表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/44

第05話 やっぱり肉は最高だ

冒険者ギルドでのいつもの待ち合わせ、俺はいつも通り5分前行動で到着していた。


それができなかったのは、あの変身解除できない事件の時だけである。


待っているととぼとぼと、セナがやって来た。その表情はどことなく緊張感が漂っている。


「ごめん、アスマ、今日は、他のパーティーに参加したいの」


確か昨日、パーブルがそういう誘いや、やってみたらどうか、と言っていたな。


「そうか、俺としちゃ可愛いセナと離れるのは寂しい限りだが、気にするな、頑張ってこい」


寂しい、という言葉に、セナは申し訳なさそうになりつつも、可愛いと言われたことでのむず痒さから、ちょっと心が混乱する。


「あ、うん。アスマは一人でやれる?」


「いつもやってるのを一人で頑張ってみるさ」


さて、セナが心配で、猫になってついていきたい、という心持はないではないが、それ以前に、俺は自分のことがまずちゃんとできるのか、という状況だったりもする。


一人で稼げるようになれば、はれて馬小屋から卒業、安宿での生活も夢ではない。


それに、セナにとっては、他の人達との交流というのも大事だと思うし、失敗したらしたで、フォローすればいいじゃないかと。


そうして今日受けた依頼は、猫探しの依頼だった。


ということで、街を調査して探し始めた。


なんでも、飼い主いわくここ数週間もどってこないらしい。毛並みはちょっとボサボサな三毛猫で、緑の首輪がついており、分かるとのこと。


いつもの薬草と勝手が違うこともあって、どうしたものかなと思った。


やっかいなのは、探している猫自身も移動をするということである。ここを探したから大丈夫、とはできない。


猫になったときに、猫の匂い、どの猫がどこの縄張りなんだなぁみたいなのを感じたりもできたわけだが、今は発情期であるし、猫になったら連れて持っていけない。


部分的に、そう、鼻の嗅覚だけ、猫になれたらいいんだけど、そんな都合のいいことができるのだろうか。


ふと、鼻だけ猫になりたいなと思い描いて変身してみるとあら不思議、できた。


ふむふむ、なるほど、猫の移動経路が匂いで丸わかりだ。こりゃ探しやすそうだ。


善は急げ、ということで、猫の鼻の嗅覚を頼りに、街の猫を一体ずつ見つけていく。すると、奥まったところに足をケガをした目的の猫がいた。


「おぉ、よかった大丈夫ではあるな、とりあえず飼い主さんのところに連れてってやるからな」


と、猫を抱きかかえて、飼い主のところに向かう。そのときには鼻の変身は解除しておく。


飼い主にケガについて言うと、街のいつも世話になっている獣医さんがいるそうで、そちらに見せるとのこと。


こうして、冒険者ギルドの受付にいき、初の一人での依頼達成が完了したのであった。


うん、めでたいね。


とはいえ、なかなかに賃金は安い。早くランク2になりたいところだが、それはそれでついてける自信がない。


そうなのだ。変身能力がありとて、魔族に間違われてはかなわないから、大っぴらに使えないし、それ以外に受けている恩恵は、視力が良くなったこと、会話が通じることくらいなのだ。


