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榊原研究室  作者: 青砥緑
第五章 冬
110/121

最大限の努力

 猿君の相談を受けた最上は、当日の内にできる限りの努力をした。まずはもちろん、吉野と針生に会いに行った。針生を訪ねると、ベッド脇のカーテンを開けないでくださいとは言ったものの、最上を追い返そうとはしなかった。


「無理に押しかけてすまんな。どうしても急ぎで頼みたいことがある。」

 そういうと針生は「なんですか」といつも通りに返事をしてきた。姿が見えず声だけ聞いていれば声が少し小さい以外は元気なときと変わりなく感じる。

「克也が毎晩うなされて、ときどき飛び起きるって猿が心配してる。原因の心当たりを全部つぶしたい。」

「ああ、俺とかね」

 針生が少し笑う気配があった。

「そういうこった。無理を承知で頼む。克也に元気な顔をみせてやってくれ。」

 まさに無理である。針生も「また無茶なことを」と呆れた声を上げた。

「ちょっとカーテン開けてもらえますか」

 最上が立ち上がってカーテンを開けると、針生がベッドに横たわっていた。怪我人は多くみてきた最上だが、針生の様子はそれとはまた違った意味で凄惨だった。元から細かった体が更に痩せ、肌色は悪く、唇が切れており、髪や髭を剃る余裕がないと犬丸が言っていた通り頭も顎も無精坊主に無精ひげになっている。腕や喉の周りにいくつも小さな傷跡があった。

「ひどいな」

 最上は素直な感想を述べた。針生は唇の切れていない方の口の端だけで笑った。

「ひどいんですよ。だから面会謝絶なんです。これでもだいぶ調子のいい方なんです。」

 そう言いながら重そうに体を起そうとするので、慌てて止めた。

「まあ、こんな感じなんで、ここからの精一杯でよければ構いませんよ。会ったら逆効果だったら何か違う方法考えてくださいよ。」

 最上は、どうしたものかと針生を見下ろした。確かに逆効果の可能性はある。


 そこでノックの音があって吉野が入ってきた。

「あら、珍しいお客様。面会謝絶止めたんですか。」

 吉野は最上に会釈しながら、明るく針生に声をかけた。針生は声を発せず少し口に笑みを浮かべて首を振っただけだった。

「大事な用事なら外しますけど」

 と吉野は今度は最上を振り返った。

「いや、吉野さんにもこの後で会いに行こうと思ってたので、このままいてください。」

 最上はそういうと、吉野は何の話かというように二人を見比べた。

「克也がちょっとストレスで追い込まれてるみたいなんで、二人の少しでも元気そうなところを見せてやりたいなと思って無理を押しにきたんです。」

 最上が簡潔に説明すると、吉野もすぐに快諾してくれた。

「私は病院が外に出してくれないだけで、もう元気ですから問題ありませんよ。」

 そういって、最上と吉野は無言の針生を見下ろした。

「針生さんはでも、ちょっとまだ」

 吉野が無理だろうと言おうとすると、ようやく口を開いた。

「2、30分なら大丈夫です。」

 今度こそ無理やりに起き上がると、「この鬼教師が元気な顔しろっていうから手伝ってもらえますか」と吉野に頼んだ。「少しでもましに見えるように。」

 吉野は針生の目をみて黙って頷いた。

「とりあえず頭と髭をなんとかしましょう。唇も1時間くらいなら誤魔化せます。肌は、ファンデーションでも塗りますか?」

 最後はちょっと楽しそうだったので冗談だったのかもしれないが、針生は真面目に「任せます」と答えた。


「克也のためには早い方がいいから、犬丸に連れてくるように頼みます。明日とかでも大丈夫ですか。」

 最上が吉野にたずねると、針生が「本当に鬼ですね。多少試行錯誤する時間くらい下さいよ。」と文句を言った。とはいえ、あまり延ばしたところで急に良くなるものでもない、3日もくれれば良いと最上に了承の意を伝えた。

 明らかに針生に無理をさせたので早く退出しようとすると起き上がっていた針生が倒れるようにベッドに戻った。そのまま体を丸めてじっと何かに耐えるようにしている。思わず立ち止まっていると、吉野に追い出された。帰りづらく、しばらくドアの前に立っていると病室から吉野が針生を励ます声と低いうめき声がしばらく続いていた。こうやって苦しんでいる様子を聞かれることが針生にとって不本意なのだと思いきって病院を後にできるまで、かなり時間がかかった。


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