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結は何処で  作者:


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2/2





 自分で云うのもなんだが私と親友の仲は中々に良いものであった。


 先ほどの定番を見た通り旧友であり粗雑な扱いを時折してもそれは茶番の一部でお互い配慮を忘れない質であった。所謂"親しき仲にも礼儀あり"を上手く体現できている。

 住んでる地域もあってか義務通いが異なることはなく、高等学校は一度離れてしまったが偶然にも同じ職種を目指していた私たちは結託して今に至るのだ。

 決してそれがなければ疎遠だったわけでもないが同志であった故により深まった結果の関係値でもある。


 そんな仲が良いと自信のある私から見た親友の人生は何処か秀でているものがあった。

 よく人を統制する立場であり続け誰からの人望も厚く、私と比較でもしてみたのならば彼の方が社会経験も社交性も十数段程は多く積まれている。

 私の人生は平らであって特別渦に飛び込む勇気も無条件で波に乗らされることも勿論皆無であったから蓄積が少ないのは当然であったが、そうだとしても親友の人生には大小問わない凸凹が人並み以上に多い。彼から見聞きする限り確かにそうだったのだ。


 だからそんな親友がなぜ人を殺めたのか、なにか納得のするしかない殺人の理由でもあるのかと私はシャベルで土を掘り退けながら当然疑問に思うことをやっと今頭の中にに浮かばせたのだ。

 向かいで裾を捲ることもなく地面に膝をついて軍手越しに湿りはじめた土を持ち上げ横に放るのを繰り返す親友に私はついに数々の疑問を問うことにした。


「いつ殺したんだ。」


 浅い所にあった土は気付けば取り除き終わっていて、地中に近づくほど水分を含んで重みの増える土壌を掘り起こす動作を続けながら私は親友にそう聞いた。

 一番気になることを始めに聞くのは親友にとっても重荷になるかもしれないと私は変に配慮をしてあまり状況把握に意味のない項目を選ぶ。


「ついさっきだ。一刻は経ったが。」


 掌一杯に土をかき集めながら親友は平板にそう時間を伺ったりも私に目を配ることもせず答える。不思議と横の打ち捨てられ木々の隙間の空を眺めるそれに生気を感じた気がした。

 身の毛のよだちを親友とそれに悟られまいと握り締める手に力を込めてそうかと親友に言葉を返し、それの正体を問うた。


『男だ。他所の大学の教授だ。』


 それの性が同種であるのは目の当たりにして分かりきっているのに親友は敢えて言葉にして後にそんな接点のなさそうな関係性の男だと相変わらず目線は下のまま私に言った。だからそれがスマートカジュアルな服装に身を包んでいたのだと腑に落ちる。

 もう下半身は野蛮らしい格好となっているが中年らしい腹もワイシャツの隙間から覗けるそれは確かにスーツ姿だった。

 でも何故他所で講義を務める男の命が親友の手で絶えられたのかがまだ私には分からない。私がそれを聞こうと口を開く前に"気遣いの塊"と友人たちに崇め奉られるような彼は私の先を読んだらしい。


「 お前は質問をしていい権利を持っている。お前が私に尋ねるならば私には話す義務がある。本当に聞きたいのならば問えばいい。」


 私は親友に警告されたのだと、一寸の間を空けて気付かされた。親友はやはり私に配慮をした。人が人を殺す理由にはやはり相当な事情があるようで、サスペンスドラマやミステリー小説やらのフィクションでしか死というものに触れていなかった私が聞くに堪え難いものなのだと遠回しに知らせたのだ。

 だが私はもう生気のないそれを覚悟も決まっていないうちに目にして今こうやって土も掘っているのだ。手は止まっているのだが。

 ここまで来たのなら今更何を聞いてもやっても変わらないだろう。


「…なら、やめておこう。」


 親友は私に配慮をしたのだ。気を遣ってくれたのだ。ならば私も返さなければならない。恒例なのだから。

 親友が前置きを入れたのは私に気を遣っただけでなく、きっと親友自身の為でもあるのだ。かなりの覚悟がなければ問いにくいものなのだから、親友も多少口にし難い事情があってそれを生み出した(絶えさせているのだが)はずであるのだ。

