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榊原研究室  作者: 青砥緑
第一章 春
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未知との遭遇-1

 大学の入学式は有って無きが如き存在である。しかし若人が寄り集まり老体の訓示を受けるという儀式はいつの時代も尊重されるべきものとされる。こうした格式に煩い最高学府においては新入学生のみならず、在学生にまで参加が義務付けられていた。

 某年4月、麗らかな春の日差しをシャットアウトした講堂に1万人近い人間が集い、例年のごとく老体の訓示を受けていた。10分を超す学長の挨拶に続き、国会議員、どこかの学会長、財界の名のある社長など各界の権威から来賓挨拶が続く。白い羽毛のような毛髪を戴いた老人たちは、これからの国を背負って立つ若者に勉学に励めと激励の言葉を送った。見ず知らずの誰かに激励されなくても勉学に励める探究心と知識欲の旺盛な人物だけが入学可能な最高学府において全くもって無駄極まりない行事である。

 ほぼ全ての学生が完全に意識を遠くへ飛ばして過ごす入学式において、学生達の注意を引きもどす効果を持っているのが東東大学の名物教授である総合科学部長の榊原教授による挨拶である。

 榊原教授はテレビなどへの出演も多く、大学のみならず全国区で知られた看板教授である。神がかり的な発明と実験で知られる彼の発明の中で最も有名なものが「消える紙」である。一定条件下で時が立つと水と空気に分解される紙はゴミの削減に大いに役立つ発明として産業にとりいれられ、すでに巨万の富を得ている。この発明をした際に榊原教授が行った伝説的実験が、学内のトイレの個室の環境を制御し、個室に入るときはあった紙が、用を足している間に水と空気になっているという現象を300人もの学生で実験したものである。これによって、いかに素早く環境に影響なく紙を消失させるかを立証してみせたのだ。彼には他にも功績があったが、それはトイレにおける恐怖の実験の有名度に比べれば取るに足らないものと言える。

 実績のある教授には学生が集まる。榊原教授は人気教授であったが学生を受け入れないことでも有名であった。彼のお眼鏡にかなう人間しか研究室には参加できず、年に1人入ればいい方なのだ。実際、前年時点で榊原研究室に所属していた学生は学部生から博士課程まで合わせても4人しかいなかった。榊原教授はその年、殺到する応募の中から研究室に配属する新人を発表する場を入学式に定めていた。全学生が集まっている場で発表しないと掲示板前の人だかりが警備員を必要とする程になったり、選に漏れて抗議に来る学生で研究室がすし詰めになってしまったりするという教訓に基づいてのことである。3回生以降でしか配属されない研究室への配属発表が入学式のハイライトというのは本来の趣旨に悖るのだが、過去の混乱を踏まえて大学側からも異論はでなかった。この年、榊原教授は2人の新人を受け入れると発表し、1万の学生をどよめかした。

「今年3回生になる江藤克也君、猿渡桂蔵君の2名にはこれから我々と一緒に研究に取り組んでもらいます」

 語尾に「ですのじゃ」がつかないのが不思議な程、仙人めいた外見の教授から出た名前を聞いて学生のどよめきが納得のため息に変わった。

 江藤克也。国家の至宝。飛び級によって13歳で大学に入学した稀代の天才児として有名な人物であった。彼の名前によるインパクトが強過ぎて、猿渡桂蔵の名前は殆どの学生の頭に残らなかった。もし、猿渡桂蔵の名を知っていた人物がいたとしたら、その口から洩れた言葉は「生きていたのか」だったに違いない。4年前に学校を去り、どこへともなく旅立っていった学生である。

 これが、猿君と克也がお互いの名前を聞いた初めのことである。

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