最大限の努力-2
針生の元を訪れた日の晩に、最上は榊原教授にも直談判をした。
「榊原教授、江藤幸助氏について知っていることを全部話してもらえませんか。必要であれば、友助氏の分も。」
最上がそう言って榊原教授に声をかけたのはもうだいぶ夜も遅い時間だった。細野の逮捕後、細野の精神は既に常軌を逸していることが確認され、まともな証言は期待できなくなった。仕方がないので最上と黒峰で念のための事件の背景調査を引き続き行っている。2度あることが3度あっては困るからだ。黒峰が江藤親子、最上がS&Kリサーチと分担しているが、黒峰の調査が非常に難航していた。
「どういう意味かね。」
榊原教授はただ聞き返した。
「言葉通りです。黒峰がこれだけ手を尽くして情報が取れないというのは異常事態です。黒峰の調査元になっている榊原教授のデータベースに抜けがあるとしか思えません。何か意図的に伏せてませんか。まだ俺たちにも話していないことがあるんじゃないですか。それを話してください。」
榊原教授は少し不快そうに眉を寄せた。
疑問の形で問いかけてはいたが最上には確信があった。榊原教授は江藤親子と面識があったことは間違いないし、幸助から克也の後見を任されていることも知っている。その榊原教授が幸助から友助や克也に関することで聞いていないことがあるというのは考えられない。克也が病院で記憶を取り戻したと言ったとき、教授は明らかにそれを予期していた反応をした。克也の記憶が戻る可能性を知っていた。それは同じ部屋にいた最上には明らかだった。
「克也は毎日うなされているそうです。夜中飛び起きて黙ってまた眠ることを繰り返してる。あれだけ恐ろしい目にあわされればそうでしょう。針生が今でも生きてるのはただの奇跡です。俺はこれ以上学生が目の前で苦しむのを黙って見過ごしにはできない。たとえ榊原教授にどんな考えがあるにせよ、事件の解決につながる情報は全て共有してもらいたい。」
最上は立ち上がって榊原教授の前まで行った。榊原教授は目を伏せて少し考えた。
「最上君。すまないが、今はまだ話すべき時ではない。時が来れば」
最上は皆まで言わせなかった。小さな教授の胸倉を掴んで詰め寄った。
「そうやって待ってる間に次は誰が襲われるんだ。え?どれだけの間、みんな怯えて過ごしゃいんだ。信じさせたいなら、自分が先に信じろと言ったのはあんただろうが。あんたが俺達に隠しごとをして、それで誰が付いて行くと思ってんだ。克也も針生もまだ生きるからって幸運の上に胡坐をかいて、悠長なこといってる余裕が本当にあるのかよ。」
一気に怒鳴りつけると手を離して教授を解放する。防音構造の部屋でなければ向こう三軒両隣に筒抜けの大音量である。最上はそこで一息ついて視線を床に落とした。長い前髪が幾筋も顔にかかり表情が見えなくなる。
「大丈夫だと言う根拠があるなら毎晩うなされてる克也にくらい教えてやってくださいよ。」
そう言って榊原教授を揺さぶる最上の様子は、ほとんど懇願しているようだった。それでも無言を貫く教授に向かい、最上は胸倉を掴んでいた手を離し、息を整えてからだいぶ落ち着いた声で続けた。改めてまっすぐ目を合わせる。
「俺は、榊原教授を信じて隠しごとをしているのを見逃して来ました。でも克也の話を聞いて、針生に会ったら、もう我慢も限界です。これ以上、時とやらが来るのを黙って待てません。教授が律儀に江藤幸助との約束を守っていることが事態を良い方に導いているとは思えません。」
最上が榊原教授を睨みつけると、榊原教授はそのまま真っ向から受けて立った。
「5年も前に決めたことが今でも一番正しいのか、良く考えてください。今、目の前にいる克也をみて、目の前にある事態をみてください。」
ついに榊原教授は目を伏せた。それほど長くない沈黙ののちに一言「分かった」というと、榊原教授は黒峰に聞かれても巧妙に伏せてきた江藤幸助の遺言について説明し始めた。