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第07話 お家に帰りましょう

私の宿の部屋まで、バリスタードを案内した。部屋と扉がふと空いたかと思えば黒猫が紛れ込んでくる。


「ニャーン」


私は猫を抱きかかえてベットに座りつつ、まっすぐ立っているバリスタードに向かって言う。


「イスに座ったらどう?」


「では、お言葉に甘えて」


彼、バリスタードは、私の実家に仕える騎士の中でも指折りの使い手であり、信頼されている存在である。


ここから北西にある都市ノレントに居をかまえた私の家は、この街を含むユークララス領を治めている貴族の家である。


私ことセナの本名は、セルディア・ルル・ユークララス。


ユークララス家の次女であり、礼儀作法、歴史、魔法、ダンスなど様々なことを教わり、社交界でも、不自由でありながらそつなく生きてきたのである。


心を許したのは、魔法の先生ロハンくらいか。あとは、本に書かれる外の世界の話が唯一の楽しみだった。


そして、家から逃げ出したい理由があった。


「もちろん、私が来た理由はお判りでしょうセルディア様」


「はい。でも、帰るつもりはありません」


「でしょうね」


「私を見なかった、発見できなかったということにして下さい」


「セルディア様のお気持ちもお察ししますが、私にも忠義というものがございます」


バリスタードはそういう人だ。だからこそ信頼されているのである。


私の道は決まっていた。政略結婚である。それが優しい殿方ならまだよかったかもしれないが、悪辣なうわさで名高い隣国の醜悪な男であった。私は体のいいお見上げ、政治的な取引の。


そんな人生は嫌だった。


もし、きっと私が帰らなければ、何かしら問題が起こるのだろう。そんなこと、知ったことではない。


そっと黒猫を私からはなしベットに置くと、どうしたんだと猫はこっちを見上げてきた。


私は、全身に雷撃を薄く走らせる。


「帰るくらいなら、ここで死ぬと言っても?」


「それは、困りましたね」


ほんの少しの時間、じりじりと、身体は電流で傷ついていくが私は構わずにバリスタードをにらむ。


「わかりました。今日は出直しますから、それはおやめください」


そう言われて、私は雷撃をきる。


そして、バリスタードは部屋を出ていった。


バタンと扉が閉まる。


私は、逃げられないのだろうか。


気がつくと、さっきまでいたはずの黒猫もどこかへいなくなっていた。


猫はいいな……自由で。


---


俺は猫になって話を聞いた後、そのままバリスタードの後をつけた。


猫は密かに尾行するのにはとても適していた。なお、以前の失敗から学び、オスの黒猫になっている。


まだ発情期らしく、メス猫になるわけにはいかないのだ。ん、なんかいつも以上にムラムラする。


宿を出て、バリスタードは街を迷いなく進んでいくのを後をつける。


自分でもどうしたものかと思う。


あの場所で、セナことセルディアに変身を解いて聞き出してもよかったが、まぁ、たぶんどうしようもない気がするのである。


ひとまず、情報を集めることを優先した。


データ採取と言うのは大切である。情報がまだまだ集められるのに、少ないサンプル数できっとこうだろうなどと類推で判断しては間違う。


それは、科学ではよくあることだった。


バイアスというのもある。今はあの場所で聞けた情報しか俺は持ち合わせていない。


時間制限はあるかもしれないが、やれることはやっておきたいと思う。


ま、可愛い子はほっておけないよね、と言うのもあるし、この世界に来て、最初に出会ったのがセナで、生きるための下地は彼女がくれたものである。


もし、彼女と出会わず、運悪く街とは反対側に俺が移動してしまっていたら、野垂れ死にしていたかもしれない。


運よく街にたどり着けたとしても、今度は、運悪く、大衆の前で変身してしまい、魔族だなんだと騒ぎになって大変になっていたかもしれない。


そういう意味では、セナとの出会いは幸運だったのだ。


猫でい続けられる時間がどれくらいか、分からない不安要素もあるが、バリスタードの宿までたどり着き、俺はひっそりと潜り込んだ。


部屋は1人用で、質素なものだった。


彼は装備を脱ぎ始め、楽な格好になっていく。


入ってしまえばこっちのものだろうと「ニャーン」と声をかける。


「むっ」


と、バリスタードは真剣な顔をし、瞬時に俺とは反対側に移動し俺をにらみつけた。


その動きはただものではなかった。まさに神業、ともすると、次の瞬間、首が飛んでいるかもしれない。彼は近くの短剣に手を伸ばしていたのである。


怖っ!


