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榊原研究室  作者: 青砥緑
第五章 冬
114/121

誕生祝い

 克也の誕生日パーティーは山城夫妻の好意で榊原研究室の全員を招いて山城家で行われた。普段はゆとりたっぷりの山城家のリビングは超満員である。なんとか退院の間にあった吉野と乙女が二人がかりで御馳走を用意するのを遠慮のない学生達が次々と平らげて行く。


「克也もこれで16歳か。」

 リビングに入りきれなくなってしまった和男はキッチンからしみじみと克也の様子を眺める。こんなに友人に囲まれているにぎやかな様子をみたら江藤幸助も喜ぶだろうと思う。

「幸助さんも喜ぶね。」

 何気なく口にすると隣で料理を盛り付けていた乙女がパっと振り返った。

「え?」

 驚いた様子で聞き返されて、和男も驚いて二人は顔を見合わせた。

「ああ、ごめんなさい。聞いてなかった。何?」

 乙女が聞き返してきたので、和男が思っていたことをもう一度説明すると、乙女は今度は笑顔で同意した。

「そうね、お友達ができないって心配してらしたから。」


 山城夫妻が見つめるリビングでは克也へプレゼントが贈られていた。結局、克也が欲しいものを決められなかったので、それぞれ勝手に選んできたものだ。

「誕生日おめでとう、克也。」

 赤桐が持ってきたのはヘルメットだった。16歳になれば原付の免許がとれる。自分で乗り物を運転できると説明された克也は是非挑戦したいと喜んだ。ただし遠くで目を光らせている山城乙女は絶対許してくれなさそうではある。猿君は二人乗りできなくなるのが寂しいから自分も反対しようかと考えた。ヘルメットは後部座席でも使えるだろう。

「お前は本当に懲りないな。」

 ヘルメットを眺めて最上が赤桐を小突くと、赤桐はえへへと笑って「久しぶりに乗ったらやっぱり楽しくてさ。」と嬉しそうだ。最上はもう赤桐は放っておいて安全運転するように、とだけ克也に言いつけた。


 大木と黒峰は何故か共同でプレゼントを用意していた。意外な組み合わせである。しかし蓋を開ければ納得だった。

「変装キットね。」

 おもちゃのようなものではなく、かなり本格的に顔や髪形を作りかえられるセットだった。教本のようなものもついている。

「身の安全のためにはいいかもな。」

「スパイの必須アイテムだよね。」

 みんな見慣れない道具に興味を示して、中身をあれこれ取り出して見ている。ときどき使い方を黒峰にきくと今日の榊原教授の予定と同じくらい簡単に教えてくれた。


「開けるな。」

 いきなり、そう宣言して最上は包みを差し出した。克也はきょとんとして包みを受け取る。

「いいか、部屋に戻ってから開けろ。部屋に戻って扉をしっかり閉めてからだ。猿は部屋の中にいてもいい。いや、猿いた方がいいかもな。お前、あとのことは頼むぞ。」

 真剣な顔で開封時期まで指示する最上に、犬丸と大木と猿君は中身の想像がついた。律儀に夏の合宿時のタスクを遂行しているらしい。

「任せるって言われても。」

 猿君は困ったことになったと克也の手の中の綺麗にラッピングされた包みを見やった。一方、任せるという言葉を猿君とは全然違う意味で解釈した犬丸は慌てて最上を止めにかかった。

「最上先生、最初っから猿君でいいの?説明済みなの?ていうか大きむぐぐ。」

 彼が皆まで言う前に先を察した最上と猿君によって犬丸は強制退場となった。3人が戻ってくるまで克也は最上から受け取った包みをしげしげと眺めていたが、言いつけどおり開けずにおいた。赤桐と黒峰は残された大木に視線を向けて、大変もの言いたげだったが大木は必死に目をそらして頑張った。

 3人は何気ない表情で部屋に戻ってくると、さっさと次のプレゼントに話を進めた。黒峰と赤桐は目を見合わせて交信し、今回は見逃してやることにした。


「克也、おめでとう。」

 猿君が差し出した一抱えありそうな包みを克也はお礼を言って受け取ると「これは開けていいの?」と確認した。猿君が頷くと早速広げてみる。現れた物体に目を止めた外野の面々は沈黙した。

「これって・・・。」

 皆の視線がじっとその白い素材のカバンに注がれる。

「猿君の土嚢の原型?」

 犬丸が聞くと、猿君は頷いた。

 克也は目を輝かせてキャンパス地の頑丈そうなリュックを手に取った。これが、あの春にみたボロボロのズタ袋みたいになるのかとひっくり返して眺めまわしている。

「克也が、嬉しそうだからいいことにするけどさ。これを渡してどうする気なのさ。土嚢にするまで使いこませる気?」

 犬丸は白いカバンを眺める克也をみながら、克也の生活では一生かかっても土嚢にはならないと思う。むしろ、誰の生活でも普通そういうことにはならないのだ。


「はい。」

 にんまりと犬丸が差し出したのはカップラーメンだった。

「はあ?」

 赤桐から盛大に突っ込みが入る。小金持ちの犬丸がプレゼントにカップラーメンとはらしくない。

「もう、これ特注なんですよ。ほら、カップに名前が入ってるでしょ。」

 確かに良く見るとカップに江藤克也の名前と本日の日付が刻印されている。

「お前、無駄な金の使い方しやがって、こっちに回せよ。」

 最上が文句をいうと「あれはあのくらいのレベルでいいです。」と、にべもなく返答した。それから「あれって何ですか?」と言おうとしている克也を強引に遮って「それに、さすがにカップラーメンだけじゃね。」といって小さな紙切れを取り出した。来年のカレンダーに○や×がついている。

