榊原探偵団の推理-2
赤桐と針生編。
「そんなことより、気になるんだけど」
今度は赤桐が口を挟んできた。
「襲ってきた男が言ってた克也のボディーガードって話。そんなのいるの?最上さん、なんか知らないの?」
最上は突然質問を振られて、ちょっと思い出すようにした。確かにそんな話を克也も猿君もしていた。
「ああ、覆面ボディガードでもつけてるのかってことか?少なくとも猿は違うぞ。猿は本当に去年まで行方知れずだったのがひょっこり帰って来て復学するっていうからよ、1年生の頃に面倒見てやった腐れ縁で戻ってきたはいいけど引き取り手のなかったところを、うちの研究室に引っ張ってやっただけだよ。」
事実、榊原教授、最上と猿君は猿君出奔前からの付き合いである。
「他は?実はこの中に特殊任務のために学生のふりをしてる人とかいないわけ?」
赤桐は興味津津という顔で居並ぶ面々を見回した。
「うちの研究室なんか、入学から研究室配属に至るまで後ろ暗い奴ばっかりなんだから腹の探り合いしてもしょうがねえよ。お前も聞かれたら困るだろうが。」
最上に言い返された赤桐はぐっと詰まった。赤桐も猿君同様に最上と榊原教授が裏から手を回して席を用意してやったクチだ。
「つまんないの。そのボディガードがどっかの組織から来ててさ、ヤクザの抗争のもつれが飛び火してんのかと思ったのに。」
「お前は任侠映画の見過ぎだ。」
最上が言下に切り捨てて赤桐の疑問も打ち捨てられた。
「動機はどうあれ、今回の犯人は克也を誘拐したかったんですかね。」
針生は眉を寄せながら呟く。
「克也を攫いたいなら、なんで猿君と一緒に居る時という一番失敗しそうなタイミングでやってきたのか理解に苦しむ。数日様子を見ていればもっと簡単に克也を捕まえられるタイミングが分かるはずじゃないですか。確かに、ここのところ赤桐さんの車で送迎してたから自転車で移動していた今日は狙い目だったかもしれないけど、電車の中で凶器でも突きつければもっと楽に行ったんじゃないですか?ただ何か脅しをかけたかっただけで、かつ、他の学生に目撃させることに意味でもあったんですかね。それが偶々猿君だったて言うのは、事前調査が足りないとしか言えないですけど。」
送り迎えは以前に針生が疑問を呈した通り、帰り道の限られた時間帯でしか行われていない。克也は朝の通学時はバスを使用しているため常に人混みを移動していることになるが、日中ちょっと校外に出たりすることは禁じていないので一人になる可能性はある。また、早い時間に帰宅する場合や、電車に乗ってからしばらく克也は一人だ。確かに誘拐目的ならば、何も一番大柄な友人と一緒の日を狙うことはない。
「だいぶましな着眼点だな。」
最上は針生を見やる。本当に惜しい人材だと思う。榊原研究室というごった煮的研究室ではなくもっと筋の通った研究室で、もっと筋の通った教授に指導を受けていれば今頃は学生を指導する側にいてもいいような人材だ。真面目で冷静、神経質だがその分観察眼が鋭い。マゾ呼ばわりされる程度にストイックに努力できる。なんで消えるトイレットペーパーにそんなに惹かれてしまったのか。もったいない。入学時点から明らかに裏金の流れを感じる犬丸や、研究者としての未来に欲が無い赤桐とは一線を画す学生だ。今からでも更生して学会の未来のために羽ばたいてほしいものだ。
「誘拐よりも脅迫目的と考えた方が早く犯人にたどり着くかもしれん。」
「犯人?犯人捜すんですか?」
大木は、意外そうに最上に問いかける。一般市民の常識では事件の解決は警察に委ねられるものだ。しかも万引きなどではない。刃物をもっての誘拐未遂など素人の手を出す分野ではない。ここであれこれ言い合っていても結局は警察に任せることになるのだと思っていた。
「どうかな。」
最上は首をかしげる。最上が説明する気がないのを見て、大木もそれ以上は聞かなかった。
「強引かつ浅慮なやり口は、今日という日付に特別な意味があったか、何かの期限が迫っていた位しか考えられませんね。最低限自転車で移動していてくれれば今回の作戦は決行可能なわけだし。車で送ろうとしていたら、今回姿を見せなかったもう一台が出てきたとか、違う展開があったかもしれないし。しかし、今日という日の意味はさっぱり分かりませんけどね。」
針生の疑問もまた行き詰まり、暗礁に乗り上げた。
沈黙が降りると話に飽きたのか、手術疲れか、寝てしまった猿君の寝息が急に大きくなって聞こえる。その場違いなまでの安らかさに脱力していると、山城乙女と克也が戻ってきた。
猿君も寝入ってしまったことだし一度解散とする。乙女と克也が帰宅した後も、みな何となく猿君の傍に残っていたが、榊原教授が病院に来られるのはかなり深夜になりそうだと黒峰から連絡を受けたのを潮に最上を残して帰宅していった。
あらゆる推理が行き詰りました。さて、どうする教授?