瞳孔が開き切って、にらみあいがしばらく続く。


ふと、彼は体制を直して立ち上がり、俺から視線を離さないまま、一呼吸した。


「ニャーン」


「餌はやらんぞ」


どうやら、大丈夫らしい。


ふと、バリスタードはかがんで床に手を這わせるようにだしてひょいと俺の頭をなではじめた。うむ、苦しゅうない。


「ふぅ、うちの猫が帰りたがらないのだが、どうしたらいいと思う?」


と、なんと話しかけてきたのをとりあえず「ニャーン?」と首をかしげながら相槌を打っておく。


「セルディア様は、隣国デファードのとある貴族に嫁ぐことになっているのだが、たいそうお相手をお嫌いでな。帰りたくないと言われてしまった」


ふむ、そう言いながらも彼の猫をなでる手つきはなかなかに素晴らしく、ここちよい。上半身の極上マッサージだ。こいつ、やりおる!


「さて、ここで強引にセルディア様を気絶させたりしてでも連れ帰っても、ことは上手くいかないと考えている」


ほほう、そこ、そこいい、おっ、もっと、もっと!


「セルディア様は、人がいいし、基本的に周囲に合わせる。しかし、こうだと決めた時の行動力は尋常ではない。魔法使いの先生をねだったときもそうだった……」


おぉ、まて、ヤバイ、その手つき、話に集中できない、おわわわ。


「私は最悪、嫁いだ後、セルディア様は夫を殺しかねないくらいの人だと考えている」


「ニャーン」


にゃーん? それってまぁ、それくらい思い詰めていのくわあわわわあわ。


「いっそ、見つかりませんでした、とした方が、自体としては最悪な結末にはならないとも考えられる。とはいえ、私が勝手にそんな判断を下す、というのもいただけないだろ?」


ふと、バリスタードは俺をなでる手を止めた。


真剣な表情だった。


もっとなで回されていたい欲があるが、まてまて、うむ、そうだ、危ない、目的を見失うところであった。この、猫たらしめ。


しかし、この男、セナのことをよく見ているし、先のこともよく考えている。それでいて、忠誠心に厚く、立場が違えば、仲良くしたい人物ではないかと思う。


セナには自由に生きて欲しい。冒険者、もしくはその先に望むものを育て、選択し、勝ち取ってほしいと思う。


ただ、あまりにひどい考えかもしれないが、人間であると同時に俺はどうしても科学的な、論理的な見立てをしてしまう。


俺の今の判断、考えは、全て、セナと過ごしたなかで、知っているセナからの結論だ。


バリスタードのことや、セナの実家の人達の真意などまったく持って知らない。


政略結婚というのも、ミクロで見れば嫌なものだろうが、はたして、マクロな視点で考えた時、ただの情だけで判断していいのか、いや、判断するにしても、それを知ったうえで判断したい。


そう、何も知らずにやったことで、戦争が起きた、なんてことはそれはそれで嫌である。


介入するのであれば、責任はとるべきだ。


だからこそ、政略結婚がなぜ必要なのか、知らずして、セナがとりあえず可哀そうだから逃がしてあげようと判断するのは、早いのではないだろうか。


それは例えるなら、唐揚げのレモンと同じなのだ。


何も聞かずに、闇雲に親切だろうと、出された唐揚げにレモンをかけるような行為を俺は許せない。


俺は、レモンは駆けない派である。


確認しろ!


まじで!


