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榊原研究室  作者: 青砥緑
第一章 春
29/121

榊原探偵団の捜査-3

「教授、きりがないですよ。」

 教授室にて、某西大学の監視カメラ映像の操作の傍らタヌキの化かし合いを盗聴していた大木が音を上げる。端的にいうと飽きたのだ。同じように盗聴していた榊原教授は苦笑いして頷いた。

「そのようだね。いいねえ、こういうことにばかり時間を費やせる人達は。」

 そもそも最上がちょっとした知り合いを経由して四方田が以前、榊原教授に強引に奪い取られた教員を取り戻そうと無茶なことを画策しているという情報を粟倉の耳に入れたのが今回の呼び出しの発端である。当然、強引に奪われた教員とは最上自身である。四方田を目の敵にしている粟倉は、まず榊原教授にことの真相を内々に確かめにきた。当然、榊原教授は最近、最上の動向が落ち着かないので心配しているなどと嘯いた。最近の最上が慌ただしいのは榊原教授が便利に使い倒しているからなのだが、そんなことは粟倉の知るところではない。ただでさえ注目度の高い榊原研究室から教員を引き抜こうとは大胆不敵であると、鼻息荒く帰って行った。その後粟倉は証拠固めに走ったが、最上を引き抜こうとしている事実が無い以上、証拠は出ない。最上がそれらしく大阪と東京を行き来しているくらいだ。そこで直接探りをいれに四方田を呼び出したと言うわけである。いつもの粟倉なら証拠なしに四方田と直接対決などしない。しかし、今回は文部科学省のお偉方から早期解決のプレッシャーがかかっていた。かけさせたのは無論、盤石のコネを誇る榊原教授である。

 四方田にはいつでも隠しておきたいことの一つや二つはある。遠回しに腹を探られれば長期戦になるのは目に見えていた。万が一、最上の名前が出れば出たで、10年以上前とはいえ金で横っ面をはたいた事実があるので簡単には逃げられない。粟倉との対決は最上が必要なことを調べ上げるために必要な時間を稼げる安全な手立てであった。

 粟倉の秘書が予約した会議室に水やホワイトボードのほかに盗聴器も用意したことは、粟倉も四方田も予想だにしていないことだった。最上の魔の手を逃れたければ秘書は男性にした方が良い。


 大木と榊原教授が片手間に盗聴を続けていると、最上から大木へ連絡が入った。まずは監視カメラの映像を通常の映像に切り替える。しばらくしてもう一度、今度は榊原教授の電話に連絡が入った。

「どうかね。」

 榊原教授が軽い調子で尋ねると、最上からも簡単な返事が帰ってきた。

「黒ですね。」

「分かった、ご苦労だったね。」

 榊原教授は白い髭を撫でつつ早々に電話を切る。

「大木君。もう大丈夫だ。念の為、この化かし合いの帰結を追っておいてくれるかな。」

 大木は元よりその予定だったので、あっさり頷いた。

「ところで教授。最近色々立てこんでいて、本木教授のところのレポートが滞ってしまいまして、ちょっとご指導いただきたいのですけど。」

 大木は真面目な顔でさらりと付け加える。予定外の作業に時間を散々割かされた謝礼を言外に要求している。

「それは大変だね。では明日にでもどうかね。黒峰君に話をしておこう。」

 榊原教授はこっそり片眼を瞑ると、教授室を出て行った。本来、教授こそ毎日のスケジュールが目白押しでタヌキの化かし合いなどゆっくり聞いている時間はないのである。



 最上が研究室に戻ってきたのは夜9時近かった。その時、珍しく研究室は無人だった。既に克也には迎えがきて帰宅していたが他の面々はまだ学校に残っていたにも関わらず出払っていた。犬丸はここしばらく取り組んでいた爆破シュミレーションソフトの計算が合わないと、あらゆる爆発物の爆破実験を再開して実験室に缶詰になっている。赤桐は不具合調整の終ったバイクの試運転と称して夜な夜な近所を走り回っている。針生は非協力的な榊原教授の態度にもめげず、地道な素材開発実験に勤しんでいる。大木ははったりではなく滞った課題の対応に追われて図書館にいる。まだ、それほど忙しくないはずの猿君はリハビリと称して体育館にいた。

 そういうこともあるよな、と最上はお土産に歓声をあげてくれる人の不在を少し残念に思いながら部屋を通り過ぎた。教授室へ入ると、最上からの連絡を受けた黒峰と榊原教授が報告を受ける準備を整えていた。

「ただいま戻りました。はい、おみやげ。」

 最上は、たこ焼き味プリッツと抹茶プリンを黒峰に手渡した。そのまま、自席に座るとPC立ちあげて撮ってきた証拠写真とデータをプロジェクター経由で壁に映し出す。

「学長室で発見したものです。まず、これが犬丸が言ってた岡島組の人間とのやり取りと思われるメールですね。とにかく退学させろと要求してます。」

 メールの内容を勝手に要約して最上が解説する。

「メールは非常に少なかったです。電話連絡だったんでしょう。画像を添付するためにこれはメールになっている。」

 添付されていた画像は榊原研究室のメンバーの顔写真だった。唯一猿君の写真が無い。

「猿は、この計画時点では研究室に配属されていることが知られていなかったんでしょう。あいつが復学手続きしたの新学期の当日でしたからね。」

 次に画面が切り替わる。

「経過報告が一度だけ入っています。これも写真を添付したかったんでしょうね。追加で猿の写真と、こいつだけ経歴が洗えないという愚痴みたいなもんですね。岡島組とうちの研究室について話をしていたのなら、克也の退学の件と思って間違いないでしょう。」

 といいながら、最上は画面をさらに切り換える。

「こっちが克也を退学させた後に某西大に移籍させようとしていた計画の内容です。研究室や設備なんか用意していたみたいですね。この移籍が主目的だったんでしょう。四方田さんの引き抜きはもう病気だな。」

 資料には思いっきり江藤の名前が記載されており、意図される内容は明らかだった。

「あと、おまけですけどちょっと面白そうなのもありましたよ」

 そこから次々と出てくるのは四方田の克也コレクションとも言えるデータと画像だった。四方田が大学入学時からずっと克也を熱く見つめてきたことが窺える内容だった。克也の研究結果や日々の生活の隠し撮り写真達である。

「こっちで訴えたらストーカーで引っ張れますよ。」

 榊原教授もあきれ顔で頷いた。よほど克也が気になっていたのだろう。

「どうしてこんなに克也に執着するんだか。」

 最上は延々と流れて行く四方田の克也コレクションを見ながら首をかしげる。優秀な人材が欲しいだけにしては異常な執着に見える。俄かに四方田の克也ストーカー説が浮上し教授室の面々は非常に残念そうに顔を見合わせた。


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