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榊原研究室  作者: 青砥緑
第一章 春
27/121

噂の二人

探偵団の捜査は一回お休みです。

 猿君が入院している間、克也はローテーションとは関係なく毎日病院へ行って出来る限り長い時間を猿君と過ごした。

 榊原教授が最上に説明したように克也はこれまで5回の誘拐未遂に巻き込まれている。本人が気づかぬうちに事無きを得たものも、連れ去られようとした現場で吉野や和男に力づくで取り戻されたこともある。誘拐未遂以外の事件にも何度か遭遇したこともある。いくら始終天然ボケの克也でもこうした事件が度重なれば自分がトラブルの元だということくらいは察しがつく。しかし目の前で大怪我をした人をみたのは今回が初めてであり、大きなショックを受けた。更には、初めてできた友人が自分のせいで怪我を負い、それが死に至る可能性があったということに彼なりに責任を感じていた。

 夜になれば血まみれだった自分の手を思い出し、自分が猿君を刺したのではないかという錯覚まで覚えて飛び起きる夜が続いていた。山城家が大きすぎるので山城夫妻が気がつくことはなく、克也は人にものを相談する習慣がなかったので、その事実を知っている人はいなかった。


 克也は猿君と一緒にいるときはずっと猿君にどこかしら触れながら、話をしている。当たり前だったことが、急に当たり前でなくなるという以前の赤桐の言葉を思い出して、当たり前に生きている猿君を確認しているのである。

「猿君は、起きられるようになったら何がしたい?」

 猿君は「うーん」と唸ってしばし考える。

「そうだなあ、動物園に行きたい。」

「動物園?」

 克也が聞き返すので、猿君もその日の当番で病室の隅で雑誌を読んでいた赤桐も克也が動物園を知らないのかと思った。

「知らないか?」

「ううん、昔、和おじさんに一回連れて行ってもらった。」

 二人はほっとする。良かった。なんとなく動物園に行ったことがない子供と言うのは可哀想な気がしてしまう。

「どうして動物園に行きたいの?」

「動いている生き物を見るのは面白い。」

 猿君の返答は簡潔を極めた。一度見れば何事も忘れない克也にとって動物園は一度行けば十分な存在だが、生き物の動きは常に変わっているのだからもう一度行っても楽しいかもしれないと思う。

「克也はどこでも遊びに行けるならどこに行きたい?」

 今度は猿君が質問する。克也はしばらく考えていたが行きたいところはなかった。

「何もない。」

 猿君は残念そうだ。

「子供のうちから色んなものを見ておいた方がいいぞ。」

 今度は克也が複雑な顔をした。

「僕は、子供かな。」

 15歳は微妙な年頃だ。

「子供は嫌か。」

 猿君が聞き返すと、克也はまた少し考える。

「嫌じゃないけど、子供だとできないことがたくさんあるでしょう。大人になったらもっと色んなことができるでしょう。」

 赤桐が割り込んできた。

「大人もいいけどさ、克也。子供の時にたくさん遊んでおかないと、立派な大人にはなれないよ。」

 赤桐は少々遊び過ぎの子供だったが、その経験がなければ今の自分がないことには自信がある。

「子供にしかできないこと?」

「そうだよ、我儘いっぱい言ったりさあ。ちゃんとやりたいこと考えてる?」

 克也は困って猿君の方を振り返った。猿君はにこにこしている。

「克也、何も思いつかないなら今度一緒に動物園に行こうか。」

 克也は頷こうとして、途中で固まった。

「どうした?」

 猿君が問いかけると、俯いて首を横に振り直した。

「僕と一緒にいると、また怪我をするかもしれないよ。」

 ぽつりと呟く克也に猿君はゆっくり体を起こした。まだ傷が付いていないので体を動かしてはいけないのだが赤桐も止めなかった。

「そんなこと気にしなくていい。克也のせいじゃないって言っただろう。」

「でも、僕がいなかったら」

 克也が言い募ろうとするのを、猿君が遮った。

「襲ってくるのは、襲ってくる方が悪い。襲われる方じゃない。それに、友達だろう。友達っていうのは一緒に困難に立ち向かうものだぞ。また克也が危ない目に遭うというんだったら、なおさら俺はずっと克也の傍にいるよ。」

「僕は、誰かが僕のせいで傷つくのは嫌だよ。」

 克也が必死に抵抗したが猿君は引かなかった。

「俺は克也が傷つくのが嫌だよ。次からはうっかり怪我しないようにするから。せっかく元気になっても一緒に遊びに行けないんじゃ生き残った意味がない。」

 猿君が元気でいてくれても、もう話したり一緒に自転車に乗ったりできないならそれは失ってしまったのと同じことだ。克也はいかなる意味でも初めてできた友達を失いたくなかった。克也と猿君はつぶらな瞳同士でしばし見つめあっていたが、ついに克也が「もう怪我しないなら」と言って目を逸らした。

 それを聞いた猿君は笑顔になって「じゃあ、動物園の次はどこに行こうか。」と言い出した。

 赤桐は、これは完全に愛の告白だなと思いながら二人の話を聞いていた。そして、比較的最近に自分も克也に好きだと公言したことについてふと思い出した。

(でも克也に向き合うと、どうも好きだと叫んで抱きしめたくなるんだよね)

 赤桐は頬杖をついてデートの計画を練る親子ザルを眺めつつ、克也が可愛すぎるのがいけないんだ、と結論付けた。きっと猿君は同意してくれる。最上あたりは自制心が足りないというだろうが、とりあえず彼はこの場にはいない。


 その後の入院中の日々で猿君と克也はずっと遊びに行きたいところの計画を立てており、どこのバカップルかと思うような熱愛ぶりであった。その様子を見守っていた面々の中には様々な疑惑が生まれていたが、節度を守って黙っていた。唯一例外の犬丸だけが、二人の友情について声高に違う感情ではないかと疑っていたが、無遠慮の権化の彼をして猿君と克也の前でだけは口をつぐんでいた。とにかく二人の間に強いきずながあるらしいことだけは、全員の認めるところであった。


「のほほん」というより「らぶらぶ」ですね。

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