確認もせず、親切心でやってしまったから許される、などと言う甘えた考えは嫌いなのだ。


「そうか、答えてはくれぬか。いや、それが正しいのかもしれん」


ふと、バリスタードは目線をはずして窓の外を見上げて言った。


「ニャーン」


もちろん、どんな物事も、数学の問題と違って、情報不足で正解が分からないことだってあるだろう。


ま、あと単純に、セナの実家を見てみたい、という思いもあったりするのだけどね。


いやぁ、見てみたいじゃない、セナのドレス姿とか。


うんうん、ひとまず今日は退散としよう。


ということでドアのところへと向かっていくと、紳士なバリスタードは何も言うこともなく扉を開けてくれた。


それにしても、危うく人間性を捨て去り猫の本能が発芽するところだった。危ない危ない。


なでられるのが心地よいのか、それともバリスタードが猫に馴染みがあるのかわからないが、気を付けなければなるまい。


そう考えながら、俺は部屋を出た。


さて、帰ったら変身についていくつか確認をしておかないと。


---


不思議なことになった。


俺は今、セナ、バリスタードと共に、薬草の採取をしている。冒険者ランク1の依頼である。


バリスタードともあろう強者が、薬草を集めているのだから妙な状況である。


と言うのも、セナを連れ帰るかどうかはいったん保留となった。ただ、生存と場所の報告はなされ、人員がこの街にやってくるまでの猶予期間ということらしい。


セナの実家である都市ノレントまでは距離がある、往復で早くても1カ月ほどは時間があるだろうということだ。


そして、バリスタードはセナがこれ以上逃げないように、同行してよいなら、この街での行動はとりあえず自由としたのである。


そうなると、パーブル達と一緒にというのもまた微妙ということで、また俺と一緒にランク1の依頼に戻ったのである。


「アスマ殿は、気がついたらということでしたが、ここでの生活は大変ではないですか?」


「まぁ、ギリギリなんとかなってますかね」


「セナ様とは、親しくしていただいていますし、もし、戻るとなった場合、一緒にアスマ殿の仕事を紹介することもできるかもしれませんよ」


おぉ、こいつ、バリスタードやりおる、外堀である俺から崩しにかかってきたのだ。


ちなみに、セナの名前で彼がセルディアのことを呼んでいるのは、街でこれ以上、騒ぎにしないためだ。


「もし、そんなことになったらお願いしますけど、いいんですか、どこの馬の骨とも分からぬ人間を招いても?」


「セナ様の人を見る目を信じておりますから」


なんともまぁ、できた返答である。


「もう、私は帰る気はないからね」


「まぁまぁ、いいじゃないですか。それに、アスマ様だけ、ということもあり得ます。武術も魔法も、文字の読み書きもご不便されているようですので、彼にとっては良い縁かもしれません」


「さすがに、俺だけ向かう気はないけど、やるとしたら何をさせられるんだ?」


「一通りやってみて判断、ですね。武術も経験がないだけで才はあるかもしれませんし、私はあなたには何かある、と考えています」


何か、とは何なんだろう……まさか、変身能力が見透かされてるとかそんなことないよね?


そんなやり取りをしつつ、俺たちは冒険者ギルドへ戻り、受付で料金を受け取ったそんなところ。


「おい、バリスタードとやら! セナちゃんを連れ帰るってんなら、俺と勝負して勝ってからにしろ!」


そう怒鳴ってきたのは、パーブルである。


それを、涼しい顔でバリスタードは見返した。


「何の勝負でしょうか?」


「もちろん、騎士なら剣での勝負だ!」


「かまいませんが……」


うん、なんとなく、バリスタードの言いたいことは分かる。


かまわないけれど、バリスタードが勝ったからと言って、これ、べつにセナが心変わりするわけじゃないから、バリスタードとしては厄介ごとが増えただけだよね。


「私が勝ったら、アルミナの盾の皆さんが私の配下に加わるということでしたら構いませんよ。あ、もちろん、1対1とは申しません。アルミナの盾の皆さんで挑んでいただいて構いませんよ」


と、おいおい、なんという余裕っぷり。一体どれだけ自信があるのだ。


パーブルは仲間を見渡して確認をとる。


「分かった、いいだろう」


おい、OKしちゃったけど、これ、マジでどうなるんだ?


さすがに4対1とか、え、勝負になるの?


そんなに、バリスタードさんってお強いの?


ええ……?

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