「うちの海の家のスケジュール。○の日は使えるから、遊びに行きたくなったら言ってよ。」

 別荘ほぼ1年分だ。さすがにこれには周りから羨望の声があがった。

「克也、一緒に行こう。」

「あ、ずるい、私も。私も一緒に行くからね。」

 克也はニコニコと笑顔で犬丸に礼を言って、また、みんなで一緒にいきたいですねと微笑んだ。

「うん、まあ皆できてもいいよ。」

 犬丸は鷹揚に頷くと、もう一つ包みを取り出した。

「それでこっちが針生さんから」

 結局、針生の退院は間にあわなかった。間にあわないどころかまだ面会を断り続けている。克也だけ例外的に犬丸に連れて行ってもらえる日があるが他は全面的に面会謝絶中だ。

 針生のプレゼントの中身は水木しげるの妖怪大辞典と普通の広辞苑だった。

「針生さんったら、どっちがいいか全然決めらんなくてさあ。しょうがないから両方にしたんだよ。重いったら。」

 犬丸が裏話をしてくれる。

「悩むほどのものか、これ。」

「ていうか、この組み合わせにしちゃうと妖怪大辞典と広辞苑が同じレベルの存在に思えそう。」

「それが狙いか?」

「そもそも本人が若干妖怪じみてるよな。」

 大人たちが針生のプレゼントについてどんどん深読みしていく中、克也は妖怪大辞典をめくって溢れる新しい知識の源に没頭していた。

「一番心を掴んでるのが針生なのが気に入らないな。あいつ、そんな美味しいキャラだったか?」

 最上は克也の心をがっちりとらえている妖怪大辞典を睨みつける。その脇で食事の残りを食べながら犬丸が同じく克也を眺めて返事をする。

「幸福と不幸は同じだけやってくるっていうから、針生さんたぶん来年あたり大フィーバーですよ。」

「まあ、そうだな。」

 克也は本を読みながら時々小さな笑い声を立てている。そうしているとまるで子供だ。


「克也、いい一年になるといいね。」

 妖怪辞典で唐傘について学んでいた克也は赤桐に頭を撫でられて、顔を上げ慌てて本を閉じた。みんな笑顔で自分を見ている。

「あ、ごめんなさい。」

 自分を祝いにきてくれたお客さんを放っておいて良いわけがない。思わず小さくなった克也に赤桐が「いいよ」と笑いかける。

「針生に伝えたら喜ぶよ。」

 克也はちょっと頭を下げた。こういう仕草もいつの間にか覚えた。分野による学習レベルのバラつきはまだ埋まっていないが、成長著しいことは確かだ。

「16歳の目標は何かあるか、克也。」

 最上が声をかけると赤桐が更にハードルを上げた。

「目標じゃつまんないよ、16歳の野望にしなよ、克也。」

 克也はしばらくじっと考えていた。


「好きな人には幸せな気持ちでいてもらえるようにしたいです、毎日。」


 克也が考え抜いた末に一同を見まわしながらそういうと、リビングに静寂が降りた。

 すぐに猿君がぐずぐず泣きだした。聞くともなしに隣のダイニングで話を聞いていた山城夫妻と吉野も目に涙を浮かべている。榊原教授はうんうんと頷いている。感動屋さんばっかりだなあ、と犬丸が周りを見回すと赤桐も黒峰も最上も大木も目が赤い。たぶん、病院で報告したら針生も泣きそうになるだろう。

「克也は芯が強いねえ。」

 誰もしゃべれなくなってしまったので、犬丸が口を開く。辛い目にたくさん遭っても自暴自棄にならず、優しい気持ちも忘れない。甘いと言えば、甘いのかもしれない。しかし、克也が現実から目を逸らしたりはしていないことは皆良く知っている。自分に起きたことを一生懸命に理解しようとしているし、自分にできることをきちんと探し続けている。犬丸の言う通り、芯が強いのだろう。

「その野望を達成するように頑張ってね。」

 そう言われて克也はこっくり頷いた。赤桐はソファーの上で克也に抱きついて「克也はいい男になるよ」といいながら克也の細い肩に顔をうずめて泣いている。克也はちょっと困った様子だが、誰も引き剥がす気にならなかった。


「吉野さん、ケーキ。そろそろケーキ食べましょうよ。」

 犬丸は妙にしんみりしているリビングから立ち上がって、ダイニングで目を潤ませていた吉野をせき立てた。

「ああ、そうね。そうそう。今年はお客様がたくさんいるから大きいの焼いたんですよ。」

 そう言って吉野が冷蔵庫から本当に大きな白いケーキを取り出してくると16本のろうそくに火を灯した。ハッピーバースデーの歌を歌って火を吹き消す。大きなケーキもみんなで分けたら小さくなった。克也にとって人生で一番たくさんの人に祝ってもらう誕生日だ。克也は部屋中を見渡した。犬丸が絶賛しながらケーキを食べている。最上は今日も甘味解禁らしい。実のところ、克也は彼がダイエットをしているところをまだ一度も見たことがない。赤桐は猿君からイチゴを強奪しながら幸せそうにケーキを食べている。猿君も一瞬しょんぼりしたが、ケーキを口に運ぶとすぐに笑顔に戻った。黒峰と大木は先ほどの変装キットについて何か話しながらケーキを食べている。本当に意外な仲良しコンビだ。遠くの席にいる山城夫妻も吉野も榊原教授も目が合うと微笑んでくれた。一人足りないけど、と妖怪大辞典を見下ろすと一旦木綿が笑っていて克也は笑顔を浮かべた。今、自分は幸せにしていていいんだと許されたような気持ちになった。


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