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偶然の再会

星見市の夕暮れ時。高層ビルの間に差し込む西日が、どこか異様に静かな影を落としていた。

昼間の騒ぎ、全身緑色の変質者のニュース映像の残像が、まだ晴人の頭の片隅にこびりついていたのかもしれない。彼は、胸の奥に沈殿するざわめきを振り払おうとするかのように、人気の少ない路地を抜けていた。


ファヌエルと並んで座っていた晴人が、近づいてきた人影に気づいて振り向く。


「……晴人先輩?」


振り向いた瞬間、晴人は一瞬、時間が逆流したような錯覚にとらわれた。そこに立っていたのは、まぎれもなく高校の後輩であった福島 樹(ふくしま いつき)だった。背が高く、知的な雰囲気を漂わせる彼女は、高く結い上げたポニーテールを揺らし、少し真っ直ぐすぎるほどの眼差しを晴人に向けている。その姿は、記憶の中と何ひとつ変わっていなかった。


「……樹? 本当に、福島なのか」


「はい。本当に出会えるなんて……! わたし、星見市に来たんです。ずっと住んでいたわけじゃなくて、つい最近で。先輩が今ここにいるって聞いてはいましたけど。本当にすごい偶然ですね」


樹のその声には、思い出のままの明るさと、先輩を慕う喜びが宿っていた。嬉しそうに心から笑うその表情を前に、晴人は胸の奥がじん、と温かくなるのを感じた。高校を卒業してから、もう何年も会っていなかったはずだ。


「……偶然、か。そうだな。俺も驚いたよ」


横を歩いていたファヌエルが、中性的な顔を傾け、二人を興味深そうに見比べる。


「ふふん、偶然……君たちは本当にそう思う? 樹のポシビリティはかなり高い。彼女がここで師匠と出会ったのは、数値には表れない【可能性の流れ】が強く働いた結果かもしれないよ」


「流れ……?」


樹は首を傾げて可愛らしく笑うだけで、難しいことは気にしていないようだった。しかし晴人の胸の奥には、昼間の映像がふとよみがえる。奇妙な格好で騒ぎを起こす男。誰もが不快そうに眉をひそめるその存在。噂ではポシビリティが高いと言われていたが、行動は愚かで滑稽でしかなかった。


それに対して、目の前の後輩は、特に理由もなく高い数値を持ち、無邪気な笑顔でこの再会を引き寄せている。


「……俺の低い数値と、いったいどこで差がつくんだろうな」


自然に口をついて出た、自嘲めいた呟き。樹は晴人をまっすぐに見て、小さく首を振った。


「わたしは、先輩のことをポシビリティの数値で判断したことはありません。だから、こうしてまた会えて、本当に嬉しいです」


その声音には、一点の曇りもない。ファヌエルも珍しく口を挟まず、ただ二人を静かに見守っていた。


夕焼けが街全体を赤く染めていく。この再会が、偶然か必然か、それはまだ分からない。だが晴人の歩む道に、確かに新しい【縁】の影が寄り添い始めていた。


しばらくこの偶然の出会いについて話をしていると、ファヌエルが口を開いた。


「でもね、晴人。君が偶然だと思っていることの大半は、大抵は偶然じゃないんだよ。人と人が出会うには、それだけの強い理由が積み重なっている。見えない糸があるから、今こうしてここで、樹と再会しているんだ」


「……俺には、そんなふうには思えないけどな」


「ふふ。先輩は昔から、現実主義でそういうことを信じない人でした」


樹が柔らかく笑った。高校時代も、晴人の理屈っぽい言葉を、いつもこうして優しく受け止めながら笑っていたことを思い出す。変わらないその仕草に、晴人の胸の奥は少しだけ軽くなる。


「ほら、やっぱり。樹は必然だと思っているんだ。だからね、偶然と必然は両立する。どちらか一方を選ぶ必要なんてないんだよ」


ファヌエルは得意げに胸を張った。それは、子どもが難しい理屈を説明するときのような、愛らしい仕草だった。


「……お前は、妙に楽しそうだな」


「だって、いいでしょ? 再会って。私は、こういう展開が大好きなんだもの」


樹もつられて笑い、三人の間に穏やかな空気が広がる。


夕焼けは完全に夜へと溶け込み、街灯がぽつぽつと灯り始める。通りには、三人の長い影が並んで伸びた。


「樹。こっちでの生活は、大丈夫か?」


晴人の先輩らしい、気遣いの問いに、彼女は小さく頷いた。


「ええ、まだ慣れないところもありますけど……でも、大丈夫です。わたし、がんばりますから」


その真っ直ぐな眼差しに、晴人の胸の奥に、頼られることへの小さな責任感の火が灯る。


「……そうか」


「それに、もし困ったことがあったら……そのときは、先輩に頼ってもいいですか?」


少し不安げで、それでも大きな期待を含んだ、樹の声。


「もちろんだ。いつでも頼ってくれ」


晴人は即答した。その瞬間、樹の表情はぱっと明るくなった。その笑顔は、黄昏の街のどの光よりも強く輝いていた。


ファヌエルはその様子を眺めて、誰も気づかないように、こっそり小さなガッツポーズをする。晴人がたまたまファヌエルの方を見た時には、彼女はすでに何事もなかったかのような、神秘的な表情に戻していたが。


三人の影は、夜の訪れとともにゆっくりと並んで歩き出す。偶然と必然の狭間に生まれた再会は、まだ小さな芽にすぎない。だがその芽は確かに、晴人の心の中で息づき始めていた。

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