↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

王都の屑拾いの少女は、男爵令嬢の死体を探す

作者: Vou
掲載日:2026/09/30

 その日の王都は、ある事件の話で持ちきりだった。


 王太子レオンハルト・ローゼンハイムが、マティルデ・アルテンブルク侯爵令嬢との婚約を破棄した。……と、それだけであれば、これほどまでの話題にはなっていなかっただろう。

 問題は、その婚約破棄の理由だった。


 ——マティルデ侯爵令嬢が、レオンハルト殿下の恋人のリリアーヌ・ヴァルテック男爵令嬢を殺害した。


 貴族同士のいざこざが、殺人事件にまで発展したというのだ。

 話では、マティルデが、恋敵のリリアーヌに嫉妬して殺したということだ。しかも、リリアーヌの死体はいまだ見つかっていないという。

 だけど、私には疑問があった。普通は恋人が婚約者になるものだと思っていたのだけれど、婚約者がいるのに恋人がいた王太子はなぜ咎められていないのだろう? 殺人事件のきっかけを作ったのは王太子なのでは? それとも王太子は特別で、何をしてもいいの?


 まあ、でも正直そんなことはどうでもいい。王侯貴族の色恋沙汰など、私には何の関係もないのだから。


 それよりも私は、見つからない死体の話に興奮していた。

 貴族が貴族に殺されたのであれば、追い剥ぎとは違い、金目のものも取らずに、死体は打ち捨てられているはずだ。高価なドレスや宝飾品を身につけ、場合によっては金貨なども持っているのではないか。

 つまり、人の捨てた屑(くず)を拾って食べたりお金に換えて暮らす、王都の底辺の人間にとって、その死体は宝物そのものなのだ。

 そして、まさに私はその底辺の人間だ。


 私は王侯貴族が嫌いだ。

 王都で住む場所もなく、屑を拾って生きていかなければならなくなったのは、あいつらのせいなのだから。


 私にはニーナ・フェルバーという立派な名前がある。それは、孤児の私に教会の神父様がつけてくださった名前だ。

 教会の救護院で、私は屋根の下で眠り、教育を受け、お腹いっぱいにはならなかったけれど、食べるものが与えられていた。

 だけど、財政難にあった王家と貴族たちが、親もおらず働きもしない孤児に金を費やすなど許さないと、教会が受け取っていた寄付を没収したのだ。

 それであっけなく教会は潰され、孤児たちは追い出され、私は王都の屑拾いとなった。

 教会に来て、寄付金を奪っていったあいつらのことは絶対に忘れない。きれいな格好はしていたけれど、偉そうにしていて、心はとても汚い人間だと思った。

 私は毎日、あいつらに神罰が落ちるよう、神に祈っている。


 ともかく、私は奪われた人間なのだ。

 奪われたものは必ず取り返す。相手が王族や貴族ならなおさらだ。

 きっと男爵令嬢とやらの死体を見つけて、金品をいただいてやる。


   ※


 私は家なしの屑拾いの身分でありながら、王宮通いをしていた。

 正確には王宮を取り囲む城壁の裏の「屑捨て場」に通っている。この王都で、どこよりも多くの残飯が出るからだ。屑捨て場とはいえ、王宮の周辺では警備兵が見張りをしているので、その目をかいくぐる必要はあるのだけれど。


 だけど、この日は王宮の屑捨て場に行く前に足を止めることになった。


 王宮前広場に、人だかりができていたのだ。

 

 気になって前に行って見たかったが、それはできなかった。


 私のような屑拾いは、王都では底辺も底辺だ。普通の平民の中に入っていこうとすると、「汚い」「臭い」「触るな」「近づくな」「王都の屑め」と言われ白い目で見られる上に、最悪の場合、暴力を振るわれ、命を落とす者すらいる。それでも、王都の警備兵ですら守ってくれることはまずない。場合によっては「屑掃除」したと言われて、感謝すらされるだろう。


