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5話 花火の魔法

「……それで師匠に言われた通りに練習してみましたが、複合魔法がどうにも安定しなくて」

 そう語り始めたのはニコラだった。

 緊張した面持ちで、杖を机に立てかけて、背筋を正している。

 私から見ればメルなんてポワポワとした阿呆だが、彼女にとっては尊敬すべき師匠らしい。


 朝一番に訪ねてきたと思ったら、やはり魔法の話か。私へのお土産が無ければ興味がないな。

 思わずあくびが出てしまう。いつもなら寝ている時間だ。

 朝の日差しが、窓から差し込む。淡くゆるやかに明るかった。

 木が目を覚ますような青い匂いがほのかに混じるその空間で、私はいつものようにチェストの上のクッションを陣取り、前足を折りたたんで丸くなっていた。


「理屈は分かるんです。たとえば〈火と光〉、〈土と水〉とかの複合なら、もう安定して発動します」

 できてるじゃないか。天才とは自覚がないから、タチが悪い。

 私は眉をひそめて、ニコラを睨みつける。

「でも、相反する属性同士になると、どうしてもどちらかが強く出すぎてしまって……」

 ニコラは少し申し訳なさそうに言いながら、羊皮紙を一枚、そっとテーブルの上へ差し出した。

 そこには複数の魔法式が何度も書き直された跡があり、線は重なり、ところどころ擦れている。消しては書き、また組み直したのだろう。

 考え、試し、悩んだ時間が、その紙一枚から嫌というほど伝わってくる。


 メルはそれを受け取り、ふむ、と小さく唸りながら眺める。

 表情は真剣そのものだが、どこか楽しそうでもある。

 他人が作った魔法式なんて、簡単に解読できるものではない。同じ火を放出する単純な魔法でも、それぞれが独自の式を開発していて、唯一無二のものだ。

 初見で把握できるのはメルくらいだろう。

「全体として、とてもよく組み上げられた複合魔法式ですね」

 メルがそういうと、ニコラはパァっと頬を赤くした。

「干渉を恐れず展開しようとしている点は評価できますし、式の流れも無駄がなくて理論的です。特に、初動の安定化を優先している構成は、実戦や応用を意識している証です」

 メルは魔法のこととなると、急に語彙力が強化される。

「ただし接触する瞬間の出力調整がやや粗い。ここで均衡を取ろうとして魔力を抑えすぎているため、結果として一方の属性が遅れて追従する形になるのが、失敗する原因でしょう」

