与えられるものと与えるもの-4
「じゃ、誕生祝いは盛大にやってもらえよ。欲しいのものは沢山考えておくようにな。」
やっと吉野から解放された克也に念を押すと針生はそろそろ帰れと手を振った。大きく腕を動かした拍子に寝巻の袖がまくれて肘のあたりまで肌が露わになる。それを目にした克也は息をつめた。腕一面に針の跡と痣があった。毎日注射と点滴を繰り返しているためだろう。克也の視線に気がついた針生は袖をさりげなく直しながら「たいしたことないから。」と言う。
「針生さんはまだ治らないのに僕にはもう違うことを考えろなんておかしいです。」
克也がじっと目を見つめて言い返すと針生も目をそらさず淡々と言い返した。
「じゃあ、お前は俺が退院してリハビリもみんな終るまでずっと俺の心配だけしている気か?それが何の役に立つと思う?」
「ちょっと、針生さん」
あまりにきつい言い方に思わず吉野が止めに入ったが、針生は吉野に注意を払わなかった。
「立たないけど。でも僕のせいでみんな大変な思いをしたのに。」
克也が必死に言い返すと、針生は頷いた。
「そうだな。お前が気を揉んでも何の役にも立たないし。みんなはお前の為に大変な思いをしたんだよな。分かってるじゃないか。じゃあ、みんなは何でお前のために走り回ってくれたんだと思う?」
克也はじっと考えていた。それは克也にとっても疑問だったことだ。どうして、皆は自分の為に危険を冒してくれたのだろう。見返りはいらないと誰もが言っていた。では、一体どうしてなのだろう。
しばらく黙っていたら我慢できなくなったのか、横から犬丸が口を挟んだ。
「昔、赤桐さんに教わってたじゃない、克也。」
そう言われて克也は犬丸の方を見る。
「忘れちゃったの?馬鹿だなあ。好きだからに決まってるじゃない。」
最後の部分を赤桐の真似をしながら犬丸が言うのを聞いて、克也は犬丸と針生を交互に見比べた。針生と犬丸は克也がキョロキョロと首を動かす様子を見ると真面目腐っていた表情を崩して笑顔を浮かべた。
「好きな人が楽しそうにしてると嬉しいんだろ?お前はありもしない責任を感じて落ち込むよりも楽しいことを考えてくれてないと皆が頑張った甲斐がない。」
針生がそういうと犬丸も「だから誕生日祝い何が欲しいか考えといて」と言った。克也はどうすればいいのか分からなくなって助けを求めて吉野の方を振り仰いだ。吉野は声も無く泣いていて、克也は益々慌てた
「ほら、お前が辛気臭いこというから吉野さんが泣く。」
針生が真面目な顔でいうので、克也は弾かれた様に立ち上がって吉野を覗き込んで「ごめんなさい」と声をかけた。吉野は真っ赤な目で顔を上げて首を横に振ると、針生を睨んで、その肩を軽く叩いた。
「冗談がきつすぎます」
怒られた針生は素直に「ごめんなさい」と謝ったが、顔は笑っていて大して悪いと思っていないようだった。
「克っちゃん、でも、お二人が言う通り克っちゃんが幸せにしていてくれるのが私達の一番の薬なのよ。心配しないで、針生さんは吉野さんに任せておきなさい。」
自分も怪我人の癖に、吉野は胸を張った。その言葉に克也はこの部屋に入ってから聞く機会を失っていた質問を思い出した。
「あの、吉野さんは何で針生さんのところにいるの?」
吉野はにっこり笑って「克っちゃんも聞いたんでしょう?お二人は命の恩人ですもの。」と答えた。「それにもうこんなに動けるのになかなか退院の許可がもらえなくてちょっと退屈だし。」と付け加える。確かに病棟は違うが吉野も同じ病院に入院中だ。ちょうど良い話し相手だったのかもしれないと克也は納得する。犬丸と3人でいつの間にかとても仲がよさそうだ。
針生は犬丸をつついて改めて二人を追い出しにかかった。面会時間ももうそろそろ終わりだ。
「遅いから送ってくだろ?後頼む。」
「はいはい。」
犬丸はまだ言われたことを消化しきれていない様子の克也に病室を去ろうと促す。その背中に思い出したように針生がもう一言声をかけた。
「あ、そうだ。今日は克也連れて来てくれてありがとな。」
犬丸は嫌そうな顔で振り返って「槍が降るからそういうこと言わないでくださいよ」と言い返した。針生は乾いた声で笑っており、吉野もクスクスと笑っている。なんだか仲のいい兄弟とお母さんか年の離れたお姉さんのようだ。3人が楽しそうなのを見て克也はやはり嬉しくなり、針生の言ったことを素直に受け入れようという気になった。