「知ってのとおり、侯爵令嬢マティルデ・アルテンブルクは、男爵令嬢リリアーヌ・ヴァルテックを殺害した。貴族殺しは決して許されるものではない」


 広場の中央からよく通る声が響いた。きっと王太子レオンハルトだろう。

 この王都では、「屑拾い」殺しは許されても「貴族」殺しは決して許されないようだ。


「王太子として、マティルデを処刑することをここに宣言する!」


 力強い声だった。

 その声に呼応するように、広場が歓声で沸いた。


 マティルデ侯爵令嬢は処刑……。貴族でも、屑拾いのように簡単に殺されることもあるのね。屑拾いとは違って、皆に注目されるという違いはあるけれど。

 いずれにしても、同情するほどのことではない。

 

 私は、広場を回って、王宮の裏の屑捨て場に向かって急いだ。

 王太子や大勢の人々が王宮前広場に集まっているということは、王宮の警備兵もここに集まっているはずだ。

 つまり、屑捨て場のあたりの警備兵は手薄な可能性が高いだろう。


 思ったとおり、王宮の裏側に警備兵は見当たらなかった。

 屑捨て場には今日も屑が大量に積まれていて、余った食べ物も大量だった。

 こんなに食べ物を残すだけの余裕があるなら、教会への寄付金まで奪うことはないじゃないか、と憤りを覚えた。同時に、遠慮なく好きなだけいただいていこうと思った。私にはその権利があるのだ。

 山積みにされた屑を漁り、手にしたずた袋にパンや調理された肉などを手当たり次第入れながら、うっかり金目のものも捨てられていないか目を光らせていると、あるものが目に入った。


 ——ドレス……?


 王都の町で、貴族令嬢が着るドレスのような上等な生地が見えたのだ。これは高く売れるんじゃないか?

 他の屑を触った汚れた手を、私の汚い服で拭って、ドレスを手に取ったが、私はすぐにがっかりすることになった。

 ドレスと思われたものは、切り裂かれた後の布切れでしかなかった。

 それはそうだ。きっと傷んでしまって、こんな上等なドレスでも捨てられたのだ。でも、なぜ捨てるだけのドレスを、わざわざこんなに切らないといけないのだろう。それに、何か妙な切り方がされているような……。


「またおまえか!」


 突然声をかけられた。

 せっかく大漁だったのに警備兵に見つかったか……。


 慌てて逃げようとしたが、後ろから服の襟を掴まれた。とても強い力で、抵抗のしようもなかった。

 これまでか……。

 と思って振り返った。


 その警備兵は笑顔を浮かべて私の顔を見ていた。


「ユリウスさん……」


 王都警備隊副隊長のユリウス・エーレンベルクさんだ。若いけれど、実力を認められて副隊長にまでなった人だ。あと、見た目もちょっとかっこいい。


「広場から王宮の裏にこそこそ向かっていく怪しいやつがいると思ったら、おまえだったか、ニーナ」


 笑いながらユリウスさんが言った。きっとユリウスさんも緊張がほどけたに違いない。


「何か良いものでも見つかったか?」


 ユリウスさんが気さくに尋ねてきた。


「良いものだと思ったんだけど……でもズタズタにされていて……」


 私はドレスだったらしき切れ端を見せた。


「ただの布切れだな」


 ユリウスさんも興味なさそうに言った。


「でも何か気になったの。何でこんなズタズタにする必要があったのかなって。切り方も何か変だし……。宝石みたいな形に切り取って……。あ、ドレスに縫われていた宝石だけ取ったのね。くそっ」


「女の子が『くそっ』なんて言うんじゃない」


 ユリウスさんに「女の子」なんて言われて少し照れ臭くなる。私は自分が女の子だなんてほとんど忘れていたから。


「宝石にしては少し大きいな。それは……おそらくカモンを切り取ったのだろう」


「カモン?」


「ああ。貴族が、それぞれの家を示すために持っている印みたいなものだ。どこの家のドレスかわからないようにしたかったのだろう」


「なんで? 貴族がドレスを捨てたってわかるのは恥ずかしいことなの?」


「よくわからんが、そんな上等そうなものを簡単に捨てるなんて、俺は恥ずかしいことだと思うぞ」


「そんなことを思うなら、食べ物を捨てることだって、よっぽど恥ずかしいと思うわ」


 私がそう言うと、ユリウスさんが苦笑いする。


「貴族なんかより、おまえのほうがよほどまともなことを言うな。賢い子だ」


「私もそう思う」


 ユリウスさんは、今度は楽しそうに笑った。


「さあ、他の者が来る前に帰るんだ。食べ物はじゅうぶん持ったのか?」


 立場上、他の警備兵には言えないだろうけれど、ユリウスさんはどうせ捨てるものだからと、食べ物を持っていかせてくれる。私のことを「王都の屑」だなんてことは言わない、とても良い人だ。

