ー前編ー
ある平凡な朝、突然、婚約者である二つ年上の彼ウィズダンがやって来た。
「悪いが君との婚約は破棄することにしたよ」
彼はそんな風に静かに宣言してくる。
「え……」
「聞こえなかったかな? 婚約破棄する、と言ったんだ」
「いえ、それ自体は聞こえました。ですが、あまりにも突然でしたので……」
「はは。なるほど。驚いたということだね」
「そうですね」
「ま、それは仕方ないな。そうなるだろうな、誰だって。だが決定は決定だ、君が何を言おうと何をしようと決定が覆ることはない」
ウィズダンは勝ち誇ったような顔をしてきている。婚約を破棄する側になって嬉しい、ということだろうか。絶対的な証拠はない、が、今の彼の表情は明らかにそういう表情だ。それは、見ていれば簡単に分かるもの。
「以前から思っていたんだ、君といても思ったより面白くない」
「そうですか」
「ああ。で、そんな時に出会ったんだ、一緒にいてとても楽しい面白い女性に。すぐに魅了されたよ。運命の出会いだ、って、気づいた」
そんなことを言われて。
さすがに察してしまう。
「……もしかして、他に女性が?」
つい怪訝な顔をしてしまい。
「眉間にしわが寄っているよ」
そんな風に突っ込まれてしまう。
だがそれは仕方のないことだ。
こんな状況にあっても笑顔でいるなんて不可能だから。
「ま、隠すこともないな。もう君とは終わるのだし。ちょうどいい、教えてあげよう」
「……と、いいますと」
「君の想像はおおよそ正しいと思うよ、実際僕には親しくしている女性がいる。そして彼女は大変魅力的だ。君とは大違い、でね」
一言余計です! と言ってやりたい気分だったけれど、それは言わないでおいた。
そんなことを言っても何の意味もないから。
もし私がここでそういうことを言っても、彼はきっと、私を馬鹿にするだけだろう。真面目に接しても楽しませてしまうだけ。ならばここは敢えて黙っておく方が良いだろうと判断した。
わざわざおもちゃになりにいってあげる必要はない。
もうじき縁の切れる人に楽しさを贈る理由などありはしない。
「ではね。さようならアメジスト。二度と僕の前に現れないでね」
そう言って彼は去っていった。
別れる瞬間まで彼は自己中心的だった。
相手の気持ちなんて少しも考えない。
彼はどこまでも自分中心で生きていた。
◆
「ララ、彼女との関係切ってきたよ」
「あらぁ、もう? はやぁい。思ったよりやるじゃなぁい」
ウィズダンはアメジストとの関係を終わらせるや否や惚れている相手であるララのもとへ急いだ。
「やればできるだろ? 僕」
「そうねぇ」
彼の頭の中にはララのことしか入っていない。
「これでララと結ばれることができる!」
「うふふ……」
「僕は凄く嬉しいけど、ララも同じ気持ちかな?」
「ええ、そうね。……じゃあ一ついいかしらぁ」
「もちろんいいよ」
「ドレスなんだけど、また、近々新しいものがほしいの」
「買うよ」
「やったぁ」
ララはこれまでもことあるごとにウィズダンに高級品を買わせてきた。
そしてこれからもきっと。
欲しいものを欲しいだけ、彼女は目の前の男に買わせるだろう。
「買うから、僕との将来について考えてほしいんだ」
「もちろんよぉ。色々買ってくれる貴方が大好きだものぉ。きっといつか……うふふ、この先はまた今度、ねぇ」
ただ利用されているだけだということにウィズダンは気づいていない。
「じゃあねぇ、まずぅ、これとこれを買いたいの」
「綺麗だね。ララならきっと似合うだろうなぁ。センスがいいね」
「うふふ、やったぁ」
「これとこれを買えばいいんだね」
「お願いしたいの」
「もちろんいいよ! ララの笑顔が僕の幸せだから! 何だって買うよ」
「……あとぉ」
「何だい?」
「実は、もう一つ、気になってるのもあってぇ……」
ウィズダンはいつも上手く乗せられている。
「これ、とか……欲しくってぇ……でもぉ、さすがに駄目、かな、ってぇ……」
「素敵だね!」
「買えたり……する?」
「そうだな、ちょっと高いけど、でもララの笑顔のためなら全然問題なしだよ! 買える! このくらいなら!」
するとララはぽろぽろと涙をこぼし出す。
「ど、ど、どうした!?」
突然のことに慌てるウィズダン。
「……ううん、ごめんなさい、その」
「大丈夫?」
「嬉しくって……」
「そ、そっか! なら良かった! 任せてよ、君の欲しいものはこれからも僕が買うから!」
「ありが、とぅ……っ、ぐすっ、本当にぃ……」
ララの涙は演技だがウィズダンはそのことに気づけない。




