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榊原研究室  作者: 青砥緑
第一章 春
18/121

One for All-3

 最上は赤桐と実験室に籠って不具合が出ていたバイクのパーツの取り換えを行っていた。ふと、赤桐が時計に目をやる。

「遅いね。」

「そう簡単には綺麗にならんだろう。克也が見張ってくれてると思うけどな。」

「克也を見張り番にするなんて、よく思いついたよね。確かにあの風呂嫌いを風呂に閉じ込めるには適任だけど。」

 赤桐はバイクの傍をはなれてアイシールドをあげると、作業用手袋をはずして作業机の上に置いておいたチョコレートの袋に手を伸ばした。

「でも、あと30分してもこっち来なかったら見にいった方がいいと思うな。どっちか風邪ひいちゃうよ。」

 チョコレートをもう一つ取り出して、バイクの方へ戻ると、バイクの下に潜り込んでいる最上の目の前にチョコを示して食べるかと仕草で聞く。計器から手が離せない最上がものぐさに口だけ開けて催促するので包みを開けて口に放り込んでやる。

「あ、それ。」

 赤桐が言いかけると、チョコをかみ砕いた最上が一瞬息をつめて、唇の端から赤い液体がつーっと流れてきた。

「チェリーボンボン」

 予期せずアルコールが流れてきたのによく吹かなかったものだ。最上は恨めしげに赤桐を見上げる。今口を開けるとチョコレートが吹き出すのだろう。珍しく黙っている。

「って言おうと思ったんだけどー。」

 赤桐はそのまま最上の顔を伝って首筋まで達しそうな赤い流れを指で掬いとるとそのまま舐めとった。最上は計測を終えてバイクの下から這い出して、上体を起こすとなんとかチョコレートを飲み下す。掬い損ねたリキュールを拭おうと手を上げるが、作業用のグローブを着けたままであることに気が付いて、手を下ろす。グローブを外すより前にもう一度赤桐に指で顔を拭われた。最上はジロリと隣に膝をついている赤桐を睨んだ。

「言おうと思うっていうか、転がっている人間にボンボンチョコレートなんか食わすなよ。最初から間違ってんだよ、選択が。」

 またリキュールを舐めて片付けた赤桐は大して悪いとも思っておらず「たまたま掴んだら、それだったんだって」といって笑っている。


 ちょうど、そこで作業スペースの扉が開いて猿君と克也が入ってきた。

「最上先生」

 猿君と克也の目には座り込んでいる最上に赤桐が寄り添っているように映った。最近は共同研究のため二人での行動が多い最上と赤桐の関係を犬丸が激しく邪推しており、猿君にはその話も耳に入っていた。犬丸が面と向かって関係を問いただしても最上と赤桐も適当にしか相手をしないので、二人の関係は謎に包まれている。

 一つ確かなのは、たとえ赤桐とつきあっていたとしても最上には他にも女の影がたくさんあるということだ。

「おう、終ったか。」

 最上はさっさと立ちあがって、まだリキュールの味が残る唇を舐めながら二人の方へ近づいて行った。長い前髪は誰のものか女性用のヘアクリップで止めて、薄汚い作業着に機械油臭を漂わせているのに唇を舐めるだけで色っぽいのだから、30年以上磨いた男の色気はすごいものだと猿君は、やってくる最上をみて感心した。

「いいじゃねえか。だいぶ人間に近づいてきたぜ。」

 それで、口を開けば洋酒の香りなんて最上は毎日何を食べているのだろうと猿君の興味関心の方向はどんどんずれて行く。

 赤桐も後ろからやってきて、猿君の姿を確認する。まず異臭はほぼ消えている。髪が絡まっている辺りはどうしようもなかったのだろう。髭も特に剃っていないので毛むくじゃらであることは変わらないが、なんというか毛艶がよくなった。服は少しサイズが合わなかったのかTシャツがやや小さく、カーゴパンツがやや大きいので服装だけみたら米軍兵のようである。

「ようし、これからもまめに風呂に入れよ。そのくらいだったら部室棟のシャワーも使わせてもらえんだろ。」

 最上は満足げに猿君の見やり、次いで横にいる克也を見下ろして「お前もいい仕事をしたな」と褒めた


 無事、無罪放免となった二人は榊原研究室に戻り針生、犬丸、大木の他に珍しく黒峰からも褒めてもらった。克也は風呂場の前に座っていただけなのだが、やはり皆が喜んでくれたのでやってよかったと満足した。


 克也は風呂に入って綺麗になった猿君と一緒に自転車で駅まで帰ることにした。自転車置き場まで歩きながら克也がふと「最上先生と赤桐さんは仲がいいね」と言うので猿君はちょっと驚いた。「そうだな」と何気なく返しつつ、克也がどういう意図で仲がいいと言ったのかと考える。自分が15歳だったときと同じとは考えにくい。克也は恋愛というものとは無縁の存在に見える。それは犬丸や猿君が女に縁がなさそうなのとは全く違う意味である。

 猿君は二言目に何を言おうかと悶々としながら自転車の鍵を開けて走り出した。いつも通り猿君の後ろに座った克也は風にのって石鹸の匂いがすることに気が付き、ちょっと声を張り上げて「猿君、いいにおいがするね」と声をかけた。そして、そのまま背中に頭があずけられる感触があった。猿君はそういえばこれまで克也が自分の自転車に乗るときには必ず風下にいたわけで、体臭に不満も述べずにいてくれたのだと思い当った。明日からちゃんと風呂を浴びようと心に決める。思い描いているのは当然学校の設備である。


やっと猿君が綺麗になりました。よかった。

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