 

 今日はついていた。


   ※


 王宮を離れ、私は王都の貧民街に戻った。

 貧民街にはたくさんの孤児たちがおり、私は王宮で得た獲物を幼い子どもたちに配って回った。

 私ひとりが生き延びるだけならそこまで大変ではない。王都には溢れるほどの屑があるのだから。必要なものがあれば、屑捨て場を回ればたいてい見つかる。屑捨て場は私たちにとっては宝の山で、この世に無駄な屑などない、というのが私の信念だ。

 だけど、この多くの子どもたちを養っていくには、とにかくもっとお宝がいる。年長者の私が守っていかなければ、この子たちは屑のように朽ちて打ち捨てられていくだけなのだ。


「なあ、おまえたち。最近、どこかで貴族の女の人たちが争っているのを見なかったか? ひとりは死んでいるんだけど」


 私はパンや肉を夢中で食べる子どもたちに尋ねる。


 ……誰も答えない。


 仕方なく、私も食事を取ることにした。


「きぞくか知らないけど、きれいな女の人をみたよ」


 突然、ひとりの男の子——ルカが言った。見ると、もう配った食べ物を食べ終えていた。


「きれいな女の人? きれいなお洋服を着ていたの?」


 私はルカに尋ねた。

 

「お洋服はきれいだったよ」


「どんなお洋服。きれいな色をして、ひらひらしていた?」


 ルカは首を振る。


「そういうきれいじゃない。ニーナおねえちゃんの服はきれいだけど、その人の服はせいけつな感じだった」


 服が洗濯されているだけじゃないの……。平民だって中にはきれいな女の人はいる。あまり役に立ちそうな情報ではないな。


「その人は、ニーナおねえちゃんよりきれいだったの?」


 一応、聞いておこう。


「うーん……。ニーナおねえちゃんのほうが好き。あいつはイヤなやつだ」


 見た目の話をしているんだけれど……。うまくごまかしたな。


「イヤなやつだったの? 誰かとけんかしていた?」


「けんかじゃないけど、ぼくに、『きたないから、ちかよるな』って言った。ちかよっていなかったのに、とおくから」


「あたしもその人を見たよ! 『しっ、しっ』ってやられた」


 別の女の子もそう言った。

 すると、別の子も次々に証言した。

 このあたりの平民であれば、私たちの存在にも慣れているので、そこまで過剰に反応することは珍しい。よほどイヤなやつだったのだろう。私が知りたかったことではなさそうだけれど、腹は立った。


「じゃあ、今度そいつを見たら、ニーナおねえちゃんに教えて。こらしめてやるから」

 

 私自身も腹ごしらえを終え、屑漁りを始めることにした。

 

 王宮のドレスの残骸を見て確信した。

 やはり金持ちは金目のものでも捨てる。

 あわよくば、宝石でも見つけて、もしかしたらあの子たちの家を買えるかもしれない。


 そんな夢のようなことを想像しながら、気づくと私は王宮の近くにいた。


 残念ながら、私はリリアーヌのヴァルテック男爵邸の場所も、マティルデのアルテンブルク侯爵邸の場所も知らない。知っていたところで、貴族の屋敷の周りをうろついて屑漁りなどしていたら追い払われるか、下手をしたら殺される。その点、王宮の周りには平民でも物乞いでも普通にいるので私も活動しやすい。

 

