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榊原研究室  作者: 青砥緑
第五章 冬
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猿君の憂鬱

 克也の誘拐事件に巻き込まれて負傷した吉野が退院して仕事に復帰するまでに2カ月程度がかかると医師が診断した。一つの事件が解決へ向かっていても常に克也の周りの危険はゼロにはならない。ボディーガード不在となる間は猿君が山城家に同居し送迎も代行することになった。克也が学校へ戻ってからは猿君のバイクに二人乗りで通学してくる。家でも学校でも克也は猿君とべったり一緒だった。克也はまだ猿君と離れると不安そうなので、とにかくずっと一緒にいた。猿君の傍を離れないという点を除けば、克也は以前とそれほど変わらなかった。注意深く見ていない学生には全然変わらないように見えた。


 山城家において猿君は克也の部屋の床に布団を敷いて寝ていた。克也が夜中に良くうなされるのも、飛び起きるのも、それが山城夫妻の寝室までは聞こえないのも一緒に住んでみて初めて分かったことだった。本人は飛び起きた後も先ほどまで見ていた夢について触れることはなく、ただ息を落ちつけるとまた眠りに落ちるだけだった。猿君としてはあんな事件があった後では仕方がないと見守るしかできなかった。

 それも長く続けば黙ってもいられなくなる。猿君は山城夫妻と榊原教授どちらに相談すべきか悩んだ。普通に考えれば山城夫妻に相談すべきなのだが、普通の親子と違う克也と二人の間の距離が猿君を戸惑わせていた。山城和男も乙女も克也を大事に愛しているどころか、溺愛しており不安に思う要素はないはずなのに、動物的勘がなんとなく不安定な関係だというのだ。

 悩んだ猿君は間を取って最上に相談に行った。


「なんで、俺をその二つの間だと思ったんだ。」

 最上は学校の傍の公園を歩きながら一通り猿君の話を聞いたあとで、最初にそこに文句をつけた。既に季節は冬に差し掛かり、通り過ぎていく風はすっかり冷たくなっている。

「いや、なんとなく」

 研究者に「なんとなく」は許されない。最上は説明になってないとその回答を却下した。

「じゃあ、俺なら話していいと思った理由はなんだ。」

 猿君は問われて考えた。

「秘密は守ってくれそうだし。榊原教授が何考えているか知っていそうだし。榊原教授と山城さんの間に緊張を感じるけど最上先生と山城さんの間にはそういうのはないし。研究室の中で一番付き合いが長いし。」

 ポツポツと上げていくと最上はタバコの煙を横を向いてふーっと吹きだした。

「緊張ね。まあ、あの人たち何かありそうだからなあ。」

 最上は冬の日差しでもまぶしいのかサングラスをしていた上で更に眉をしかめた。

「うなされるっていうのはさ、たいていストレスが原因なんだよな。今の克也のストレスの原因に思い当たる節はあるか?」

 ないはずがない。猿君は思いつく原因を全部上げてみた。


「思い出したお父さんの記憶がひどい。」

 筆頭はこれだ。克也が思い出した幼少期の記憶は気の狂った病気の父親と住居を転々としながら生活し、しまいには祖父宅に置き去りにされるという、あり得る中で限りなく最悪に近い記憶だった。学校を休んでいる間、猿君は克也に付添い克也の話を一つずつ聞いて記憶を消化するのに付き合った。克也は一度も泣かなかったが、大人の猿君から見ても一人で向かい合うには過酷過ぎる記憶だった。


「針生さんに会えない」

 次は間違いなくこれだ。針生は入院生活がそろそろ1カ月になるが強引に押しかける犬丸以外との面会を断り続けていた。犬丸がいうには頭を毎日剃れないから高校生の野球部員みたいなところを見せたくないんだという理由だったが、誰も信じてはいない。会わなければ皆が気にすることが分からないような人物ではない。それでも顔を合わせられない状況というのは誰でも気になるものだった。榊原教授と最上と犬丸以外は針生に投与された薬が結局何だったのかも知らされていないが、おそらく厳しいと言われている治療の様子を見せないためだろうと推測された。


「吉野さんも戻って来ていない」

 二人が完治しないことには、克也はまた自分のせいで誰かが傷ついたと自分を責め続ける。完治しても、それでおしまい、と忘れられる訳でもない。


「細野以外の誰かが自分を狙っている可能性もまだある。」

 猿君がパラパラと上げていくのを最上はベンチの背もたれに寄りかかって聞いていた。

「大きいのはそんなもんだろうな。どうしようもないのばっかりだな。元気になってくれって言って治るもんならもうとっくに治してる。最後の奴は誰にも断言できない。可哀相だが克也はそういう意味では一生その不安から解放されないだろうな。」

 困ったもんだと最上は天を仰ぐ。つられて猿君も空を見上げた。秋晴れである。

「ただ、もうひとつ俺が気になるのは、克也は今回の事件の詳細をまだ誰からも教えてもらってないんじゃないかってことだな。」

 最上にそう言われてみれば、猿君は話していない。記憶の整理に殆どの時間を費やし事件の詳細まで気が回らなかった。最上が知らない以上、最上と榊原教授も話していないということになる。

「もし、もう父親の記憶がある程度整理できたんなら、事件の方もそろそろ話していい頃だろう。知らないことで不安が膨らむこともある。」

 猿君は頷いた。克也は半月程度の短時間で辛い記憶をきちんと自分の中に落ち着けたように見える。オーバーフローにはならないだろうし、みんなに守られたという話は彼を勇気づけることができるかもしれない。

「針生と吉野さんの方はなんとかできないか考えておくわ。」

 どうしようもできないと言った割には手を打つ気があるようで、最上はそっちは引き受けるから、細野の事件の説明は任せた、と言ってベンチから離れると学校へ戻り始めた。


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