっと泳ぎたかったはずだと克也は思った。

「可哀相か。克也、バイクに乗せてもらったことあるか?」

 最上は克也の方に向き直って話を変えてきた。

「はい、猿君に乗せてもらいました。」

 夏休み中、二人は約束通りあちこち遊びに行っている。猿君であれば山城夫妻も顔パスで克也を送りだしてくれる。

「結構疲れなかったか。」

 そう言われてみれば、猿君の後ろにしがみついているだけの克也もバイクを下りると体が疲れていたと思って頷く。

「赤桐はバイクが好きで好きで、ちょっとやりすぎて事故に遭ったんだが、それでも諦められなくてな。あの膝じゃ普通のバイクに乗るのは無理なんだが、どうしてももう一回走りたいって聞かなくて。諦めの悪い奴だ。」


 最上はタバコの煙を吐きながら、自分に新しいバイクを作れと迫ってきた赤桐のことを思い出した。

 その頃、最上は自分が走ることよりメカニックの方に傾倒しており、地元ではかなり有名な改造屋だった。まだ松葉杖なしに歩けもしない癖に何言ってやがるんだと突き離したら、その場で松葉杖を放り出して歩いてみせた。ああいう無茶をするから治りが悪くなったんだと苦々しく思う。


「バイクなんか乗れなくっても、困らないだろう?でも、あいつの場合は中毒みたいなもんだからな。便利、不便の問題以上に風を切って走っていないと生きてる実感が湧かないんだそうだ。そういうの分かるか?これがないと生きている意味がないっていうもの。」

 克也は首を横に振った。それなしに生きている意味がないもの。克也は生存に必要な体の器官しか思いつかない。しかしそれは、生きる意味ではない。

「まだ早いか。でもいつか、お前もそういうもんを見つけろよ。お前みたいに能力が秀でている奴は特に気をつけないと研究も、研究のための研究になっちまうからな。それだと、最後の最後で頑張れないんだよ。」

 克也は良く分からないなりに頷いた。何か大事なことを喋っているということだけは感じられるが話される言葉の意味はまだ理解できない。最上は克也が分かっていない顔なのを見て、もう一回克也の頭を撫でた。

「まあ、年寄りの話だ。今は聞き流しておけ。」

 克也は最上を見上げて一回「はい」と返事をした後で、もう一度口を開いた。

「最上先生と赤桐さんが軽量バイクを作ったのは赤桐さんをバイクで走らせてあげるためですか?」

 最上は克也を見下ろして黙って頷いた。犬丸が研究の私物化だと叫んでいたのは正しい。赤桐が乗れるバイクを作るには依頼を受けた当時の最上では技術力も資金も足りなかった。某西大学への四方田の誘いも、その研究資金がなければいかに過去の傷を元に脅されようとも突っぱねきれないことはなかった。それでもまだ足りなくて、榊原教授の誘いを受けて東東大学で研究を続けた。今年やっと10年越しの努力が実って、赤桐でも扱える上に彼女が納得する速度の出るバイクが完成したのだ。

「他の奴らには内緒だぞ。特に犬丸はうるさいからな。」

 最上が口止めする。研究室の何人かは薄々これまで最上の研究は全部今回のバイク開発のためだと気が付いているのだが、それを表だって認めるつもりは最上にはなかった。今はまだ大学を去るわけにはいかないからだ。

「はい。」

 克也は素直に約束してくれた。


「まあ、そういうわけだ。走れないのは不便かもしれない。でもあいつにとっては大事なのは毎日便利なことより、バイクに乗れることで、それもやっと叶ったから、もう全然可哀相じゃないんだよ。簡単に可哀相なんて言うな。それは自分で決めることだぞ。」

 最上がそう言ってタバコを消すと、克也は頭の中で最上の話を全部おさらいして落ち着けるべきところへ落ち着けた。

「分かりました。」

 最上はその返事を聞いて「じゃあそろそろ寝るか」と立ち上がった。



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