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愛の代償  作者: 若狭巴


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9/12

7年後


「どうぞ」


馬車に乗るために、マルベリーは無駄のない完璧な所作で手を出した。


今までの騎士にも同じことをされたが、これほど優雅にできるものは他にいるのだろうかと、エリカはつい感心してしまった。


エリカはマルベリーの手を見て、騎士にしては随分きれいな手だと思った。


その手に触れると、男の瞳と同じくらい冷たく、あまりの冷たさに驚いて手を引っ込めた。


そのままエリカはもう一度、彼の手に触れることなく、馬車に乗った。


マルベリーもその後に続いて馬車へと乗った。


「出発してください」


マルベリーの感情の籠っていない冷たい声が馬車に響く。


エリカはこの声が好きだった。


この声を聞いていると、自分が殺された時のことを鮮明に思い出すことができたから。


エリカは目の前の男を見つめた。


前世で自分を憎み、殺した男。


マルベリー・ガランサスを。


どういうわけか、彼は前世と同じ名前で今世も生きている。


唯一、違うのは髪の色だ。前世は黒髪。今世は白髪。


それ以外は全て同じだった。顔も瞳の色も口調も歩き方も、何もかも同じだった。


気も悪く感じるくらい同じだった。


目の前の男は前世のことを覚えているのだろうか。


エリカはくだらないことを考えたと、すぐにその仮定を頭の中で黒く塗りつぶした。


そんなはずがない。もし、覚えているのなら、この男が素直に自分の傍にいるはずがないのだから、と。


どういう因果か、今世でも前世で同じ時代を生きた人間が何人かいた。


異母姉兄のロベリアとシレネ。


二人も前世と顔は一緒だが、名前は違う。


あと使用人たちの中にも何人か見覚えのある顔があった。


ただ、両親は違った。


顔も性格も前世とは違う。


それなのに、産まれてくる経緯も育児放棄も娘を愛さないところは一緒だった。


この世に神がいるというのなら、これは罰なのか。


それとも、殺されたことへの復讐をする機会を与えられたのかと悩んだ時期もあった。


結局、全てどうでもよく、今世では静かに過ごそうと決めていたのに。


そんな密かな願いは叶うことがないと五歳の時に思い知らされた。


侍女たちからの嫌がらせは当たり前。


食事に毒を盛り殺されそうになった。


事故に見せかけて、階段から落とされたこともあった。


前世でも同じようなことは何度も体験した。


お陰で、静かに過ごすという平凡な願いは今世では叶うことはなくなった。


その日から、エリカはまた怪物となった。


怪物の人生はとても楽だった。


誰の目も気にすることなく、自由に振る舞うことができる。


勇者以外、逆らうことはない。


怪物になった、その日からエリカは自分の最後がどうなるかわかっていた。


お伽噺でも怪物の最後はどれも勇者によって殺される。


前世のエリカもそうだったように、今世でもそれは変わらないだろう。


また、この男に殺されるのかとうんざりすると同時に、この男以外に殺されたくはないと異常な執着もあった。


エリカがずっと見ていたからか、マルベリーは外に向けていた視線をこちらに向けた。


何も感じない。


普通なら、目にも顔にも何かしらの感情は出るのに、マルベリーにはそれが全くなかった。


前世でもマルベリーは感情をあまり出さない方だったが、瞳の中には自信に対する激しい憎悪を抱いているのは感じた。


エリカには理解できなかった。


前世で関わりあった人物はそのときと全く変わっていないものばかりなのに、マルベリーだけが明らかに違う。


なぜ、こんなにも不気味に感じるのか。


それなのに、なぜ傍に置きたがるのか、エリカ自身も自分が何をしたいのかわからなくなっていた。


前世から冷たく硬い心は溶けることなく歳月だけが過ぎていき、エリカは十七歳になった。


前世でエリカが「悪女」として民衆に認識され始めた時と同じ年齢を迎えた。





※※※





「皇女殿下。誕生日おめでとうございます」


二十二歳になったロベリアに多くの者が祝いの言葉を投げかけた。


本来なら彼女の隣には婚約者であるマルベリー・ガランサスがいるはずだが、会場のどこを見渡しても彼の姿はない。


貴族たちはある人物を探したが、その人物が見当たらないとわかるなり、それは当然だなと、この七年で当たり前のことのように受け入れていた。


七年前、自身の誕生日に第一皇女から婚約者を奪い、自身の専属騎士として今も傍にいさせている。


第一皇女の年齢だと、とっくに結婚していてもおかしくないのに未だにできないのは第二皇女が彼を手放さないからだとわかっていた。


口では「大丈夫だ」と言っても、同世代の令嬢が次々と結婚していくのに対して、自分だけができないでいる。


焦らないはずがない、と誰もがわかっていたが誰もそのことについて触れることはしなかった。


ロベリアが皇族の人間だということもあるが、それよりも、この七年で美しい怪物が誕生し、その者を恐れて誰も口にしなかったのだ。


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