体力はつけているが、武術はさっぱり、魔力は無いと来た。セナに変身した時に魔法が使えそうだったが、自分の姿ではダメだろう。


つまり、冒険者として雑用以上の活躍ができるかと言うと難しいのである。


冒険者以外の道もある。といって、肉体労働は向かない。無理してやることはできるがどこまで持つか分かったものではない。もともと頭脳派なのだ。


そして、頭脳派でありながら、この世界の読み書きが困難なのだ。


つまり、詰んでいる。


チェックメイトだ。


このままランク1の雑用ばかりというわけにもいかない。そんな生活は嫌だ。うーん、といって、いまさら武術なんてやりはじめても無理だろう。


うーん、困ったね。


---


私は朝起きると、両手を大きくあげて伸びをした。


寝ぼけた寝間着のまま、魔法の杖を手に取って、桶に水を出現させる。


愛用している杖は、魔術の家庭教師の先生からの借り物である。そう、そのはずだ。古い名品で本来の私では手が届かないような代物である。


こう言われた「これは君に貸してあげる。しばらく必要だろう。いつか返しに来てくれ」、そんなふうに。


杖から手を離し桶の水で顔を洗う。少し目がしゃっきりしてくる。


どうしようかな。


悩んでいることがある。


アスマ以外とのパーティーへの参加、についてである。


昨日、パーブルに言われていた件だ。良かったら明日、つまり今日とかどうかなと。


パーブル自身は、押しが強くてちょっとしどろもどろになってしまって、流されていいのかとも思うが、彼の言っているように、他の人脈も大事だと思う。


服を着替えて、杖を持ち、冒険者ギルドへと向かう。


でも、


アスマは怒らないだろうか。


約束だったはずだ。私の手伝いをしたら、一部を分け前にすると。うん、なんだか裏切るようで胃のあたりがギリギリとする。


怒られるんじゃないだろうか。そんなアスマを見たくない。


嫌われるんじゃないだろうか。そんな態度をとられたくはない。


ただ、せっかくのチャンスでもあると思う。まだランク1でしかない私に、パーティーを組ませてくれるランク3の冒険者さん達。


きっとアスマは冒険者ギルドに行けば、先に待っているのだろう。彼はいつも早い。


来なかったのは、あの変身解除ができなかったときだけである。


ほんの少し、歩く足が遅くなる。


パン屋の店主が生地をこねながらあくびをしていた。


見慣れた八百屋の娘が、大きなカゴを抱えて店先を掃除している。


そんな日常の風景の中、私の足取りだけが、妙に重かった。


マスマとずっと、ではダメだろうか。


ダメだろうなと思う。


私は自由が欲しい。だからこそ、そう、ちゃんと自立できなければいけない。


ならば、アスマに頼ってばかりではダメなのだ。


あと、実際に、経験豊富な冒険者の仕事を見てみたい。


どんなふうに戦場で振舞うのか、探索では、移動中は、そんなことも私が知っているのは聞いた知識だけなのである。


だからこそ、一歩進もうとギルドの扉を開いた。


やっぱり彼は待っていた。


「おはよう」


そうアスマが言うのに応える。


「おはよう」


さて、言わなければ。大丈夫かどうか、わからないけど、うん、言わないと……


「ごめん、アスマ、今日は、他のパーティーと参加したいの」


言った。言ってしまった。


恐る恐る彼の顔を見る。


わりと、平然としているようだが、本当のところはどうなのか……


「そうか、俺としちゃ可愛いセナと離れるのは寂しい限りだが、気にするな、頑張ってこい」


また、可愛いだなんて言われた。本当に彼はよくそんなことを言う。なんとも恥ずかしい。ただ、嫌いではないが、そんな彼との同行を断るというのが、なんだか気分を暗くさせる。


でも、本当に良いのだろうか、アスマは大丈夫なのだろうか?


「あ、うん。アスマは一人でやれる?」


そう聞いてみると、


「いつもやってるのを一人で頑張ってみるさ」


まるで、たいしたことないと答えられてしまった。


それはそれで、なんだかショックだった。


ほんの少し悲しい。


私って、いらなかったのかな。


平静を取り繕いながら、私は、ただ、こう言うことしかできなかった。


「頑張ってね」


---


パーブルのパーティーに入れてもらった。


彼は、騎士、前衛で簡単な魔法も使えるそうだ。もう一人は、探索役の短剣持ちの、狼獣人族の軽戦士ジョニー。そして、治癒魔法に長けたシーラという女性の三人である。そこに加わる。


よく組んでいるメンバーは、実はもう一人いるらしい。魔法使いのウェルゴーというエルフだが、他の長期の依頼の助っ人として抜けているのだとか。


パーティー名は『アルミナの盾』である。


「というわけだ、今日はセナが一緒に来てくれる」


「よろしくお願いします」


「なるほど、ということは、今日は軽めのがいいかな」


と言うのは、ジョニーさんだ。


「そうね、ちょっと前から貼ってある、ランク2のナッドウルフ退治はどうかしら?」


そう言われると、なんだか恐縮してしまう。私にあわせて、ランクを下げてくれるというのである。いいのかな。


「おう、いいんじゃないか。どうだ、セナ」


「は、はい。いいと思います」


本当にいいのかはよく分からない。


「まぁまぁ、肩の力を抜けって。とりあえず、嬢ちゃんは何ができるんだ?」


と、ジョニーさんが聞いて来たので、雷撃魔法が得意なこと、どこまでできるのかと、少しの風圧魔法と防御円の魔法を伝えた。


「そうだなぁ……まずは、嬢ちゃんには、俺やパーブルが前に出てない最初は、二発でいい、雷撃をとりあえず撃ってくれ。当たればラッキー、そんな感じで。その後、たぶん、混戦してると狙いにくいから、可能だったら、パーブルと魔物の動きを見て、防御円の魔法を頼む。これでいいだろ?」


「わかりました」


「ま、最初は、とっさの防御円とか難しいらしいから、ウェルゴーがいたらもっといいアドバイスや指示ができるんだろうが、今日はこの辺かな」


そんな話をした後、受付で依頼を受領し、外へと出た。今日は西門から出るらしい。


塀の外側の畑を襲うナッドウルフがいるとのこと。


ナッドウルフは中型の犬のようでいて、攻撃的。ややすばしっこく、人を見れば襲ってくるので危険である。


西門へ向かう道すがら。


パープルさんとジョニーさんを中心に、自分たちがランク1だった時の話をいろいろとしてくれた。


そうして門を越え、目的の場所、荒らされた畑にたどり着く。


「どうだジョニー」


「うーん、数日たってはいるから、足跡は薄いが、匂いは十分だ。すみかを探そう」


こうして、ジョニーさんを先頭に進んでいく。


「近づいているから、ここら辺からは用心しておいてくれよ」


といわれ、私は杖を持った手の力を強める。


隊列は、戦闘がジョニーさん、シーラさん、私、最後にパーブルさんである。後ろの警戒なども考えて、こういう構成なのだとか。


ほどなく、グルルルルとうなり声が複数聞こえてくる。


「あの岩の裏だ、セナ、出てきたら撃て、外れてもいい」


じわじわと、前に進んでいく。


ふと、うなり声の主が岩陰から顔を出した。


それに驚きつつも、もう、魔力を練り上げるのもイメージも準備ができていた。


ナッドウルフに向かって雷撃を放つ!