 リリアーヌは王太子と一緒だったのだから、きっと王宮に来て、そこでマティルデと鉢合わせて、嫉妬に狂ったマティルデがリリアーヌを尾行して殺害したのだ。

 いや、場合によっては、暗殺者を差し向けて殺したかもしれない。侯爵といえば貴族の中でも偉いはずだから、それくらいのことはしかねないはずだ。

 いずれにせよ、始まりはこの王宮だ。

 そうに違いない、というか、そうであってほしい。


 そうでなくとも、王宮の周りの屑捨て場は価値のあるものが多いので、損をすることはない。その分、警備兵の目も多いのだけれど。


 警備兵が手薄なところがないかとうろうろしていると、正面から見て右側の東門のほうには門兵しかいなかった。


 距離を置いて歩いていき、東の城壁の隅のほうにある屑捨て場で、屑の山に身を隠した。

 そして山を崩さないように屑を漁(あさ)る。

 

 するとすぐ私はあるものに気づいた。

 それは、ドレスの生地だった。しかも、今朝ユリウスさんと見たものと同じ色だった。


 ——同じドレスの別の部分……?


 けれどなぜわざわざ別のところに同じドレスの生地を? カモンってやつも切り取られていたみたいだし、よっぽどドレスを捨てたことを隠したかったみたいだ。


 さらに屑漁りを続けたが、ドレスの生地以外に目ぼしいものは見つからず、悔しかったので、また残飯を拾って、引き上げることにした。


 さて、これからどこを探そうかと考えたが、何も思いつかない。

 そもそも貴族が寄り付くようなところほど、私のような者は近づきにくい。


 ——帰ろう。


 そもそも、王都の警備兵たちですら見つけられていない貴族令嬢の死体を、私なんかが見つけられるわけがないじゃないか。

 冷静になると、急にがっかりしてしまった。一攫千金なんて、私のような者が望むべきものじゃない。


 まあ、今夜の食べ物も手に入ったし、悪くないじゃないか。一日二回も食べられるなんて本当についている。

 そう思うことにし、私はまた貧民街へと歩いていった。


 私はまだ未練がましく、道すがら屑捨て場を覗いた。


 王宮から離れるほど、価値のあるものは少なくなっていく。貧民街に近づくほど、よりそうなっていくのだけれど、今日は少し様子が違った。


 貧民街にも近いある屑捨て場で、最初に見つけたのは、靴だった。

 履き潰された靴が屑捨て場に捨てられるのはよくあることだけれど、その靴はそんなものではなかった。

 それは、お金持ちの女の人が履くような、とても上等な靴だったのだ。それも、履き潰したとはとても言えないほど、状態が良いものだった。

 私は飛び上がってしまった。まさかこんなものが見つかるとは思っていなかった。

 ちょっと履いてみたい、と思う気持ちを抑えて、私はその靴をズタ袋に入れた。履いたところで似合うはずもないし、歩きにくそうだった。きっと、お金持ちは歩きやすさなんかより、見栄えを気にするものなのだ。それに、私が汚い足で履いて汚してしまったら、売るときに値段が安くなってしまう。


 このとき、私はある想像をしていた。

 そして、それを確かめるべくさらに屑を漁った。


 ——やっぱり!

 

 次に出てきたのは指輪だった。だけど、宝石はついておらず、変な模様が描かれているだけだった。

 それでも指輪自体は高価そうに見えたので、サッとズタ袋に放り込んだ。


 私がしていた想像——殺人犯のマティルデは、どこかでリリアーヌを殺した後に、その死体の身元がわからないように、身につけていたものを、見つからないようにいろいろなところに捨てて歩いたのだ。

 リリアーヌは殺されたのではなく、失踪したのだと思わせるために……。結果としてその犯行が明るみに出て、処刑されることになったのだけれど。

 それにしても、どうして王太子はマティルデがリリアーヌを殺したとわかったのだろう。死体は発見されていないというのに。せめて、死体がどこに捨てられたのか確認してから処刑したほうがよいのではないだろうか。

