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榊原研究室  作者: 青砥緑
第一章 春
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運動会をしよう-6

 三々五々と更衣室に引き上げる面々の中で克也は赤桐に歩み寄った。

「赤桐さん。運動会楽しかったです。あの、ありがとうございました。」

 克也は「運動会は楽しい」と認識した。これなら、運動会について思い出したら突然やりたくなるかもしれないと納得する。やれば分かると最上が言っていたのは正しかった。

 赤桐は「そうか、良かった。」と克也の頭を撫でた。お互いにスニーカーで並んでも赤桐の方が5cm程背が高い。

「でも、赤桐さんは参加しなくて良かったんですか?」

 赤桐がやろうと言い出したのに、赤桐は黒峰と一緒に審判をするだけで一つも競技には参加していないことが疑問だった。

「いいの、いいの。私走れないし。」

 克也はきょとんとした。

「走ることができないんですか?」

 赤桐は笑って「そうそう」と頷く。

「いやあ、若いころにやんちゃばっかりしてね。ちょっと事故って怪我したら膝を悪くしちゃってさ。だから飛んだり跳ねたり走ったりすると痛むからさ、走れないわけ。」

「じゃあ、何で運動会をしようと思ったんですか?」

 克也は良く分からなくなってしまった。不思議そうに自分を見上げる克也の首に腕を回して赤桐は肩を組んだ。

「楽しいからだよ。楽しかったでしょ?私は克也くらいの頃に運動会に誘ってもらってたのに悪いことばっかりしてて出やしなかった。そうしている内に怪我をして走れなくなって、そしたらさ、運動会やっておけば良かったなと思ったんだよね。それは自業自得っての?自分が馬鹿だったから仕方ないんだけど、克也はその楽しい運動会に誘ってももらってなかったなんてさあ、放っておけないじゃない。やってみて欲しかったんだよ。克也にも楽しいと思ってほしかったの。分かる?」

 赤桐は克也に分かるようになるべく丁寧に説明した。

「どうして、僕に楽しいと思わせたいんですか?」

 もう一度聞き返すと、赤桐は立ち止って克也と向かい合った。腰に手をあてて呆れたような顔をしている。


「馬鹿だなあ、そんなの好きだからに決まってるじゃん。」


 二人の少し前を歩いていた犬丸と針生は急な赤桐の告白に立ち止って振りかえった。その前にいたメンバーも全員立ち止っている。

「皆もだよ。皆も克也が好きだから、克也と一緒に楽しい気持ちになりたくてやったんだよ。分かる?」

 克也は赤桐を見つめ返し、真顔で「良く分かりません。でも、僕は楽しかったので、こういう気持ちを好きな人に持ってもらえたら、嬉しいのかもしれません。」と答えた。

 赤桐は苦笑いを浮かべて「正直で良し。」と克也の肩を叩いた。

「じゃあ、皆になんて言おうか?」

 赤桐に問われて克也はしばし考え込んだ。

「ありがとうございます?」

 赤桐を見上げて確認すると「合格」と宣言された。

「ほら、ほら。皆待ってるから。」

 そう言って肩を掴んで振りむかされると、全員が完全に向き直って赤桐と克也のやり取りを聞いていた。


「あの、ありがとうございました。楽しかったです。」


 克也が慌ててそういうと、猿君がおうおうと泣きだした。横にいた大木が驚いて宥めるが一向に泣きやまない。

「そりゃ良かった。」

 最上はうんうんと頷いている。

「最上先生は大人気なく若者に走り勝って嬉しいんでしょ。」

 犬丸が最上に茶々を入れると、最上は底意地の悪い笑顔で「悔しかったら打ち負かしに来い」と言い返した。

「克也、ありがとうもいいけどな、友達と遊んで楽しかったんだったら、楽しかったなって言うだけでいいんだぞ。お前だけが遊んでもらってるんじゃないんだから。な。」

 針生はわざわざ克也の前に戻って来てしゃがみこんで目線を合わせてそう諭した。真剣な表情で克也が頷くと「分かっているなら、いい。」と立ちあがる。

「なんだよ、針生。偉そうだな。」

赤桐が不満げに口を挟むと針生は「友人関係において、互いが対等だというのは大事なことですから。」と言って背を向けて校舎へ戻り始めた。その答えを聞いた赤桐はあまりの正論に咄嗟に言い返すこともできず、その背中をしばし睨んだ。それでも悔しくて「そんな偉そうな態度で対等とか言う?」と叫んだものの、針生は立ち止らず校舎へ去って行ってしまった。


 針生の背中を追うように、再び歩き出した集団の後ろを歩きながら赤桐は克也にもう一度声をかけた。

「克也、当たり前だったことが急に出来なくなっちゃうことってあるんだよ。だから出来るときにやりたいことをやっておかないと後悔するから。やりたいことたくさん考えな。折角、うちの研究室に来たんだからこれから一緒に色々やってみようよ。」

 克也は頷いた。やってみないと分からないということを深く学んだ克也がもう一度赤桐にお礼を言うと、「もういいって」と照れたように頭を抱え込まれて髪をかきまわされた。

 更衣室の入り口で別れるときに、慌てて赤桐を呼びとめた。

「あと、紅葉饅頭。美味しかったです。ごちそうさまでした。」

 赤桐は「へ?」と言った後でにこっとして「どういたしまして」と言うと更衣室へ入って行った。もちろん次回の帰省から必ず紅葉饅頭を買って帰ろうと心に決めていた。


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