榊原探偵団の捜査-2
事件から2週間経過すると猿君が退院し学校へ帰ってきた。まだ行動制限があると言って荷物も持たずに手ぶらで登校してきたが、克也は喜んで珍しく授業をボイコットしてまで猿君の隣にいたがった。
猿君が登校を再開してさらに数日後、大本命の調査を命じられていた最上は、榊原教授に適当な出張をでっちあげてもらい大阪にいた。必要な下調べが済んだので、家宅捜索に入ることにしたのだ。無論、捜査令状はない。しかし、最上にとってはそれほど難しい作業ではなかった。というより、難しくなくなるように手を打ってあった。
まずは手っ取り早く入り込めるところで、某西大学の学長室に狙いを定めてある。だいたい、仕事に関する情報は職場にあるものだ。
木曜日の夕方、サングラスで夕陽をよけながら最上は何気ない様子で某西大学の教育棟に入って行った。入口付近で一日の清掃作業に取り掛かろうとする清掃員とすれ違うが、あまりの自然体にサングラスの着用すら不審がられることもない。この日、学長の四方田は所用で東京に出張していることは確認済みだ。なんせ、所用をこさえたのが最上自身なのだから間違いない。
若い頃には悪いことばかりしていた。もみ消した前科がいくつもある。それがアキレス健になって某西大学への勤務も断り切れなかったし、榊原教授の東東大学への誘いも断れなかったのだ。若気の至りとは恐ろしい。最上は因果なもんだな、と若かりし日の自分が強引に勧誘を受けた、まさに現場である某西大学の学長室へ向かいながら苦い思いをかみしめる。この部屋にはいい思い出など何もない。
若い頃に悪いことばかりしたおかげで、鍵の閉まっている扉を開くのは得意である。先程すり取った清掃員のIDカードであっさりと学長室の扉を開く。この時間、あの場所で清掃員のIDカードを手に入れれば良いことはもちろん事前に調査済みだ。最上には言い寄る女の数だけの情報源がある。古巣の某西大学ならいくらでも抜け道があった。更に防犯カメラの映像は東京から大木が操作しているので、誰かと物理的に遭遇するまでたっぷり時間はある。
(だいたい四方田なんて、御大層な名前つけやがって中身はただの食えないオヤジじゃねえか。)
四方田の悪態なら24時間つき続けられる最上は心の中で四方田を罵倒しつつも学長室の捜索を開始した。
一方その頃、御大層な名前で食えないオヤジの四方田は天敵たる文部科学省の粟倉と対峙していた。傍目には太ったオヤジが二人、紙コップに入ったコーヒー片手に世間話をしているようにしか見えないが、二人は確かに対峙していたのである。その時の二人には並々ならぬ緊張感があった。
粟倉は正義感の強い男で、四方田が金に任せて優秀な研究員を他の弱小大学から引き抜いたり、素行に問題のある人間を教員として採用したりすることに十年来文句をつけてきた。数回は実際に四方田の「買い物」を阻止した実績もある。四方田としては目の上のたんこぶのような存在だ。蔑ろにしておいて、また「買い物」を邪魔されては困るので呼び出されれば応じるしかない。
今回の呼び出しに四方田本人が東京に飛んできたことで、粟倉は疑惑を深めていた。粟倉は自分が四方田に嫌われている自覚が十分にある。できるだけ会いたくないと思っているはずだ。全く後ろ暗いことがなければ代理の副学長なり、教務部長なりをよこせばいいのに自分が来るとは探られたくない腹があると言っているようなものだ。
(怪しい)
粟倉は美味くもない紙コップのコーヒーの酸っぱいような香りを嗅ぎながら、四方田の様子を観察していた。
一方の四方田も、この時期に粟倉から呼び出しがかかったことに疑惑を感じていた。目立ったことは何もしていないはずだ。予想外の時期の呼び出しは予期せぬ尻尾を掴まれている可能性があるといつも以上に警戒していた。
「久しぶりにお会いしたのに立ち話もなんですから、よろしければどこかあいている会議室でも腰を落ち着けてお話しませんかな。」
粟倉が切り出して、ついに太ったオヤジ2名による大きな腹の探り合いのゴングが鳴った。
「ほほ。」
学長室の棚という棚、引き出しという引き出しに続けて本命のPCの中身を確認していた最上は小さな声を上げた。四方田は消したつもりなのだろうが、復元したメールやファイルの中から正に犬丸から聞き出した人間とのやりとりを発見した。すぐにデータをダウンロードする。データの転送を待つ間にさらに最近やり取りされた封書を確認する。興味深いと言えば興味深い名前がたくさんあったが、克也の事件に関係ありそうなものはない。ビーッと低く小さな音を立てて動いていたPCの音が止まる。デスクトップデータのダウンロードが終了した合図だ。最上はすぐにメモリを抜き取り、片づけを済ませると耳を澄ませて一帯の廊下が無人のタイミングを見計らって部屋を出た。清掃員のIDカードは教育棟外の清掃会社の車の脇で落とす。十分な距離を移動してから大木に電話をかけ、監視カメラの乗っ取りを終了させる。
羽田へ戻るべく、その足で伊丹空港へ向かう。伊丹空港に向かう途中、難波のデパートに立ちより研究室に土産を用意するのも忘れない。今回の仕事はこれでお役御免となってくれるといいと儚い願いを抱きつつ最上は帰路についた。