 まあ、おかげでこうして私は金目のものを見つけられたからいいのだけれど。


 それから私が夢中で屑漁りをしていると、突然声をかけられた。


「ちょっとあなた、何しているの! 屑捨て場を漁るなんて汚いじゃないの」


 聞き慣れない声だった。それに、私のことを「あなた」と呼んだ。このあたりの人が私に声をかけるときは、「おまえ」か、せいぜい「あんた」だ。


 振り返ると、見慣れない女の人が立って、私を睨んでいた。直感的に、普通の人ではない、と感じた。

 ベールで頭を覆って髪の毛は隠していたけれど、その顔は人形のように整っていて、着ている服も、平民の平服なのに、なんだかとてもきれいだった。それがなぜか私には不快だった。

 その原因もすぐにわかった。この女の人は、とても貴族みたいなのだ。


 私は屑漁りを止めて、すぐに走って逃げた。


「待ちなさい! 泥棒!」


 後ろで女の人が怒鳴っていた。


 人が捨てた屑を拾っただけなのに、なぜ泥棒呼ばわりされなければならないの?

 貴族のやつらは、私たちに、屑すら拾うことを許さないの? 自分たちは平気で人のものを奪うくせに……。


 走りながら私は、私に怒鳴りつけた女の人のことを考えていた。


 もし私が拾った靴や指輪があの女の人のものだったなら……。確かに私のことを泥棒呼ばわりしても不思議じゃない。だけど、それならなぜ盗まれたら嫌なものを捨てたりしたんだろう?

 ふと、捨てられたドレスの生地のことも思い返す。あのドレスの生地もまるで隠すように捨てられていた。ひょっとしたら、あの生地のドレスも、あのきれいな女の人のものなんじゃないか……。


「あっ!」


 私はあることに思い当たった。

 とても嫌な想像だったけれど、思いついてしまうとどうしても確かめないといけないような気がした。

 

 うーん、どうしよう。


   ※


「ユリウス、何だその汚らしい娘は! 王宮に物乞いなど入れるのではない!」


 ……なぜか今、私は王宮にいる。


 王宮の広間のようなところで、王族や貴族に囲まれ、王太子に「汚らしい娘」呼ばわりをされている。

 汚いのは自覚しているけれど、そうなったのはあんたたちのせいだ。あと、私は「物乞い」ではなく「屑拾い」だ。


「殿下、この者は大事な証人です」


 ユリウスさんが王太子に答えた。


「証人だと? 人からものを取るために平気で嘘をつくような者であろう?」


 それはあんただろう、と言ってやりたかったが、ユリウスさんに迷惑がかかりそうなのでやめた。


「いえ、この者の証言には信憑性があります。我々でも確認できていることがあります」


「物乞いなど、ひとりの人間として認めん、と言っておるのだ。何も生産せず、ただ人のものを取って生き延びているだけではないか。ただの盗人だ」


 王太子ってのは人の話を聞かないの? ……教会の救護院が潰されたときも、あいつらは神父様のお話を聞こうともしなかったな。何だか腹が立ってきた。


「……あんただって」


 つい口から出てしまった。

 

「何だ?」


 王太子が見下すように私に視線を向けた。まるで屑でも見るように。

 もう止められそうにない。


「あんただって、偉そうにしているだけで、人から奪っているだけじゃないか。私なんかよりずっと大勢の人から……。大泥棒だ!」


 王太子が目を丸くして私を見て、やがて大笑いした。

 

「口の利き方も知らん底辺の人間がよく吠えるものだ。王家の者がどれだけの重責を負っているかも知らずに」


「重責だなんだ言いながら、女遊びをして、あげくの果てに婚約者を殺そうとしている悪人じゃないか」


 私の言葉に、王太子の顔が怒りに歪んだ。

 とても醜い顔だと思った。


「おい、ニーナ、それくらいにしておけ……」


 ユリウスさんが私を制止しようとし、私は我に返った。


「ごめんなさい……」


 私は王太子にではなく、ユリウスさんに謝った。


「……いや、もう遅い。こいつを斬って屑捨て場に捨てておけ」


 王太子がユリウスさんに命じた。


「申し訳ございませんが、殿下。処断は裁定が終わってからにさせていただけますか? 彼女はこの事件にとって、とても重要な証人なのです。よろしいですね、法務卿?」


 ユリウスさんがそう言って、側にいた別のおじさんを見た。


「はい、私も証拠を見ておりますが、じゅうぶんに審議に値するものです。まずはリリアーヌ殺害事件の裁定を進めさせていただきます」


 おじさんが口を開くと、王太子は忌々しげに黙った。

 王太子を黙らせるなんてすごい。


「ニーナ、おまえの見つけたものを教えてくれるか?」


 ユリウスさんが私に言った。

 