 親友の配慮の中に含まれたそれに私は配慮をすることにしたのだ。決して臆して聞かなかったわけでなく私にとってはそれ以上に恒例が重要だったのである。

 私のその判断に親友は一言、妥当な返事で終わらせた。親友の言葉と表情は私を向くことはなく内情は読み取れなかった為に、この判断が正しかったのかは分からずじまいなのだが。

 男の素性を探るのは配慮した為に止めた。だから他に気になることを問おうと私はまた口を開く。

 シャベルで土を掘り起こす手は再度動かせていた。


「なぜ私に知らせたのだ。私が口外する可能性もあるだろうに、どうして私に協力を促したのだ。」


 全く無関係である私だ。親友であると胸を張るほどではあるが人を殺したのならばそれは別件になるのではないかと問うた。

 親友が私の元に来る間に私が警察にでも通報していたものならば親友は今頃もう取り押さえられていただろう。


「分からない。」

「分からない?」

「あぁ、分からない。」

「そうか。」


 分からないと答えた理由を答えるわけでもなく親友はそう続けて言った。私も先ほどの親友と同じように適当な言葉を返した。たったそれっぽっちで回答を済ませられたのならばそう終わるしかないであろう。


 これほどに親友との会話は短い続きのときがあっただろうか。居酒屋でも車内でもいつもは騒がしく互いに一言が一言じゃ済まないぐらいに長くその返事もより細かく濃いものであったはずなのだが、今日は全くそうでない。

 初対面でももう少し言葉のキャッチボールが繰り返されているだろう。今はそれほどに親友との言葉が続かない。親友と名乗り難くなってしまうではないか。

 こんな状況では話す言葉もなくなってしまうのかもしれないが質問に答える義務があると言ったのは親友の方なのに、たった一息で済ますこともないだろう。済ませられないほどの事を起こして、私の不注意だったとはいえ特に説明もなく私のことを巻き込んでいるというのに。

 今更ながら親友に怒りを覚えたが口に出さないでおいた。埋める為の穴を充分な程度掘り終えたからなのもそうだが、今話すことでもないだろうと配慮をしたのだ。


 親友が立ち上がり手の土を払うこともなくまたそれの脇腹に手を回して此方に引き摺る。

 穴の近くで一度手を離して、何故かそれが着ていた衣服を剥ぎ始めた。引っ掛かりで脱げなかったそれすらももうそれに意志も生気もないのだから当然なのだ遠慮もなく親友は剥いでいく。何をしているのか分からず眺めているだけの私に特に目もくれることもなく親友はそれの身ぐるみを全部剥いだ。

 人間そのままの姿が土壌に力無くうつ伏せになり顔やら全部に土がぼろぼろと付いている。薄ら開いた瞼から覗く眼球が地に触れて粒状のものがへばりついている。

 親友はそんなことも気に留めずに穴に放り込もうとまた抱えたが、下半身がだらんと垂れてその上にそれの図体はでかかった。縦は小さく横は幅広い、教授らしく太々しい体型のそれを1人で穴に上手く収めるのは引き摺るよりも容易でないらしい。

 頼りにされたのだから役に立ってやろうと気が働いてシャベルから手を離し、それの両の素足を掴んだ。変に冷たくそれでいてべたりとした質感のそれは一日中活動し、さっきまで本当に動いていたのだと実感させてくる。気軽な気持ちで触れなければよかった。それに触れる自身の手から頭の上まで不足も無しに鳥肌が立つ感覚を無視したまま持ち上げれば、容易に親友と共に掘り進めた穴にそれは収まった。