「えい!」


その一撃が命中するも、致命傷にならず。もう二匹が出てきた。


「どっちでもいい、セナ、もう一発!」


というジョニーさんの指示に従って、放つも、今度はよけられてしまう。


「よし、後は任せろ!」


と、ジョニーさんが先陣を切り、パーブルさんが続く。


次、えっと、何するんだったかな。


あざやかに、危なげなく二人は三匹のナッドウルフを狩っていく。


「とうりゃ!」


と、パーブルさんが一体葬り、ジョニーさんも二体を葬った。


あっという間のできごとで、何かをする、というスキマが見当たらなかった。


これがランク3の実力なのかと思うと、驚嘆した。胸の奥が熱くなる。


反面、私ができたことはいったいどうだったのだろうと思う。


二人はケガもしていないようだった。


シーラさんは、


「今日は私の出番がなかったわね。ま、ケガしないのが一番だし」


とのこと。


こうしてギルドまでもどり依頼は無事終了、ナッドウルフも解体屋さんにおろすことができた。


その後、せっかくだから一緒に夜の食事をしようということになり、今度は違うお酒が美味しいという賑やかなお店に入った。


「セナちゃんはこういうお店ははじめて?」


「は、はい」


「ということは、お酒は?」


「飲んだことないです」


「じゃぁ、せっかくだ、ちょびっとだけ飲んでみ」


ということで、うながされるままビールなるものを飲んだ。泡がぶくぶくで、体を熱くするような不思議な感覚があった。


「どうだ?」


「よくわかりません」


「あんまり、ぐびぐび付き合わなくてもいいわよ」


と言うのはシーラさんだ。


「そうだが、酒の失敗なんて早めにすましておくもんだ」


と、ジョニーさんがお酒を一杯飲みほして次を頼んだ。


「セナちゃんどうよ、このまま俺達と組むってのは。まぁ、いきなり決め切らなくても1週間、体験みたいにってのは」


誘われるのは嬉しいし、勉強になる気がする。でも、私でいいのか、とも思えば、アスマのことも気がかりだ。


「私でいいんですか?」


「もちろん。一発目当てられたんだし、順調に伸びていけば、ランク2も早いんじゃないかな」


どうしよう。


「その、いつも組んでいた人に相談してもいいですか」


「構わないぜ」


その後、晩御飯はなんだかんだ盛り上がった。


いいなぁと思った。まだ、私自身は溶け込めているとは思えなかった。でも、そう、自由というかなんというか、和気あいあいとした雰囲気が良かった。


表だけ着飾って、本心は隠してのあのような場所と違って――


---


俺は天才だ。


そう、発想が素晴らしい。


今回得た収入、それは一人で初めて達成した料金でありいつも以上の金額である。うん、なかなかいい。


しかし、それをどう使うかではない、もっと頭の良いこと、理知的で、科学的で、的確で、聡明な妙案を思いついたのだ。


この銀貨を全て使って、ではない。


もっと少なく、それでいて今まで以上に、効率的に満足する食事を思いついたのだ。


今日、歩いてよく見かけたのは、猫にネズミの肉などのかけらをあげている人たちである。


というわけで、料理されたネズミの肉をほんの一口買う。うむ、美味しそうだ。これまで肉は食べてなかったからな。


え、一口で十分かって?


甘いな。それは、はちみつもびっくりなくらいの甘い考えだ。


ともかく、俺はいつものねぐらである馬小屋へと向かった。


そして、馬から少し離れたところで、先ほどかったネズミ肉を床の上の皿に置いて、猫に変身する。


「ニャーン」


はむはむはむ、はむはむはむ。


美味い!


しかもたくさん!


おぉ、食べきれるかな!


こりゃいい。


そのとき、すぐ近くの馬がこちらをじっと見ていた。


……な、なんだよ。猫が肉食ってたって、いいだろ?


馬のいななきが聞こえるが気にしない。


いやいや、めっちゃくちゃ満腹感があるぞ。


俺は一心不乱にかじりつく。久しぶりの肉、上手くないはずもない。しかも、猫サイズからしたら超特大なのだ!


「ニャオーーーン!」


ひとしきり食べ終えた俺は、元の姿に戻った。


ふぅ、食べた食べた。


お、しかも、もどっても満腹感は変わらないみたいだ、不思議であるが、何と都合のいい。


逆に言えば、変身した姿で傷を負ったら、たぶん、同じように戻っても傷を負う、ということなんじゃないかと思う。


いいね、変身能力。


強さはないが、家計にとてもやさしい。だって、猫のご飯代で毎日が済むんだぜ。


しかも、猫として味わえるからちゃんと美味いし。


いっそあれか、さらに小さくネズミになってみるのも、いいのかもしれないな。はっはっはっは!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