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榊原研究室  作者: 青砥緑
第一章 春
26/121

榊原探偵団の捜査-1

 事件発生の翌日、猿渡家は家庭の事情が許さず猿君の付き添いができないことが判明した。他にこれといった友人が見当たらないので、研究室の人間が交代で様子を見に行くことにした。それ以外は皆いつも通りだったと言える。


 研究室の奥にある教授室も外から見る限り通常通りだ。しかし中では黒峰を交え、3人で今回の事件の後始末について相談していた。教授室は完全防音構造になっており、こうした大人の内緒話に便利である。

「山城さんとも話してみたのだがね、克也君はこれまでに5回も誘拐されそうになっているそうだが、今回ほど乱暴なことはかつてなかったということだったよ。」

 榊原教授は教授用のちょっといい椅子にもたれている。

「5回とは随分多いですね。で、今回の首謀者の目星はついているんですか。」

 最上が、学生よりはちょっといい程度の椅子で頬づえをついたまま質問する。

「ある。ただ、これほど強引な方法に出た理由が良く分からないがね。」

「可能性としては、何か切羽詰まった状況に追い込まれたんでしょうかね。」

「そんなところかね」

 一見、二人の間には何の緊迫感もない。試験問題のレビューをするときよりも緊張感が無い。

「まあ、これ以上のトラブルは無用と願いたいし、とにかく心当たりの大本命を早めに押さえておくに越したことはない。ちょっとこちらで調べてみようかと思うのだよ。出せるような証拠が無いから警察にはまだ言えないが。」

 榊原教授の広い人脈は馬鹿にならない。克也に関心を示している人間をあらゆるコネを使って調べ上げるなど朝飯前である。しかも、克也の祖父とは学生時代から親交のあった榊原教授は、江藤幸助本人から克也をくれぐれも頼むと言い遺されているという経緯がある。大学入学時点で既に彼の身辺を確認し、数名の何かやらかしそうな人物リストを握っていた。今回の事件の報告を聞いて、すぐに一覧上の人物で今回の件に関係があり得る者をピックアップした。その後、警察の捜査状況をなんとか聞き出しし、容疑者を絞り込んでいた。大活躍の各種のコネについては自分の生命線であるからして学生はもとより、最上にも警察にも、どうやって容疑者をしぼったか明確に説明できないのが難点だ。


 最上は心得たもので余計なことは聞かなかった。

「とりあえず最上君が適任と思うのでお願いできるかね。」

 最上は「またきた。」という表情を隠そうともしなかった。研究室の小人さんにはいつも面倒な仕事が振りかかる。榊原教授は最上の反応に怯むことなくもう一言続けた。

「君の知り合いのようだしね。」

 最上が自分の知り合いで今回のようなうっかりした事件を起こすような人物はいただろうかと思い返してみたところ、候補が腐る程いたので力なく項垂れた。

「それから大木君にも協力してもらった方がいいかもしれないね。」

 大木はスパイおたくが高じて法律スレスレ、というか完全アウトのところまで行っている。もちろん、外向けには教授陣は知らぬ存ぜぬで通しているが警察のシステムやら町の監視カメラ映像やらのデータをハッキングできるということを知っている。スパイが罪に問われる国でなくても、立派な犯罪である。しかし、非常時には有益だ。普段見逃してやっている分、多少働いてもらうことにする。

 それから3人は詳細の確認を行った。打ち合わせが終ると、通常通りのスケジュールに戻り榊原教授は共同研究の依頼を出されている企業との面談に赴き、黒峰は実験室の予約調整を始めた。最上は大木を呼び出して任務を伝えると、そのままタバコをふかしに外へ出て行った。



「面倒くせえなあ。」

 吹きさらしの喫煙所でタバコをくわえつつ、最上は独り言をいう。面倒くさいのはこれから榊原教授の代理で出席する無為に長い教授会よりも、その後にやらねばならない作業の方である。榊原に指示された大本命について調査し、今回の一件に関係があるか確認しなければならない。関係があることを証明するのは容易いが、関係がないことを証明することは難しい。どういう手順で確認していこうかとプランを練る。


 最上が調査する対象は四方田彦治(よもたひこじ)という男である。最上が四方田と知り合ってから既に20年近くが経過している。古い知り合いであった。

 最上が以前に在籍していた大学は西の雄、某西大学である。三流大学で極めて適当な学生生活を送っていた最上を学長であった四方田が某西大学に一本釣りしたのが出会いである。どうやって情報を得たのか知らないが、最上の金属組成に関する研究を嗅ぎつけ将来性ありと見込んで高額の給与といくつかの最上の弱みをちらつかせて引き抜いたのだ。当時、最上の研究成果は改造車と改造バイクをこよなく愛する学会とは縁もゆかりもない世界でだけ知られていたことなので、四方田の情報網が通常の研究者が持っているものより遥かに広かったことは確かだ。ちなみに、今も昔も最上の研究テーマは強くて軽い金属の生成である。当然、産業分野においては引く手あまたの人材である。本人の素行さえもう少しよければ、企業の研究所からの誘いも多く入るであろうが、企業との共同研究をするたびに研究所の女子職員に次々と手をつけて食い散らかしていくためか企業からの移籍の誘いは全く来なかった。