 ——私があのきれいな女の人に屑捨て場で会った後、私は貧民街には帰らず、王宮に戻っていた。ユリウスさんに、私が見つけたものを伝えるためだ。私には他に信用できる大人はいなかった。

 靴や指輪は没収されるかもしれなかったけれど、それでも私は、それらをお金に換えて、なかったことにすることがどうしてもできなかった。

 それで、城門の門兵を見回っていたユリウスさんを無理やり捕まえて話をしたところ、数日後には王宮に連れられて今に至っている。


「私は、『物乞い』じゃなくて、『屑拾い』」


「どちらも変わらんではないか」


「そう。どちらも家がなく、毎日生き延びるのに必死よ。『物乞い』は施しを求めるけれど、私は屑捨て場の屑などから、食べ物や売れるものを探して生きているの」


 私は王太子を睨みながら話を続けた。


「まず王宮裏の屑捨て場で、きれいなドレスの生地を見つけたのが始まり。そのドレスの生地は、何かを切り取ったような跡があったの。ドレスの生地は、東の城壁の屑捨て場にもあったから、他の屑捨て場にもあると思う」


「ああ、王宮の各所の屑捨て場から見つかった」


 ユリウスさんが補足してくれた。


「それから貧民街に帰る途中で、きれいな靴と、指輪を見つけたわ。私が過ごしているようなところで、そんなものが捨てられていることはまずないんだけれど」


「何の話をしているのだ?」


 王太子は苛立たしげにしていた。


「その屑捨て場を漁っていたら、きれいな女の人に、『泥棒』って言われたわ。たった今、あんたに『盗っ人』って言われたみたいに。私は何も盗んでなんかいないのに。でも、私は思ったの。……もしかしたら、靴も指輪もその女の人のもので、あの人はそれを見つけて欲しくなかったんじゃないかって。それを私が拾ったから『泥棒』呼ばわりされたのよ」


「だから、何の話をしているのだ。リリアーヌ殺害の件について話しているのではなかったのか?」


 王太子はどんどん苛々しているようだった。


「その女の人は絶対に平民じゃない。平民の格好をしていたけれど、とても嫌な感じがしたから、貴族の女の人なの。それで、自分が貴族であることを隠さないといけなかったのよ。私は貴族のことをそんなに知らないけれど、その人がとても悪いことをしていて、それを隠すために、平民のふりをしないといけないんだって……」


「事情があって身を隠そうとする貴族だっている。そもそも、貧民街の近くにいるような女が貴族だとはとても思えんが」


 私だってそんなことは思ったことはなかった。だからこそ、おかしいんだ。


「私は思ったの。その人は、リリアーヌ本人なんじゃないかって。貴族のことなんて知らないけれど、一緒になりたい人に別の婚約者がいたら、そいつを殺そうと考えるやつも中にはいるんじゃないかって。だから、リリアーヌは殺されたふりをして、本当は、マティルデを殺そうとしたんじゃないかって。それならリリアーヌの死体が見つからないのも当然じゃない。だってリリアーヌは生きているんだもの。拾った指輪に施されていた模様をユリウスさんに見せたら、リリアーヌの家のカモンだって聞いて、『やっぱり!』って確信したわ。着ていたドレスの生地も見つからないようにばらばらに捨てて、靴も指輪も後から捨てなきゃと思って捨てて、貴族だってばれないようにしながら、失踪したように見せないといけなかったの」


 私の話を聞いた王太子が、突然大笑いを始めた。


「はははは。それ見たことか。虚偽どころか、とんでもない空想の話を始めたぞ。これだから、物乞いは……」


 そのとき、広間の扉が開く音がした。


 振り返ると、兵士に連れられ、ひとりの女の人が入ってきた。


「それが、空想などではなかったのです」


 ユリウスさんが言った。


「その少女、ニーナ・フェルナーの証言に従って調査したところ、この女性が見つかりました」


 女の人がこちらに進んでくる。

 広間がざわつく。


「リリアーヌ・ヴァルテック男爵令嬢です」


 広間が騒然とした。

 それは、私を「泥棒」呼ばわりしたあの女の人だった。


「本当にリリアーヌなのか?」


 王太子が尋ねるが、恋人だったら本人かどうかくらいわかるんじゃないの?