 頭の上に、見えないハテナがぽん、と浮かんだ。

 出力だの均衡だの。言っていることは、たぶん、すごくまともなんだろう。

 少なくともニコラは真剣な顔で何度も頷いている。

 だが私からしてみれば、子守唄も同然だ。

 あぁ、それでいいのか。今日はこのまま2度寝といこう。私は尻尾をぱたんと一度だけ床に打ちつけ、ゆっくりと瞬きをした。


「とはいえ、ここまで来たらあとは経験と微調整だけ。複合魔法で一番大事なのはね、完成形をイメージすることよ」

「完成形、ですか?」

「ええ。たとえば単純でイメージしやすい花火が練習してみるのはどう?」

 ニコラは困惑をそのまま表したかのような、沈黙の後に呟いた。

「……はなび?」

 その反応に、今度はメルの反応が遅れた。

「え、知らないの?」

「す、すみません。聞いたことがなくて……」

 メルは一瞬、言葉を失い、それから驚愕する。

「うそでしょ。ジェネレーションギャップというものかしら」

 私は目を瞑ったまま、思わず鼻で笑う。

 数百年単位で生きている魔女と、十数年の人生の弟子だ。噛み合わなくて当然だろう。

 世代もいうよりも、時代が違う。

 はなびとやらは、私も知らないしな。


「初歩的な土魔法と火魔法を組み合わせるだけなのに」

 メルはそう言って肩をすくめるが、その口調にはどこか拗ねた響きがあった。

「それ、すごいんですか?」

 ニコラが恐る恐る尋ねる。

「すごいなんてもんじゃないわ」

 メルは捲し立てるように、意気込んだ声を出す。

「簡単に言えばね、土魔法で可燃性のある器を作って、そこに火魔法の力を閉じ込める。それが熱されて限界を迎えた瞬間に」

 ぱっと、指を鳴らす。反射的に耳がピクッとなって、目が開く。

「弾けて、光と音になる。それが花火よ」

 ニコラの目が、キラキラとしたものを集めたみたいになる。

「ただそれだけですか?」

「そうよ。だから複合魔法の基礎として、これ以上分かりやすい例はないわ」

 本来、土魔法は火魔法を通さない。

 属性としての相性は最悪で、ただ重ねただけでは火は弾かれ、土は焦げるだけだ。

 陶器というものはあるが、魔法を使う必要がない。掛け合わせとしては不向きだ。

 だが土の中に可燃性の物質を集め、性質を変えてやれば話は別になる。

 言うのは簡単だが、それを思いつき、形にできる時点で、メルはやはり只者ではない。


「昔は軍の伝達用に使われて……。いや、説明するより、見た方が早いわね」

 メルは立ち上がり、窓の外へ視線を向ける。私は嫌な予感を覚え、尻尾をぱたんと打った。

「おい。説明だけで終わらせろ」

 流石に看過できない。二度寝を中断して、立ち上がる。

 今の説明だと、爆弾のようなものじゃないか。この家が爆発する未来しか見えない。

 しかしメルはもう聞いていない。

「大丈夫よ。規模はちゃんと抑えるから」

 楽しそうに杖を手に取り、ニコラの方を振り返る。

「失敗してもいいわ。やりましょう」

 ニコラはごくりと喉を鳴らし、「はい」と大きく頷いた。

 

