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榊原研究室  作者: 青砥緑
第一章 春
17/121

One for All-2

 昼になると一同連れだって食堂に赴く。今日の克也の弁当は唐揚げ、卵焼き、ミニトマト、タコさんウィンナーなど子供向けメニューが多く目に着いた。どうも昨日の運動会と言う単語が頭にあったらしく、乙女が子供の運動会があったら作ってあげたかった弁当になったらしい。弁当の中身をみた赤桐も、運動会のお弁当みたいだと思った。きっと克也の言う通り、家族が喜んでくれたのだろう。弁当の中身に興味が無い犬丸と針生はどうやって猿君を洗浄すれば人並みに綺麗になるか話し合っている。猿君自身は普段より遥かに無口にミートボール入りシチューをすすっている。

「猿君?」

 泣きやんでからも、あまりに猿君が静かなので克也はちょっと心配していた。

「どうしたの?」

「洗われるのが嫌なんじゃないの?」

 犬丸が口を挟む。

「嫌とか我儘が言えるレベルにないだろう。そんなに嫌なら自分で風呂に入ればいい。」

 針生は苦々しい顔だ。鼻がいい針生は猿君の異臭被害を最も強く受けていると言える。

「昨日も今日も、克也がお礼を言ってくれたのが嬉しかったんじゃないの?」

 赤桐が問いかけると、猿君はゆっくり頷いた。

「克也が喜んでくれると、嬉しい。」

 よく映画で片言の言語しかしゃべれない大きくて不器用な謎の生物がこういうことを言うよな、と猿君と克也を除く全員の頭の中にぞれぞれがイメージするキャラクターがよぎった。気は優しくて力持ち、そしてちょっとおつむの弱い、そういうキャラクターだ。


 一方、克也は大まじめに猿君の言葉を理解した。

「猿君が嬉しいと僕も嬉しいから、このままだとずっと二人とも嬉しいね。」


 その瞬間、二人の間に幸せオーラが放たれた。


「お前らのいっぱいの幸せを今日の4限には俺たちにも分けてもらうからな。猿、覚悟しとけよ。」

 最上からの外的刺激によって猿君はしゅんとなり、幸せの永久運動は早々に阻害された。



 最上の猿君洗浄計画は4月の早い段階から練られていた。使用できる設備と許容できる作業内容を検討した結果、選ばれた方法が最上と赤桐が使用している研究棟のシャワーを使用するというものだった。合宿所にも広い風呂があるが、他の人も使用する風呂にいきなり突っ込むには猿君の清潔度に疑問がありすぎる。最上達が使用している研究棟は大型機械を扱う実験用の設備で、油にまみれて作業する学生のための設備が整っている。猿君の洗浄計画第一弾に最適の環境である。既に何度か猿君に自発的な入浴を促したが逃げ回られて洗浄計画は頓挫していた。そこで猿君が溺愛している克也を抜擢したのである。


 克也は猿君と一緒に最上に伴われて研究棟へ移動した。長い廊下を通り抜け更衣室と書いてある扉を開けると、最上は克也と猿君を中へ通した。

 更衣室のロッカーの更に奥に扉があり、シャワー室と書かれている。

「よし、じゃあ猿はとっとと脱いでシャワーを浴びてこい。克也はここで猿が逃げ出さない様に見張っていること。いいな。」

 最上は大木に調達させた新しい衣類と石鹸を猿君に押しつける。

「猿が上がってきても、綺麗だと思えるレベルじゃなかったら何度でも風呂に入り直させろ。克也がOKと思ったら俺のところに連れてこい。来る途中に通っただろ?9番の部屋にいるから。」

 最上はそう言うと、自分は更衣室の外に出て行った。


 猿君は、自分が最上の納得がいくレベルまで風呂を浴びないと克也が解放されないしくみになっていることを悟った。適当に逃げ出すことができない。薄暗い男子更衣室に何時間も克也を置いておくわけにはいかない。猿君は意を決して風呂場へ向かった。

 シャワー室は相当に汚れた人間が使うことを想定されているのか素手で触らなければならない部分が非常に少なかった。ブースに入るとセンサーが反応して問答無用でお湯が降ってくる。しばらく猿君はじっとお湯に打たれていた。体中が体毛に覆われているので、時間をかけないと肌まで湯が達せず石鹸を泡立てることもできないのだ。猿君の風呂嫌いの大きな原因の一つはこれである。時間がかかりまどろっこしい上に水道代もかかる。常に困窮している猿君にとって風呂による出費は切り詰めるべき対象に入っていた。しかし、今日は学校の設備だ。じっと時間をかけて湯をしみこませて体を洗う。頭髪は絡まりすぎてどうしようもないが、出来る範囲で洗おうと試みる。

 猿君の自己評価でOKがでるまで、克也は更衣室の中にあるベンチに腰かけて待っていた。今自分がしていることがみんなの役に立っているとはとても思えないが、猿君がお風呂が嫌で嫌で飛び出すかもしれない、と思うと見張りは必要なのかもしれない。自分が本気で逃げようとする猿君を止められるとは思えないが、逃げたと報告することくらいはできる。嗅ぎ慣れない匂いに囲まれながら、扉の向こうの水音が止まるのを待っていた。

 猿君が満足したのは15分後だった。大木が100円ショップでまとめ買いしてくれたタオルでせっせと体を拭く。猿君の風呂嫌いの原因その二は、体毛がたっぷり水を吸うので全身を拭き切るのに時間がかかるからである。なんとか拭き終えて新しい下着をつけて克也に声をかけると、克也はすたすたと猿君の方へやってきて、くんくんと鼻を鳴らした。真面目に最上の言いつけを守っているのだ。匂い、見た目の合格点が出せなければもう一回シャワーを浴びてもらわないといけない。克也は少し申し訳なさそうに猿君を見上げた。


「猿君」


 その表情に何か悟った猿君は、克也に皆まで言わせず無言でシャワールームへ戻って行った。


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