「ご本人はもう認めていますし、殿下ならおわかりなのでは?」


 ユリウスさんが答えた。少し呆れているようにも見えた。


「殿下、申し訳ございません。失敗してしまいました」


 そう言って、リリアーヌは王太子に向かって笑った。悪びれた様子もなかった。


「……何を失敗したと言うのだ?」


 王太子がリリアーヌに向かって答えた。


「えっ? ですから、私が生きているとわかってしまったのです。マティルデ様の処刑も……」


「何を言っているのだ、リリアーヌ? おまえ、まさかマティルデを処刑しようとこんなことをしたのか?」


 王太子とリリアーヌの会話が噛み合っていないような……。私も王太子はすべて知っていたと思っていたのだけれど……。

 王太子の驚いた顔も、何だか演技をしているみたいに嘘くさい。


「殿下こそ何を仰っているのですか? あ! その泥棒娘のせいです! そいつを処刑してください。マティルデ様はだめでも、その小汚い平民なら処刑してもよいでしょう?」


 リリアーヌが私のことに気づいて叫んだ。


「リリアーヌ様、失礼ですが、あなたは自分が何をしたかわかっていないのですか?」


 横から、法務卿のおじさんが口を挟んだ。


「え? 変装して隠れていただけですけれど?」


「そのおかげで、マティルデ様が殺人の疑いで処刑されるところだったのですぞ。あなたが死を偽装し、その結果マティルデ様が処刑に追い込まれたとしたら、ただの変装では済みませんぞ」


「私は知らないわ。死んだことにして隠れていろと言ったのも、マティルデ様を犯人に仕立て上げて処刑を決めたのも、殿下ですもの。でも、王太子殿下は、国王陛下の次に偉いのですから、裁かれないのでしょう? あーあ、少ししてから、私は隣国からきた貴族令嬢として殿下の婚約者になるはずだったのに……」


「何をいい加減なことを申すか! こいつをつまみ出して、牢に入れておけ!」


 王太子が大声を出した。

 やっぱり王太子が黒幕なんじゃないか。


「言われなくともそういたします」


 ユリウスさんが兵士に指示すると、兵士がリリアーヌの手を引いた。


「牢なんて嫌! 殿下、やめさせて」


 喚くリリアーヌを、王太子は憎々しげに見ていた。


「マティルデ様の処刑は中止です。リリアーヌ様が生きていることがはっきりした以上、殺人事件などなかったのですから」


 リリアーヌが退場し、おじさんが言った。

 

「好きにするがよい」


 王太子が不機嫌そうに言った。


「それから……マティルデ様の処刑を断行しようとした者たちの調査が必要です。そもそも、なぜ存在しない殺人事件でマティルデ様が処刑されようとしていたのか、その経緯を詳細に調べ直さなければなりません」


「うむ。そうだな」


「それから……この物乞いも牢に入れておけ」


「……なぜです? 虚偽の証言もしておりませんが?」


 おじさんが不思議そうな顔をした。


「王太子に向かって不敬な態度を取っただろうが」

 

「この王国の法に、平民が侮蔑的な言葉を吐いただけで罪に問われるようなものはございません、殿下」


 おじさんが言った。


「人を殺そうとした者であれば、王家の者であろうと裁く法ならございますが」


 王太子の顔から血の気が引いて、手が震えていた。

 王太子が黒幕だなんて、屑拾いの私にだってわかる。

 

