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榊原研究室  作者: 青砥緑
第五章 冬
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江藤友助の希望

江藤友助は克也のお父さんです。

 彼女は私で、私は彼女だ。私達は離れ離れになっていた半身同士だ。彼女に出会って初めて、自分が不完全であることの意味を知った。


 窓から緑色の光が差し込む演壇で彼女が喋っているのを聞いたときに直感した。この女だ。私が必要としているのは彼女に他ならない。彼女もまた、私を一目見て同じ感想を抱いたと言った。私達は現在と未来とを共有し、描く夢もまた共有した。私達は一部の隙もなく重なり合い、ついに完全な形になることができた。彼女に出会ってから、朝の目覚めは不完全だった世界が完成されていく幸福感に満ちていた。私達は、これまで離れて過ごしてきた時間を取り戻すかのように二人の夢の実現に没頭した。


 そして当然の帰結として、私達の希望が生まれた。

 彼女が目を輝かせて、成功したと言ったときの突きあげるほどの喜びを今でも覚えている。あの日、あの白い壁の部屋で、私達の希望が生まれたのだ。

 それから十カ月。試行錯誤は相変わらず続いたが、その全てが求めて得た苦労であり私達の財産でもあった。彼女は慎重に希望を守り育て、私はその成長を促し、かつ記録した。そしてついに、それは人間の形になって私達の手の届くところまでやってきた。彼女が、生まれたばかりの赤ん坊を胸に抱き微笑んでいた姿は褪せることなく記憶にある。達成感に満ちた青白い顔。


 それから1週間も経たずに、彼女は逝った。日に日に弱っていく腕で最後まで希望を抱きしめ、撫で、離そうとしなかった。やがてその瞳から光が失われたときに一筋だけ涙を流して、彼女は二度と帰らぬ人となった。

 私は、私達の希望を胸に抱きながら彼女が焼却炉へしまわれていくのを見送った。彼女は役目を終えた。二人の夢を叶えるために必要な全てを全うしてくれた。去って行く姿を見ながら、その時の私には喪失感もなかった。不完全な私の手の中には完全な希望が眠っている。恐ろしいことなど何もなかった。

 彼女が、私と私達の希望の元に戻ってきたのは数時間後のことだった。白い陶器の壺に納められた白い骨達。研究所の誰かの手配で整えられた祭壇に壺が安置され、彼女が微笑む写真が飾られた。

 研究所の人間が皆帰ってから私は壺を開け、一つ一つ床へ並べて行った。私の半身。夢の道連れ。軽くて冷たい骨の中には小さな穴の空いたものや、剥離の跡があるものもあった。徐々に人体の形に近づく骨を見ると、そこにないものばかりが思い出された。黒い豊かな髪の一筋、青白いまでに白い肌、肉づきの悪い薄い胸や腹、短く切りそろえられた爪、いつも輝いていた黒い瞳。もう帰って来ない、私の半身。こんなに小さくなってしまう前に抱き締めればよかった。もう一度隅々までみつめれば良かった。じっと彼女の欠片達を見つめるうちに朝日が射して、窓からあの日のように緑色の光が差し込んできた。木々の葉が揺れるたびにゆらめく光のせいで、彼女の体が揺れて見えた。遠くで希望が泣く声がしている。


「緑」


 名を呼ぶと、堰を切ったように彼女との記憶が流れ出した。一日一日、彼女と過ごした時間を遡って、やっと私は自分が何を失ったのか理解した。目が覚めるたび幸福感に包まれていたあの日々は二度とない。私は、希望の光を一人で守り育てていかなければならない。共に戦ってくれる人はもういない。


 彼女の欠片を一つ残らず壺に戻すと、泣いている希望を抱きあげた。



 夜が明けきる前に、私は私の半身の欠片達と希望を乗せて車を出した。


最終章スタートです。後少し、よろしくお願いします。

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