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追放された青年と、空から降る者

星見市。宇宙へと手を伸ばす人類の挑戦、その最前線として築かれたこの都市は、活気に満ち、常に未来を志向していた。次世代ロケットの実験や衛星の打ち上げ計画が日夜進められ、そして、最も重要な概念である【ポシビリティ】の研究拠点ともなっていた。夜空を見上げれば、実験や観測に伴う光の筋が絶え間なく走り、市民の誰もが、いつかあの空へ届くことを夢見ているかのような場所だった。


けれど、その眩い光の届かない場所もある。そして、光に近づくことを拒否された人間もいる。


「……君の異動は決定事項だ。どうか、私を恨まないでくれ」


宇宙開発プロジェクトが入る研究棟の、人気のない会議室の片隅。プロジェクトリーダーが発した言葉は、決定事項としての冷酷さと、その決定を執行する者としてのわずかな哀れみを含んでいた。


晴人は、ただ黙って頭を下げるしかなかった。


ポシビリティ。それは人が持つ可能性を数値化した、この星見市における絶対的な指標だ。もちろん、本来はあくまで適性を測るための参考情報に過ぎないはずだった。だが、現実の評価においては、その数字が人間の価値を決定づけてしまうことは少なくない。


そして、晴人のポシビリティの数値は、平均を大きく下回っていた。それは周囲から見れば、【宇宙】という危険を伴うフロンティアに立つべきではない、不幸や事故を招きやすい厄介な体質と映るのだ。


「君は真面目だが、人が良すぎる。だからこそ、現場に置くには危ういんだよ。これ以上、君を宇宙事業の最前線に置いてはおけない」


そう【数字を盾に】言われてしまえば、晴人に反論の余地などなかった。彼の努力、真摯な勤務態度、仲間を支える姿勢。そうした人間性を理解してくれる少数の同僚の声は、大多数の【数字しか見ない】人々の前では、あっさりと権威に掻き消されてしまう。


結果、晴人は宇宙事業計画の最前線から外され、単なる雑務要員として別の部署へと追いやられることになった。事実上の追放だった。


「……はは。俺が宇宙に手を伸ばすなんて、最初から無理だったかもな」


夜、重く閉ざされた研究棟を出た晴人は、人気のない歩道で自嘲気味にそう呟いた。上空を見上げれば、空全体に満天の星が広がっている。だが、その輝きは、彼の未来を祝福する光ではなかった。むしろ、ポシビリティが低い人間を拒絶し、冷たく見下ろす、無関心な輝きのように思えた。


胸の奥がジンと痛む。追放された悔しさ、理不尽さ、そして自己への諦念。しかし、不思議なことに、涙は出てこなかった。


おそらく、この未来を心のどこかで予感していたからだろう。彼のポシビリティの低さが、いつかきっと、彼の望む道を塞ぐ。そう覚悟して、彼は生きてきた。


「……帰るか」


両肩を落とし、重い足取りで歩き出した、まさにその時だった。


【ヒュウ】と、空気を鋭く引き裂くような音が響いた。


次の瞬間、夜空を縦に切り裂く、青白い光の筋が目に飛び込んできた。それはまるで、地上を狙って落ちてくる流れ星のようだった。


だが、光は地面に衝突する寸前で急激に減速し、まるで羽でも生えているかのように、ゆるやかに舞い降りる。


晴人は、あまりにも非現実的なその光景に、思わず息を呑んだ。全身の血が、一瞬で凍り付いたような感覚だ。


そこに立っていたのは、純白のローブをまとい、女性の姿に見える、中性的な存在だった。髪は銀色にきらめき、その瞳は深く、吸い込まれるような瑠璃色をしている。背中からは光の羽が広がり、周囲の闇を淡く神秘的な輝きで照らしている。


人ならざる、聖なる存在――晴人はそう直感するしかなかった。


その人影は、ふわりと、どこか冗談めかしたように微笑んだ。


「ねえ、君。ポシビリティ、私に見せてくれる?」


「……え?」


言葉の意味を理解する前に、晴人の心臓が激しく高鳴った。彼女の声は、どこか子どものように純粋で無邪気でありながら、澄み切った知性を感じさせた。


晴人は思わず一歩後ずさる。怪しい勧誘か、疲労による幻覚か、あるいは夢を見ているのか。しかし、白いローブの彼女は、警戒する晴人に構うことなく歩み寄り、ひどく自然な仕草で彼の顔を覗き込んできた。


「人は、みんな可能性を持っている。無機質の石ころだって、未来へと進む道を持っているの。でもね……君のは、ちょっと特別だと思う」


「俺の……?」


晴人は困惑を込めて呟き、彼女の瞳を真正面から見返した。その瞳には、彼を値踏みするような疑念も、何かを企むような打算もなく、ただ純粋な好奇心と、未来への期待だけが宿っているように見えた。


「私はファヌエル。九番目の天使……って言っても、きっと信じないよね。でも、私は君に会うために、この星見市に降りてきたの」


「……天使?」


思わず口にした言葉が、夜空の冷たい空気の中に溶けていく。信じられるはずがない。そんな非科学的な概念は、星見市では笑い話にもならない。けれど、不思議なことに、否定の言葉も、強烈な拒絶も、晴人の口からは出てこなかった。


ファヌエルは、自分の名乗りに驚いている晴人の様子を、嬉しそうに見つめた。そして、胸の前で白い手を合わせる。


「君の可能性、もっと見せて。きっと、面白い未来になるから!」


その無邪気な笑顔と、彼への純粋な期待を込めた言葉を前に、晴人は言葉を失った。


宇宙事業の現場から追放され、【価値がない】と烙印を押された自分に、なぜこんな神秘的な存在が期待を寄せるのか。その意味を、論理的に理解することはできない。


ただ、胸の奥で、彼のポシビリティの低さが開けたはずの穴が、少しだけ温かくなるのを感じていた。


そして……この夜の出会いが、彼の、そして星見市全体の運命を大きく変えていくことになるのだった。

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