 それの裸体を視界に入れたくないのか親友はすぐに掘り起こした山をそれに被せていく。私も同じようにシャベルで放って埋めていく。

 この始末が終われば解散の流れなのだろうか。そもそも私のことをおいそれと家に帰してくれるのだろうか。


「私は家に帰れるのか。」

「あぁ、勿論。」


 彼は作業を進めながら相変わらず淡々とそう答える。あっさりで端的であるのことが逆に恐ろしい。表情も声色も一切変わらない親友、普段ニコニコと穏やかで誰にでも隔てなく接するその姿はまるで見えない。

 親友である私だとしても、親友だというのにそんな恐怖を初めて覚えてしまったのだ。


 親友は言った通りに私を行き道と同じように車に乗せ、うんとすん程のみの返事をし、私の実家まで送ってくれた。迎えをしてくれた礼を伝えて運転席から此方に視線を向けた親友が去るのを待っていた。だが親友は一向に運転をする素振りを見せない。一体どうしたものか。


「怖いか?」


 突如親友は口を開けたかと思えば妙なことを私に聞いてきたのだ。怖いというのは誰に対してなのだろう。殺人を犯した親友のことだろうか、あの死骸のことだろうか、今後のことなのか、それとも私自身のことだろうか。どれか分からない。


 私はどれも全てが怖い。怖かった。きっと怖くあり続けるのだ。


 人生に大きな凹みが生まれたのだから。後ろもその先も、私の行程の全てを見渡せていると思っていたのに、進んだ先は大穴だったのだ。今日親友と共に作った穴とは比にならない程の深い堀が私の平べったく幸せだった生活から彩りだけでなく明度までもを見失わせた。あの素性もわからない男の結を私は見たのだ。手を貸してしまったのだ。それが私の人生初めての転であった。親友は何回目の転であるのか。転ですらないのであろうか。目の前の親友からもそれは読み取れなかった。


「怖い。」


 ずっと平気なガワを被っていたが、もう無理だ。フィクションだと思っていたものを目の前よりも更に近くに置いて、そして触れてしまったのだから。

 素直に恐怖を親友に打ち明けた。それだけならば親しい間柄らしい行為だが全くもって違った。

 共有、これは恐怖の共有をしているのだ。眩しくも華やかな青春でもなかった。配慮とはまったく正反対な行為。私は親友に最悪な負の感情を押し付けてしまったのだ。

 親しい間柄にも関わらずあの恒例からも背いてそんなことをしてしまったことに言った途端に私は気付き、そして後悔したのだ。こんなことをしてしまったのだから私たちの間に大きな亀裂が生まれてしまうかもしれないと、そんな大袈裟な予感がしたのだ。

 自分のしでかした所業を受けた親友の顔を恐る恐る見る。


「そうか。」


 怒る。悲しむ。共有される。失望。私が考えていたものと全て違った反応を親友は私に見せた。


 彼は笑っていたのだ。

 

 何故か私の言葉に微笑み、それはそれは嬉しそうに口角も目尻も上げていた。今日やっと見た親友の笑顔。なんならいつもよりももっとのだ。友人が教授に怒られているのを懲りずに隠れて私たちに変な動きをして見せて、それが教授にバレたときのような。くだらないことで声を上げてしまうときの綻びきったあのときの笑みであった。

 私はきっと怯え切った顔を向けて親友に恐怖を押し付けたのに、まるでその行為が親友が求めていた正解だったとでもいうように彼は満足そうな顔をしていた。

 親友はその後すぐにハンドルを握り直し車を走らせて帰路についた。私は唖然とその姿を立ち尽くして眺めた。

 あの埋めた死骸はバレてしまわないだろうか。見つかって仕舞えばどうすればいいだろう。この後の日々を私は平穏に過ごすことができるのだろうか。それは親友と同様だ。どうしてあんなにも冷静だったのだろう。何故私を呼んだ。何故笑った。さっきまでは全く笑顔とは無縁であったのにどうしてあの場だけ。どうして。どうして。如何して。


 当然と云うべきか、そうでないと云うべきなのか。


 その後の親友との連絡は互いにすることがはなかった。出来なかった。不可能となっていた。


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