 これは、神罰だ。


   ※


「あなたが、ニーナさんですか。助けてくださってありがとうございます」


 王宮の広間の次は、侯爵邸のお庭だ。

 私はまた場違いなところにいた。


 私にお礼を言ったマティルデさんは、何か他の貴族と違う、と思った。

 この人は良い人だ。なぜなら、私を人として扱ってくれるから。


 きっと良い人は王太子やリリアーヌみたいな他の王族や貴族たちにいじめられて、追いやられたり殺されたりしてしまうのだ。だから王宮には悪人ばかり残るんだ、と思った。


「私は……当然のことをしただけです……」


 本当は、靴や指輪を売らなかったことをちょっとだけ後悔しているけれど。

 あれをお金にしたら、貧民街の子どもたちに、おいしい食べ物を買ってやれたかもしれない。

 でも、どうしてもできなかった。もし良い人を助けられたのなら、なおさら間違ったことをしたとは思えなかった。


「あなたのことを聞いたわ。救護院にいらっしゃったのでしょう?」


「はい」


「以前、救護院から取り上げられたお金について、法務卿に調べてもらうようにお願いしたの。不当に取られたお金が返還されたら、私は新しい救護院を作ろうと思うの。ニーナさんはもちろん救護院に来てほしいし、お友だちも皆、連れてきてね」


 私は驚きすぎて、声を失った。

 

「……ありがとうございます」


 私は深く頭を下げた。


「当然のことをするだけよ。あなたが私にしてくれたようにね」


 そう言って、マティルデさんが微笑んだ。

 

 やっぱり良い人を助けてよかった。

 お金にもならないと思ったことをしたら、それ以上の結果になったんだ。



 私は侯爵邸を出て、今度は王宮に向かった。

 王族でも貴族でもないけれど、王宮はもう私の庭みたいなものだ。

 

 王宮の城門を見回っていたユリウスさんが私に気づく。


「どこのお姫様ですか?」


 ユリウスさんが真顔で言った。


 私は侯爵邸で湯浴みをさせていただいてきれいになった上に、すてきなドレスまでもらったのだ。


「ニーナ……まさかおまえがこんな美人だったとはな」


 美人だなんて生まれて初めて言われて、顔が熱くなった。


「ユリウスさんは良い人だから、気をつけないと王宮から追い出されるよ」


「何の話だ? 王宮から悪いやつを追い出すのが俺の仕事だぞ」


 悪いやつ——王太子はやっぱり黒幕だったことがわかって廃嫡された。王太子の私室の暖炉から、リリアーヌのドレスから切り取られたカモンの燃え残った残骸が出てきたそうだ。リリアーヌももう貴族じゃなくなり、財産も没収されたそうだ。二人とも、私がしてきたみたいに、屑拾いをすればいい。

 マティルデさんの救護院には入れてもらえないだろうし。


「ふふ、そうね。ユリウスさんなら王宮を良いところにできるかもしれないね」

 

「ああ、必ずそうするさ」


「そうなったら、この美人が婚約してあげようか?」


 私の提案に、ユリウスさんの表情が固まった。


「……それは王宮をまともにするより大仕事になりそうだな」


 そう言うと、ユリウスさんは笑った。


「おまえがもう少し大人になったら考えさせてもらうよ」


 私はもう大人なのに、と思った。


「お姫様になったんなら、もう屑捨て場を見る必要はないか」


 ユリウスさんが、改めて私の姿を見て言った。


「いいえ……見ますわ」


 貴族風に私は答えた。


「だって、この世に無駄な屑なんてないんだもの」

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白かった」と思っていただけたら、

①ブクマ登録 ②★評価 ③一言感想

のいずれか一つでもいただけると、めちゃくちゃ励みになります。


改めて、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とても楽しく読ませていただきました。 特にニーナさんが啖呵を切る場面は、とても爽快でした! 一方で、読んでいて少し気になった点もありました。 死体が発見されたわけでもなく、殺害現場を目撃されたわけで…
クズ拾いの少女に名前をきちんと呼んで、ありがとうございますって感謝の言葉を言えるマティルデ嬢はすごい人だな。 死体もないのに、死刑だと決めつける王太子のなんと浅はかなこと。だいたいお前が刑を決められる…
死体がないのに王子の主張だけで推定犯人を処刑しようとするから王族の権力が法律に優先するヤバい国なのかと思ったらマトモな人も結構いた。 これ、リリアーヌが見つからなくても処刑にはならなかったし処刑出来…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。