 メルはローブを羽織ると、そのまま庭へ出る。私は目を細めながら、窓の外を眺める。

 メルは杖の先を軽く掲げ、宙に向かって指先ほどの小さな魔法陣を描いた。

 輪郭は淡く、土の属性を示す文様が静かに回転している。

 呪文を詠むほどでもない、ごく簡単な土魔法だ。

 魔法陣の中心から、砂粒が集まるようにして小さな球が生まれる。最初は曖昧で頼りない塊だったそれは、次第に密度を増し、きちんとした形を持ち始めた。

 次の瞬間、メルはわずかに魔力の流れを切り替える。球の内部に、火の性質が静かに混ぜ込まれた。

 ぱちり、と乾いた音がして、球の表面から小さな火花が散る。

 それらは暴れることなく、細い光の筋となって空へ引き上げられていった。糸のように伸び、空に溶け込む。

 やがて限界が訪れる。内側で保たれていた均衡がほどけると同時に、球は破裂音をたてて開いた。

 赤、橙、金……。

 一瞬だけ太陽よりも強く光輝いて、放射線を描くと、静かに消えていった。


「……!」

 ニコラは息を呑み、言葉を失っていた。

 私も窓際からその様子を眺め、尾をゆったりと揺らす。たしかに美しい。

 こんなにも穏やかで、綺麗なものになるとは思わなかった。

「ね、花火でしょ?」

 なるほど。火が織りなす花というわけか。

 メルの横顔は、どこか誇らしげだった。

「す、すごいですね」

「小さい頃、遊び半分で何度もやったわ。失敗して、爆発して、父に叱られて」

 ろくでもない子ども時代だな。絶対に得意げにしていい話じゃない。


「私もやってみます」

 ニコラは庭の中央に立ち、深く息を吸ってから、慎重に杖の先へと魔力を流し始めた。

「まずは球を意識して」

 メルの声に促され、ニコラは地面ではなく、宙に向かって小さな土の魔法陣を描く。

 円環が淡く光り、その中心に、塵のような砂が集まり始めた。

「土魔法って、岩を動かしたり壁を作ったりする魔法だと思われがちだけど……」

 メルは指を組みながら続ける。

「本当は物質を集めて、選別して、形にできる魔法なのよ。花火の場合は特にね」

「物質、ですか?」

「ええ。地面や空気中に散らばっている微細な素材、燃えやすい粉、爆ぜる性質を持つ石、色を変える金属粒子。それを一時的に集めて、この球の中に閉じ込めるの」

 なるほど、と私はひとり納得する。メルも意外と考えているのだな。

「だから集めすぎると危険よ。爆発力が強くなりすぎる」

「……はい」

 ニコラはごくりと唾を飲み込み、魔力の流れを細く調整する。

 魔法陣の中心が、わずかに重みを持ったように揺れた。


「そこへ火魔法を重ねるの。でも一気にじゃないわよ」

「はい!」

 メルの言葉に、ニコラは深く頷いた。

 息を整え、杖を両手で持ち直す。その先端は、わずかに震えていた。

 彼女が描いた魔法陣は、先ほどのものよりも小さく、慎重だ。

 ゆっくりと回転し、宙に淡い球を形づくる。まだ不安定で、今にも崩れそうなそれを、ニコラはじっと見つめていた。一回見ただけで、ここまで再現できるのか。

 そこへ点のような火魔法を落とす。

 ぱん、と短く乾いた音が響いた。

 思わず肩をビクッと揺らすニコラ。

 しかし次の瞬間、球は暴れることなく反応した。

 細かな火花が弾ける。そして空へ導かれるように舞い上がり、やがて小さな花の形を描いた。

 控えめで、けれど確かに花火だった。

 光は一瞬だけ輝き、ためらうように揺れてから、静かに消えていく。

「できました」

 頬に抑えきれない喜びが滲む。

「すごく疲れました。やっぱり難しいですね」

「これだけできたら、充分よ。複合魔法は感覚の積み重ねだもの」


「ちなみに」と、メルは思い出したように言って、くいっと袖をまくった。

「花火って、一種類だけじゃないのよ」

 庭の端へ歩き、軽く地面を踏み鳴らす。

 土の魔法陣が薄く、紙に描いた下書きのような淡さで浮かび上がった。

「まずはこれ」

 宙へ放たれた魔力が横一線に伸びる。

 ぱち、ぱち、と連なって弾け、白金色の火花が滝のように落ちてきた。

 ただ空はまだ明るい。輪郭だけを残して、音と余韻が先に伝わる。

「……滝のよう、ですね」

 ニコラが目を細めて言う。

「そう。夜ならもっと見応えがあるんだけど」

 次にメルは指先で小さな円を描いた。

「これは遊び心」

 ぽん、と軽い破裂音。

 空中に浮かんだ火花が、文字の形に並び替わる。

「文字ですか……?」

「ええ、凄いでしょ」

 続いて、放射状に広がる細かな火花。

 色は淡く、輪郭もぼやけているが、たしかに花の形をしている。

「菊型、牡丹型、重ね咲き。土魔法で素材を分けて集めると、こういう差が出るの」

 メルは楽しそうに説明しながら、いくつも試してみせる。

 しかしどれも、光そのものより、音と熱、空気の震えが印象に残る。

「夜だったら、もっと綺麗なのだけれどね」


 それを見ていたニコラは、はっとしたように目を見開いた。

「……あ、少し試してもいいですか」

 小さく声を漏らすと、目頭に力を入れて、その場で静かに魔力を練り始める。

 空気がわずかに張りつめ、庭の風が止んだように感じられた。

 ニコラは杖を構える。慎重に、だが迷いなく杖を振り下ろすと、宙にぽっと小さな火焔玉のようなものが生まれた。

 炎というより、赤く灯る核。脈打つように明滅している。

 次の瞬間。ぱちぱち、と乾いた音を立てて、そこから無数の火花が弾け飛んだ。

「……っ」

 すでに花火の魔法式を完了させているようだ。

 火花好き勝手に散るのではなく、奇妙な規則性をもって空間を走る。

 一度外へ飛び出し、また戻り、別の火花と交差する。

 やがてそれらは、四方八方から弾け始めた。

 まるで見えない型がそこにあるかのように。無数の火花が集まり、回転し、ひとつの光の球を形作っていた。

 中心には、先ほどの火焔玉が核として残り、周囲を火花の殻が覆っている。


 昼の空気の中でも、その動きだけははっきりとわかった。

 ニコラは息を詰めたまま、じっとその球を見つめている。成功したのか、失敗なのか、まだ自分でも判断がつかない。そんな表情だった。

 嫌な予感と、ほんの少しの期待が、同時に胸をよぎる。

 私は警戒しながら言った。

「それ、ちゃんと制御できてるんだろうな?」

「ええ、大丈夫ですよ」

 応えたのはメルだった。

 口角を上げて、ニコラの様子を見守っている。

 宙に浮かぶ火球は、先ほどまで勢いよく飛び交っていた火花を、ひとつ、またひとつと静かに手放していく。

 ぱち、ぱち、と名残惜しそうな音を残しながら、光は次第に弱まり、やがて何事もなかったかのように消滅した。

 派手さはないが、どこか穏やかで、触れれば壊れてしまいそうな儚さがあった。

「今までは、外に放出するものだと思い込んでいましたが……」

 メルは宙を見つめたまま、ぽつりと言う。

「こうして手元で遊ぶのも、いいですね」

 メルの目がきらりと光った。

 まるで火が移ったかのように、表情が生き生きとする。

 杖を握り直したかと思えば、思案する声が早口になっていく。

「規模を小さくして、持続時間を延ばして。あ、でも色を変えるなら土の配合を……」

 気づけば二人は並んで立ち、次々と魔法を試し始めていた。

 弾けては消える光、形を変えて舞う火花。

 失敗して笑い、成功して目を輝かせる。


 庭は昼の淡い光の中、目立ちすぎないけれど確かに賑やかだった。

 私はその様子を、いつもの窓際から眺めていた。

 顎を窓枠に乗せ、尻尾をゆらりと揺らしながら。

 まったく、騒がしい連中だ。昼寝の邪魔になることにかけては、右に出る者はいない。

 だが、一瞬だけ美しく煌めいて、空へ溶けていく魔法は悪いもんじゃない。

 私は小さく喉を鳴らし、目を細める。

 再びクッションの感触に身を預け、ゆっくりとまどろみに沈んでいった。

 庭の向こうから、ときおり聞こえてくる、ぱん、という小さな爆ぜる音が、遠ざかっていくのを感じながら。

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