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榊原研究室  作者: 青砥緑
第五章 冬
112/121

遺言-1

 針生を訪問した翌日、克也は教授室のドアを叩いた。

「失礼します。」

 この数日、出張などで日中はずっと留守にしていた榊原教授にお礼を言いに来たのだ。猿君に説明してもらった限り、榊原教授は隠された武道の腕前を披露したりはしていないようだが、警察とのやり取りではずっと間に入って面倒をみてくれていた。改めてお礼を言う。


「そうか。猿渡君から聞いたか。」

 榊原教授は克也に席を勧めた。

「皆はなんと言っていたかね。」

 克也は皆がとても喜んでくれてお礼を言っているのは自分なのにおかしいと思ったというと、同じ部屋で作業をしていた最上が小さくふきだした。

「それから、針生さんと犬丸さんに楽しくしてろと言われました。僕のせいで辛い思いをしている人がいるのに、一人で楽になるのはおかしいと僕は思っていたのだけど、好きな人が楽しそうにしていてくれないと、つまらないから、僕が楽しくしていることが、僕が皆を喜ばせるために出来ることなのかなと思って。」

 克也はまだこの感情の動きを上手に表現できなかったが、榊原教授にも最上にも十分伝わった。

「みんなの好意をそうやって素直に受け取ることは大事なことだよ。いつまでも好意を向けてもらえるように怠らず自分を磨く努力することだね。」

 榊原教授はにこにこと頷いた。


「なんかあいつらにおいしいとこ持ってかれたなあ。」

 最上は自分が針生に無理をしてでも克也に元気な顔を見せてやれと言いつけたくせに想像以上の結果に不満げだ。


「君が自分に何が起きたか受け止められるようになったのなら、そろそろ話をしなければいけないね。ちょうどそんな時期だ。」

 そういうと榊原教授は最上に開け放していた教授室の扉を閉じるように頼んだ。一気に部屋は静かになる。

「江藤君、君は自分の昔呼ばれていた名前を思い出したと言ったね。」

 克也は頷く。

「それと同時におじいさんのところへ行くまでの記憶も戻ったんだね。」

 もう1度克也は頷いた。

「では、私の役目は一つ終りだ。」

 榊原教授はそう言って少しいたずらっぽく克也の表情を窺った。克也はさっぱり意味が分からなくて教授の次の一言を待った。

「今こそ、この話をするに相応しいときだね。江藤幸助はどこまで優れた先見の能力があったんだろう。全くそら恐ろしい。」

「教授。」

 教授室の片隅にいた黒峰が速攻で脱線を正した。教授はちらりと黒峰を見やって咳払いすると話を再開した。


「私は君の祖父である江藤幸助とは大学時代からの友人だった。友人というか彼が私の先輩で、色々良く世話になった。きみも知っているだろうが、幸助は一本気な男で組織の中でうまくやっていくのが本当に下手だった。彼が嫌気がさしたと言って放り出した研究室が、今の榊原研究室の前進になった江藤研究室だよ。私がそれを引き取ったわけだ。彼が大学を去った後も、ときどき会っていてね。君に初めて会ったのも幸助の家だった。それは思い出したかい?」

 そう聞かれて慌てて克也は記憶のページをめくった。取り戻した記憶が膨大すぎて気付いていなかったが、注意深く検索すると、たしかに記憶のページに榊原教授の姿があった。今より少し若い。克也が驚いた表情を浮かべて頷くのをみて榊原教授も頷いた。

「君が忘れていたのは、お父さんと過ごした時間だけだったはずなのにどうして私のことまで忘れていたんだろうね?」

 榊原教授が問いかける。克也は記憶の中で耳を澄ませて幸助の声を聞いた。

「おじいさんが、僕に忘れろと言ったから。」

「そうだ。君の記憶力は驚異的だ。ただ、覚えすぎる。そのために幸助は君に物を忘れさせる方法を探していた。辛いことを忘れることができるように。忘れられないことで心がおかしくなってしまわないようにね。そして彼が辿りついた方法が、これだった。実際に記憶を抹消することはできないが、ロックをかけて思い出させないようにした。この方法はね、君にしか使えない。君の記憶がアルバムやコンピューターのファイルのようだという話を以前にしたね。それだけきちんと整理されているからこそ、このフォルダは開けるなと指示するだけで君は綺麗にものを思い出さないようにコントロールできる。」

 克也はただじっと榊原教授の話を聞いていた。記憶の中で幸助が榊原教授に向かって話していたことと同じ内容だ。克也はこの先をもう知っている。

「僕の記憶を閉じるときに、パスワードを付けるんですね。この言葉を言われて、思い出せと言われるまで僕はその閉じたフォルダを開けない。でも、おじいさんもどうしてそんなことが可能なのかは知らなかった。ただ有効だということだけ知っていた。」

 克也がそういうと、榊原教授は深く頷いた。

「あのとき、君も全て聞いていたんだね。」


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