数値の価値と、再会の影
星見市の中心部に位置する、整備された公園。晴人は、ベンチに座り、昼間の陽光の下で広場の大型モニターを眺めていた。
彼は異動、事実上の追放を言い渡された直後であり、しばらくの休みを取るよう指示されていた。しかし、自宅にいても追放された事実が重くのしかかるばかりで、気晴らしに街の散策に出ただけだった。
モニターに映っているのは、またしても全身緑色のタイツに赤い羽根つきの帽子をかぶった中年男性だ。今度は通行人の目をまるで意に介さず、広場の噴水の前で意味不明な歌を叫び、大量の紙吹雪を撒き散らす姿が映し出されていた。その異様な光景は、すでに多くの通行人によって撮影され、いまや星見市内の話題を独占している。
アナウンサーは、この騒動にうんざりしながらも、どこか興奮した声で情報を繰り返す。
「星見市を連日騒がせている謎の男。彼は、自らを【ピーターパン】と名乗っています」
晴人は、缶コーヒーのプルタブを引きながら、思わずため息をもらした。そのコーヒーは、彼の心の中にある苦々しさと同じ味がするような気がした。
「……あれが、ポシビリティが高いとされる人間、か」
周囲では、彼の奇行を笑いながら見ている人々がいる。だが、モニターの下のテロップには、はっきりと【ポシビリティ:極めて高い】という文字が表示されていた。
自分は、そのポシビリティの数値が低いという、たったそれだけの理由で、未来へと手を伸ばす研究所から追い出された。
それなのに、こんな常識外れの奇行にしか見えない男が、【極めて高い】と評価され、全国的なニュースで騒がれる。この街における【数値の価値】とは、一体なんなのだろうか。
晴人は自嘲して、ブラックコーヒーに口をつけた。
胸の奥に、重い自嘲が浮かぶ。彼の存在は、たった一つの数字で決定的に貶められてしまった。それなのにあんな奇妙な人間が高く評価されるのなら、一体何を信じればいいのか。
ふと視線を横にやると、ファヌエルが純白のローブを揺らしながら、じっとモニターを見つめていた。彼女は晴人のすぐ隣に、まるで当然のように立っている。
「彼の可能性の数値は、確かに高い」
ファヌエルの声音は静かだった。それは、天の九番目に連なる者としての、確かな洞察力を感じさせた。
「でも、それは、真に価値あるものと同じとは限らないの。私には、あなたのように、困っている人に寄り添える力や、真面目さこそが、数値では計れない【可能性】に見えるから」
彼女の言葉は、落ち着いていながらも、その眼差しは不思議に無邪気さを帯びていた。まるで、晴人の心を慰めるという行為そのものに、純粋な喜びを感じているかのようだった。
晴人が何か言葉を探していると、ファヌエルはちょこんと晴人の隣のベンチに座り、彼の手にあるコーヒー缶をじっと見つめてきた。
「ねえ、晴人。それ、人は苦いって言うんだよね?」
「……飲みたいのか?」
「うん。少しだけ」
晴人が缶を差し出すと、ファヌエルは好奇心いっぱいの面持ちで、恐る恐る口をつけた。
次の瞬間、彼女は大きく目を丸くし、幼子のように顔をしかめた。
「にがい……」
ファヌエルは小声で漏らし、すぐにコーヒー缶を晴人に返してきた。その一連の素直すぎる反応に、周囲を歩いている人々まで、思わず笑みを浮かべたように見えた。
「はは……だから言っただろ。甘いもんじゃない」
晴人も、思わず声に出して笑う。
「でも、晴人が飲んでるのを真似したかったんだもの」
頬を可愛らしく赤くしながらも、ファヌエルは楽しそうに笑った。
その無邪気な仕草に、晴人の胸の中の重苦しさは、いつの間にか和らいでいた。彼女は、つい先日、暴走しかけた清掃ロボットを直してやった後も、屈託なく笑っていた。そして、こうして人前でも子どもみたいに懐いてくるのだから、彼女を憎むことなどできるはずがなかった。
「……ありがとうな」
晴人はわずかに肩の力を抜き、心からの感謝を口にする。自嘲と苦笑の狭間にあった心が、ファヌエルという異質な存在によって、少しだけやわらいでいくのを感じていた。
その時、一人の長身の女性が、まっすぐこちらに向かってくるのが見えた。
彼女は黒いスーツケースを引きながら、迷いのない足取りでやってくる。高く結い上げられたポニーテールが軽く揺れ、知的な雰囲気を漂わせている。
彼女はすぐに、ベンチに座る晴人を見つけたようだ。
驚きと喜びが混じった、素直な表情を浮かべて、こちらに一歩一歩歩み寄ってくる。
「……樹?」
晴人の声は、驚きと懐かしさから、自然に漏れていた。
福島 樹。彼女は高校時代の後輩であり、何かと晴人を慕ってくれた存在だ。まさか、自分が追放されたこの星見市で、彼女と再会するとは、思いもしなかった。
「先輩……本当に先輩ですよね」
彼女の声が、騒がしいニュース映像の喧騒よりもずっと、晴人の胸に強く響いた。
そして、ポシビリティという数字に囚われたこの星見市で、新たな【縁】が静かに始まろうとしていた。