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樹の来訪理由

星見市の夜は、昼間のざわめきが嘘のように静まり返っていた。

街灯に照らされた歩道を並んで歩く晴人と樹。その横には、白いローブをひらひらさせながらファヌエルがひょこひょことついてくる。久々の再会の余韻はまだ続いており、三人の間には、どこか落ち着かない、それでいて心地よい空気が漂っていた。


「先輩、ちょっとお茶でもしませんか。せっかく、こうして再会できましたし……」


樹の礼儀正しい言葉に、晴人は頷いた。二人は通りがかりの喫茶店に入り、奥の席に腰を下ろした。窓際の明るい席ではない。人目を避けるように、自然と店の奥まった場所を選ぶのは、追放者となった晴人の無意識の行動だった。


「それで、どうして星見市にいるんだ? まさか、移住したわけじゃないだろう」


温かいカップを手にした晴人が切り出す。


「実は、就職先の研修なんです。正式な配属先はまだ決まっていなくて、しばらくはこの辺りに滞在することになりました」


「研修……そうだったのか」


「ええ。まだ自分に合っているのかも分かりませんけど、任された以上はちゃんとやろうと思ってます」


少し照れくさそうに笑う樹の表情は、学生時代の面影をそのまま残していた。真面目で、一歩一歩を確かめるように歩む性格。その健気さが、ポシビリティの低さゆえに挫折した晴人には、懐かしくも眩しく感じられた。


ファヌエルはストローでジュースを吸いながら、中性的な顔を傾げる。


「ふうん。じゃあ、君は偶然じゃなくて、必然でここに来たんだね。ポシビリティが高い者は、自然とそういう【可能性の流れ】の強い場所に導かれるんだ」


「そんな大げさな……」


樹は困ったように笑った。高い数値を持つ人間として、ファヌエルの言葉の裏にある【可能性】を無意識に感じ取っているのかもしれない。だが晴人は、この神秘的な存在の言葉が、自分の低いポシビリティを突きつけてくるようで、心のどこかで引っかかっていた。


沈黙を破ったのは樹だった。


「思い出すなあ……高校の頃。先輩には、本当に何度も助けられました」


「俺が? 助けた?」


「はい。部活で失敗して落ち込んでたこと、覚えてませんか。わたし、PCにまとめたデータを全部消しちゃって……真っ青になってたときに、先輩が一緒に徹夜してくれて」


「……ああ、あったな。あの時は大変だった」


「でも、先輩が笑いながら【やり直せばいいさ】って言ってくれて。あの言葉で立ち直れたんです。今思えば大したことじゃないのに、あのときは本気で泣きそうでしたから」


晴人は、返す言葉を探しながら、カップを置いた。自分にとっては何気ない一言や行動でも、彼女にとっては長年の支えになっていたらしい。その事実に、胸がじんわりと温かくなる。


ファヌエルが口を挟む。その口調は知的な分析を含んでいる。


「なるほど、師弟というより恩人と弟子の関係か。いや、もしかするとそれ以上?」


「ち、ちがいますよ!」


樹が慌てて声を上げ、顔を赤らめた。店内の客がちらりとこちらを見て、彼女は小さく肩をすくめる。その仕草に晴人は思わず苦笑した。


「ファヌエル、そういうことを軽々しく言うな」


「えー、だって事実じゃないかもしれないけど、可能性はゼロじゃないでしょ? それに、今こうして再会してるのは数値に表れない【縁】だよ」


「……数値、か」


晴人はその言葉を繰り返し、どこか自嘲気味に笑った。自分はポシビリティが低いと常に言われ続けてきた。だからこそ、高い数値を持つ樹と再会したことが、単なる偶然以上の意味を持っているような気がしてならなかった。


「でも、先輩にとってはどうでもいい話かもしれませんけど……わたしにとっては大事な思い出なんです」


樹は真剣な眼差しで、晴人をまっすぐに見つめた。


「だから、また会えてよかった。研修が終わるまでは、この街で暮らします。先輩に迷惑をかけない程度に……でも、少しでもお話できたら嬉しいです」


晴人は、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。彼女は昔から変わらない。地道に努力して、周囲の支えを忘れず、そして人を信じる。そんな真っ直ぐな性格が、彼女をこの街に導いたのかもしれない。


カップの底に残った珈琲を飲み干し、晴人はふっと息をついた。


「迷惑なんて思わないよ。むしろ、俺も、樹と話していると少しは救われてる気がする」


「……先輩」


樹は目を潤ませ、小さく笑った。その表情は、先輩を慕う後輩の純粋な喜びで満ちていた。


ファヌエルはにやにやしながら二人を交互に眺め、満足げに頷いた。


「やっぱり必然だったね。偶然と必然は、両方同じ道を指してるんだ」


その言葉に、晴人は返さなかった。だが心のどこかで、この再会を素直に喜んでいる自分を否定することはできなかった。


星見市の夜風が静かに窓を揺らし、再会の時間を優しく包み込んでいた。

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