「やっぱ面倒くせえな。」

 そうは言っても最上は自分の研究室の学生を、舎弟のように思っているので克也を誘拐しようとしたことも猿君に怪我を負わせたことも捨て置くつもりは毛頭ない。若い日にはその義侠心の厚さで多くの不良少年、不良少女に慕われたものだ。

 タバコを吸い終えると、頭を切り替えて教授会の行われる会議室へ向かった。


 翌日の昼過ぎに、教授室にて大木の調査結果が報告された。警察が話してくれない最新の捜査状況を探らせていたのだ。猿君と克也を襲撃した車は盗難車登録済みの黒いセダンで、盗難に遭った場所は台東区となっていた。念の為、元の持ち主の情報も控えられていたが子持ちのサラリーマンで本件には関係ないと思われた。

「それから、映像が取れるものは落としておきました。照合をかけるデータベースが絞り込めなかったので身元は特定してませんが。」

 画面には逮捕済みの4人組の写真があった。

「犬丸さんにも確認してもらいますか?」

 黒峰が榊原教授に問いかける。猿君と克也が目撃した外見および大木が調べてきた捜査状況から実行犯が暴力団関係者であることは確実である。その道のプロフェッショナルである犬丸経由で探した方が早く身元が確認できる可能性がある。

「大木君、この写真の出元が分からない様に加工できるかね。」

「すぐできますよ。」

 大木はけろりとした顔で請け負った。

「では、そのデータを犬丸君に見てもらって心当たりを当たってもらうとしよう。助かったよ、ありがとう。」

 大木の特技であるハッキングは犯罪行為なので当然だが、なかなか日の目を見ない。こうして教授にお礼を言われて嬉しそうに去って行った。

 宣言通り30分もしないで大木がデータを犬丸に渡して、犬丸が信頼のおける筋に男達の身元を問い合わせると、あっという間に結果がでた。


 同日の夕方には今度は犬丸が教授室にいた。

「運転手はこの手の運転のプロですね。うちもたまに使うからすぐわかりましたよ。」

 この手とは、犯罪に関するということなのだろうが、犬丸は良く出前をとる蕎麦屋の説明と変わらないテンションでそう言った。

「運転手は、言ってみればフリーランスなんで先日の雇用主は誰かを問い詰めないとそれ以上つながらないと思いますけど、まあ同乗してた奴らの組に雇われていたんでしょうね」

 犬丸は手に持っていた残り3人の男の写真を示して、こっちですけどと続ける。

「こっちは岡島組っていうところの下っ端です。こいつらのくっついて回っているのは矢島っていうらしいから、順当にいったら矢島が後ろに居るんだと思いますよ。」

 あっさりしたものである。警察が言いたがらなかった名前まで分かってしまった。犬丸から矢島と運転手以外の3人組の名前を聞き出す。さらに、矢島が出てくる場合に関係がありそうな幹部の名前も確認する。

「助かったよ、ありがとう。」

 榊原教授が途中で礼をいうと、犬丸は意外そうに首を振った。

「いいんですよ。何もなくても克也と仲良くなっていっぱい恩も売っておくつもりでしたから。先行投資です。」

 真顔である。しかし、実際に犬丸が克也に普段していることはラーメンについて教えることと余計なことを言って困惑させることだけである。真面目に恩を売る気があるとは思えない。

「お前は克也の素直さをもうちょっと見習え。」

 最上が本当はただ克也を気にいっているのだと言えばいいのに、と苦笑する。

「素直ですよ。」

 犬丸は胸を張った。本当に大人になると人間は素直でなくなる。克也の素直という美徳が輝いて見えるのは周りが歪んでいるからかもしれない。榊原教授も最上もそれ以上言わずに頷くと、犬丸は「ところで」といらないことまでペラペラと喋ってから退場していった。犬丸流の照れ隠しである。


 二人だけになった教授室で最上は榊原教授を見やった。

「うちの学生は本当に優秀ですね。教授がそういう生徒を選んでいるとしか思えませんけど。」

「そういう」を強調して最上が言うと、榊原教授は目を細めて最上を見返した。

「学生に限らず、我が研究室は優秀な人材に恵まれて喜ばしいことだね。」

 学生に限らず、ね。と呟いて最上はため息をついた。


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