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榊原研究室  作者: 青砥緑
第四章 秋(後篇)
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あの日の記憶-3

 しばらくして、誘拐から細野の襲撃まで散々警察に事情聴取を受けた山城夫妻が帰ってきたので榊原教授達は病室を辞した。もう細野が捕まっているとはいえ念の為のボディーガードに猿君だけは病室の隅に残ることにし、山城夫妻もそれには同意した。


 榊原教授と最上は並んで病室を移動しながら低い声で話し合っていた。

「これで万事解決と行くと思いますか。」

 おそらく細野の病的な江藤友助、克也への執着が引き起こした誘拐と病院での襲撃というメインの筋書きにそって、その周りの疑問が解決されていくことになるだろう。克也を強引に救出した部分については、克也本人には記憶がないがどこかから電話をかけて助けを求めてきたので研究所前まで迎えに行き、自力で転がり出てきた克也を確保したと言う強引な説明を行っている。先ほど克也にも口裏を合わせるよう頼んできた。S&Kリサーチ側が研究所の現場検証を依頼しない限りこの証言を覆すものはない。彼らが自分たちの職員が行った問題をどこまで日の元に晒したいかは知らないが、最上が研究所から持ち帰った割れた注射器の中身の鑑定結果が出れば、良い口止め材料となると期待していた。

 克也の幼少期の記憶が戻ってなお、江藤友助がS&Kリサーチで悪事を働いていたという情報はない。元凶は細野の妄想ということになる。


「どうだろうね。」

 榊原教授は答えを濁した。

「友助君は江藤君に新たに名前を与えるだけで空想の追跡者から隠しきれると思ったのか分からないね。」

 確かにそれは最上にとっても不思議なところだった。しかし克也の言う限り友助は晩年にむかって正気を失っていっている。明確な説明のつかないことをしている可能性もある。

「すっきりしないですが、細野個人の執着と言うことで決着すればとりあえずこういう攻撃はもう起きないでしょうね。」

「そうだね。そちらはS&Kリサーチに請け負ってもらわねばならんね。うちの学生を3人も傷つけてくれて涼しい顔などさせておくものかね。」

 榊原教授はいつも通りの調子だが、言っていることは辛らつだ。どういう方法かは知らないが、社会的制裁が加わるように圧力をかける気なのだろう。潰れるところまでやるかどうかは榊原教授のみぞ知る、だ。

「もうそっちは任せますよ。俺は働きすぎました。」

 最上がそういうと、榊原教授はフォフォと小さく笑って頷いた。

「再来年あたり教授になってみないかね。」

「それじゃボーナスじゃなくて罰則じゃないですか。勘弁してくださいよ。」


 二人はぼそぼそと話し合いながらICUの前にたどり着いた。針生が管に繋がれて横たわっている姿が見える。夜中に緊急の電話を受けた針生の両親はまだ到着していないのか、犬丸だけが廊下のベンチに腰掛けていた。

「どうだ?」

 最上が問いかけると、犬丸は首を横に振った。

 最上と榊原教授は、黙ってICUを振り返った。もともと浅黒い針生の顔色の良しあしをガラス越しに把握するのは難しい。

「さっき、担当医から説明がありました。てんでダメです。針生さんときたら血液循環が良すぎて投薬された薬剤の周りが早くて。」

 犬丸が二人の背中に向かって話しかける。

「トライアスロンで鍛えた強心臓じゃなければショックで即死だったそうです。」

 即死という単語に榊原教授が茫然と犬丸を振り返る。針生は彼が長年かけて育ててきた多くの学生の中で、何一つコネもなく、裏金も大木のような言いにくい特技もなく、純粋に学究の能力だけで研究室に入ってきた数少ない学生の一人だった。研究対象から言っても退官後の跡を継いでもらえるのではないかと密かに期待していたのだ。糸が切れたように犬丸の隣に座りこんだ。

「でも代謝が良いからどんどん悪い物質を排出して結局命は取りとめたって。もう日ごろ鍛えてる結果が良かったのか悪かったのか全然分かんない。こんな究極のマゾ、心配する側にとっては最悪ですよ。」

 犬丸が顔を覆うと、振り返った最上はとりあえず一発犬丸を拳で殴ったあとで

「確かに最悪だな」

 と同意した。それから動かなくなってしまった榊原教授をしばらくゆさゆさ揺さぶっていたが、諦めて黒峰に電話し電話口で怒鳴りつけてもらってようやく榊原教授の魂を現世に取り戻した。


とうとう100話。冬の章が終る頃には何話になるやら。

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