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榊原研究室  作者: 青砥緑
第五章 冬
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与えられるものと与えるもの-2

 翌日、克也は朝早くに学校に行き、研究室で見かけた人に片っ端からお礼を言って回った。更に猿君に教えてもらったこと以外に何かないかと聞いて回った。


 最初に声をかけられた黒峰はしばらく固まっていたが、すぐに部屋を見渡してから小声で「変装についてはできるだけ秘密に。」と今更なことを注文した。克也が慌てて頷くと、すっと立ち上がってそのまま克也の目の前に立った。

「困った時はお互い様です。貸し借りは無しですよ。」

 というと背伸びしておでこにキスをした。驚いたような克也に「黒峰家に伝わる幸運のおまじないです。もう辛いことがないように。」と言っておでこを撫でた。克也は頷くとお返しにと黒峰の肩に手をかけておでこに軽く唇を付けた。


 猿君はスキンシップが過剰じゃないかとハラハラしながら見守った。当然、昨日一緒の布団で抱き合うようにして寝たことは棚に上げている。



 克也が恐る恐る黒峰から離れるタイミングで研究室に入ってきた大木はその異常な情景にしばし硬直した。黒峰と克也の位置関係も大いに気になるが、それを立ちつくして見守る猿君が体積以上に大きな存在感を発揮していた。

「大木さん」

 克也は黒峰に一礼すると戸口付近で固まっている大木に声をかけた。改めて礼を言うと大木はようやく解凍されて克也に抱きついた。克也の両肩を掴んで顔を覗き込んだ大木は満面の笑顔で「こっちこそ無事に帰って来てくれてありがとう」と言った。克也は帰ってきたことに礼を言われる理由が分からず、混乱していたがお構いなしだ。


 猿君は大木が克也に抱きつくのを見て、克也が折れるとまたハラハラした。もちろん昨夜の自分が克也を下敷きにしたら本当に骨くらい折れていた可能性があることは棚に上げている。



 克也が大木に幸運のおまじないをしないようにと、猿君が克也と大木を引き剥がしていると最上がやってきた。

「かー、さみぃ。今年は雪が降るんじゃねえの。」

 大げさに文句を言いながら入ってくると教授室に飛び込み、すぐに出てきて換気扇の下でタバコに火を付けた。

「最上先生、あの」

 克也がやってくるとタバコを遠ざけてやった最上は克也のお礼の言葉に相好を崩し、その崩れっぷりに大木と黒峰の方がびっくりした。この男が男性相手にこんな顔ができるのか一同驚愕の甘い顔だった。

「大人になったなあ、克也。でも、お前も偉かったんだぞ。諦めないで良く頑張った。偉かったな。」

 ついには、まだほとんど吸っていないタバコを急いで揉み消して克也の頭を撫でまわした。盛大に褒められて耳を赤くして髪を直している克也は凶悪に可愛かった。


 その凶悪に可愛い状態のときに一番の危険人物である赤桐が飛び込んできてしまった。

「寒―い。もうバイク通学無理―。」

 革の上下にメットを抱えていた赤桐は克也を視界に入れるや否やメットを放り出して最上の前からかっさらって抱きしめた。

「ちょっと最上さん、なに克也までたらしこんでんのよ。専門違うでしょ。」

 キッと最上を睨みつけると、克也を最上の視界から遮るようにして「大丈夫?妊娠しなかった?」と満遍なく失礼なことを確認する。

「だからお前は恥じらいが足りないって言うんだよ。」

 最上が次のタバコに火をつけながら文句を言うのを聞こえないふりで赤桐は克也をもう一回抱きしめる。赤桐の肩越しに慌てている克也の様子が最上からは良く見えた。目があったのでちょっと眉を上げて羨ましいぞというサインを送ってみた。届いたかどうかは分からない。

 やっと解放された克也が、息を整えてお礼を言うと赤桐はあっという間に泣きだしてしまった。泣きながらもう一度克也に手を伸ばすと、ついにハラハラし通しだった猿君に遮られた。

「ちょっと猿君邪魔。」

 意外と冷静な声を出して赤桐が猿君を避けようとすると、今度は最上が赤桐のジャケットの首を後ろから掴んだ。

「お前はどさくさに紛れて克也に抱きつきすぎだ。大人だろ。弁えろ。」

 赤桐はむくれたが、克也が綺麗なハンカチを差し出してくれたので機嫌を直した。ありがとうということしかできないと恐縮する克也に、赤桐はやっと年相応の表情を見せて首を横に振った。

「克也。この赤桐さんを見くびってもらっちゃ困るよ。見返りが欲しくて助けたんじゃないんだから。次があっても絶対助けに行くから。だから、いつか私が困ったら、克也が助けにきて。」

 ね、と念を押されて克也は深く頷いた。

 あちこちから「次はない!」と突っ込みが入ったが「心構えの問題だよ」と赤桐がドスを効かせて一喝して黙らせた。


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