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聖女を解剖したら、だいたい国が滅ぶ

作者: だるぷよ
掲載日:2026/05/09

人が嘘をつく理由は、だいたい二つだ。


生き延びたいか、

愛されたいか。


死体には、それがない。


だから好きだ。


静かで、平等で、

言い訳をしない。


私は昔から、生きている人間より死んでいる人間のほうが信用できた。


たぶん、まともではない。


でも、まともな人間ほど、人を綺麗に殺す。


それを私はよく知っている。


「ノア・フェルディナンド」


王都の大聖堂は、今日もよく響く。


祈りの場所というのは不思議だ。


誰もが善人の顔をして、

いちばん汚い願いを持ち込む。


私は祭壇の前で片膝をついた。


白い石床。

金の燭台。

香の匂い。


血の匂いがしない場所は、どうも落ち着かない。


「はい、猊下」


目の前には、枢機卿。


「お前を、聖務解剖官の任から外す」


来たか、と思った。


隣で第一司祭が、いかにも満足そうな顔をしていた。


あれは、人を処分する時の顔だ。


だいたい信仰の厚い人間ほど、ああいう顔をする。


「理由を伺っても?」


「聖女アナスタシアを侮辱した」


司祭が言った。


その隣には、白い衣をまとった少女。


金の髪。

青い瞳。

薄い笑顔。


最近、この国で急速に増殖しているものがある。


平民出身で、奇跡を起こし、

誰からも愛される“聖女”。


便利な生き物だ。


王にも教会にも、民衆にも。


「奇跡の治癒を“内臓の位置が気になりますね”と言ったそうだな」


「ええ」


私は頷いた。


「かなり敬意を込めた感想でした」


空気が冷えた。


宗教は比喩を嫌う。


特に、自分たちの神秘が医学で説明されそうになると。


アナスタシアが、少しだけ潤んだ目でこちらを見る。


上手い。


あの目で見られたら、大抵の男は救いたくなる。


私は解剖したくなる。


職業病だ。


「このような不敬な男を、大聖堂に置くべきではありません」


司祭が言う。


その通り。


私は死体を見る時だけ少し機嫌が良くなるし、

生きている人間にはあまり期待していない。


信仰施設には向かない。


「よって、辺境修道院への左遷を命じる」


左遷。


追放より、少しだけ上品な響きだ。


なろう小説なら、このあと私は封印された聖痕に目覚めて、

伝説の天使が懐き、

聖女が泣いて謝る。


残念ながら現実は、そこまで親切じゃない。


「承知しました」


私は立ち上がった。


「では最後に、一つだけ」


枢機卿が眉をひそめる。


「なんだ」


私は聖女アナスタシアを見た。


綺麗だった。


綺麗なものほど、中身を確かめたくなるのは悪い癖だ。


「あなた、三日以内に死にますよ」


沈黙。


香炉の煙だけが、やけにゆっくり揺れた。


司祭が怒鳴る。


「貴様!」


「失礼。職業病です」


私は一礼した。


「では、失礼します」


その夜。


本当に聖女は死んだ。


人は時々、冗談みたいに都合よく死ぬ。


大聖堂の晩餐。


銀の食器。

祝福の葡萄酒。

敬虔な笑顔。


そして、倒れる聖女。


喉を押さえ、

椅子から崩れ落ちる。


白い衣に、赤。


あまりにも絵になりすぎていて、少し笑いそうになった。


毒ではない。


違う。


呼吸の止まり方が綺麗すぎる。


内側から壊れている。


好きな死に方だった。


悲鳴が満ちる。


修道女が泣き、

司祭が騒ぎ、

衛兵が走る。


そして当然のように、全員が私を見る。


そうだろうと思った。


昼に「三日以内に死ぬ」と言った男が、

夜に死体のそばで少し満足そうに立っていれば、


それはもう犯人か、

相当趣味の悪い男だ。


たぶん両方。


「ノア」


枢機卿の声は、昼よりずっと老いていた。


「説明しろ」


「喜んで」


私は聖女の手を取った。


冷たい。


まだ柔らかい。


死にたてはいい。


人間がようやく、ちゃんと物になる。


爪の色を見る。


唇の乾き。

瞳孔。

皮膚。


ああ。


やっぱり。


「この方は、毒殺ではありません」


ざわめき。


「病です」


司祭が叫ぶ。


「馬鹿な! 聖女だぞ!」


「ええ」


私は笑った。


嫌な時ほど、よく笑う。


「だから面白い」


沈黙。


「聖女の奇跡は本物でした」


全員が息を止める。


「ただし、“癒していた”のではない」


私は静かに言った。


「他人の病を、自分の身体に移していただけです」


静寂。


ああ。


好きだ。


信仰が音を立てて壊れる瞬間。


「彼女は奇跡を起こしたんじゃない」


私は死体を見下ろした。


「ただ、皆さんの代わりに壊れていただけです」


アナスタシアは痩せていた。


不自然なくらいに。


優しい人間ほど、ちゃんと死ぬ。


周囲の期待に応えて、綺麗に。


だから嫌いだ。


「では、なぜ黙っていた」


枢機卿が震える声で言う。


私は少し考えた。


簡単だ。


あまりに簡単すぎて、人は答えを嫌う。


「愛されたかったんでしょう」


誰も何も言わない。


「人は、自分が特別だと思えるなら、だいたい死ねます」


司祭が膝をつく。


信仰ではない。


罪悪感だ。


たいていそちらのほうが重い。


「……ノア」


枢機卿が言う。


「お前の左遷は」


私は首を振った。


「いえ、予定通りに」


皆がこちらを見る。


不思議だ。


さっきまで私を追い出したかったくせに、

死体が出ると急に必要そうな顔をする。


人は探偵が好きだ。


自分が共犯だと気づかなくて済むから。


残念ながら、私は探偵じゃない。


もっと趣味が悪い。


私は外套を羽織った。


聖女の死体は、ひどく静かだった。


ようやく少し、好感が持てる。


扉の前で振り返る。


「でも安心してください」


私は笑った。


「次に死ぬのは――たぶん、この国です」


信仰というのは、


いちばん手触りのいい集団自殺だから。


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