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榊原研究室  作者: 青砥緑
第一章 春
16/121

One for All-1

元々のタイトルは「克也の恩返し」でした。

 運動会の翌日、克也は午前中の講義に出席してから研究室を訪れた。ちょうど昼食時で研究室の面々も集まってきていた。

 克也は自分の席にカバンを下ろすと、珍しく榊原教授を含む全員が研究室いるのを確認して声を上げた。

「あの、みなさん」

 大きな声ではなかったが、やいやい言いあっていた犬丸と針生も、真面目な顔で何か相談していた黒峰と榊原教授も、PCに顔をくっつけそうになって作業していた大木も、タバコの煙を目で追っていただけの最上も、積み上げられたモーター雑誌を読んでいた赤桐も、財布の小銭を数えていた猿君も一斉に克也の方に注意を向けた。

「昨日はありがとうございました。昨日、家で家族に報告したらとても喜んでくれました。僕も大事な人に楽しい気持ちになってもらえて嬉しかったので、ええと、それも運動会をした話をしたからだから、」

 克也が自席の前に直立してだんだんしどろもどろになって行くのをポカンと聞いていた一同だが、まずは猿君が泣きだした。声をあげて泣く猿君を今度は大木も放っておいた。泣き続ける猿君に克也は困惑して何を話そうとしていたのか分からなくなってしまった。

「おい、猿。克也が困ってるぞ。」

 呆れたように最上が口を挟む。

「いいよ、克也。猿君はほっときな。そうやって皆に喜んでもらえたら運動会をやった甲斐があるってもんだよ。」

 赤桐も呆れた様子で猿君を見やって苦笑いする。

「僕は筋肉痛だけどね。」

 犬丸がじとっとした声で付け足した。克也が悲しげな表情になる。一斉に犬丸に余計なこと言いやがって、という視線が飛ぶが本人は気にしていない。

「お前は普段運動不足なだけだろう。克也、気にするな。」

 針生がフォローすると、犬丸は昨日マゾの同志であることが判明したから急に克也に優しくなったのだと針生に文句をつけて、二人は克也が来る前と違う話題で、しかし同じようにやいやいと言いあいだした。


「江藤君は礼儀正しいな。」

 榊原教授は針生と犬丸の口論を無視してにこにこしている。

「克也」

 雄たけびは収まったが、まだぐずぐずと涙をぬぐっている猿君の横で途方に暮れている克也に向けて最上が声をかけた。

「お前さ、誰かを喜ばせたいって言うんだったらちょっと頼まれてほしいことがあるんだけど。皆がきっと喜ぶ。」

 その言葉に皆が何を言い出すかと注目すると、最上はビシッと猿君を指さした。


「そこの猿を洗うの、手伝ってくれ。」


 猿君の涙はついに止まった。

 しかし、その他の多くのメンバーから喝采が上がったので場はちっとも静かにならなかった。4月の復学時ほどではないにせよ、猿君が発するどこか熱帯地域に紛れ込んでしまったような匂いは気温が上がるごとに増して来ていた。猿君の入浴サイクルや入浴スタイル、衣類の交換頻度は定かではない。榊原研究室の面々は不名誉なことに、この匂いに慣れてしまい最早誰もあからさまに文句は言わなかったが、このまま梅雨を迎えるのは危険なことは明らかだった。最上は梅雨前に猿君を徹底洗浄し、さらに危険な衣類は処分するという一大使命を自らに課していたのだ。常に傍若無人であるが立場上は中間管理職ともいえる最上には、誰かがやってくれたらいいのにな、という無言のプレッシャーが一番強くかかる。いわば研究室の小人さん的役割も担っているのだ。全く可愛げがないので感謝されないが、実はそうなのだ。

 克也は、猿君を洗う手伝いに何が必要か分からなかったが、皆に必要とされている作業であることを理解した。誰かに切実に必要とされたことが無い克也にとっては心の奮い立つ事態である。ゆえに二つ返事で了解した。

「じゃあ、大木は猿を洗いあげた後の衣類を調達してくれ。あと、その土嚢だけどな、針生の言う通りそいつも変えた方が無難だな。4限までに頼む。」

 最上はさっさと財布を取り出し中から数枚の紙幣を取り出すと大木に渡した。大木に拒否権はない。洗われる予定の猿君にもない。

 こうして克也の恩返しは猿君の洗濯と決まった。


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