第03話 そのイタズラに雷撃あり
変身がとけない馬小屋の隅に潜むことほどなく、もういつもの冒険者ギルドでの待ち合わせ時間はとっくに過ぎているころ。
やばい、まずいなぁ、セナ怒ってるよなぁ……と言って、この姿がどうなっているか、俺はまだよく知らないんだけど、この状態で出かけるわけにもいかないし、何をどうしても変身は解けそうにない……困った。
ほどなくして、馬小屋の扉があけられる。
「アスマ、ここにいるの?」
と、なんともか細い声でセナが入ってきたのである。
セナを確認して、大丈夫そうだと思って顔を出す。
「はい」
「ちょっと」
と、セナと視線が合わさり、そしてセナはどういうこと?みたいな、表情で固まった。
「あのですね、変身が、解けないんです」
「はぁ」
セナは落胆するかと思ったら、なんか安心したようだった。いやいや、安心ってどういうことだ。こっちはピンチなんだぞ。
「変身力を毎朝つかいはたしてたんだけどさ、なんだか最近調子いいなーと思ってたのよ。で、今日なんと、解けなくなっちゃった」
「ふーん」
そんなに、ジロジロ見られても、というか、どうせなら、自分がどうなってるのか検分したいところであるしょぞん。
「魔法でもあるのよ、慣れてくると逆にオフの仕方が分からなくてってのは」
「どうすればよいでしょう?」
「いつ切れるか分からないから、この状態で外に出るのは危険ね。いざというとき、私の双子の妹としたとしても、その問題が残るわね」
すこしセナは思案した後、何か思いついたのか、言った。
「ひとまず、別の人にはなれるの?」
「例えば?」
「とりあえず、ギルドの受付の人」
と言われてみたので、思い浮かべてみて心のスイッチをオンにすると、ふわっと全身を染め上げる感覚がヒトめぐりしてほのかに周囲が光る。
「他の人にもなれるみたい、だけど、これでギルドに行ったり外行くのも……」
「いつ解除されるか分からないね」
というか、解除されるんだろうか?
「解除されそう、みたいな感覚とかはあるの? ほら、もうこれ以上歩けないなーとかそういう感じ」
「それは、終わり際に少しあった……けど、残り50%みたいに明瞭に分かる感じではない」
「では、もっと他の人になれるか試してみましょう」
ということで、最近見知った人達を思い浮かべてはコロコロと変身していく。
「しゃべり方さえ真似れば、完全に見分けはつかないかも」
しかし、いくら他者に変身してみても、まぁ、それはそれでできてしまっているらしく驚きつつも、解除の感覚が一向に見当たらないのである。
スイッチのオン、オフ、そんな沼から抜け出せない、オフのボタンが見当たらない不可思議な状態である。
よくある家電製品などでは、一回押すとオン、二回目押すとオフ、みたいに交互に切り替わるものもあるわけだが、どうもそういうものではないらしい。
「一つ思ったんだけど、自分に変身してみるってのはどうなの?」
「なるほど」
その提案に基づき、これまでの要領で自分になりたいと願いながらスイッチをオンにすると!
全身のふわふわ感が収束し、ふわりと輝くと、不思議な変身中の感覚が消え失せ目線の高さが戻った。
「戻ってる?」
「うん、戻ってる」
おぉ、すごい、そして、なんということだ、そんな仕様思いつかないだろう。この世界に神様がいるのだとしたらもっとわかりやすく説明書を用意するか、アフォーダンスにもとづく自然と解除の方法もわかるようにしておいて欲しいものだ。
まさか……変身先を「自分」に指定することで解除とは。そんな回りくどい仕様、普通は思いつかないって。
ともかく、
「ありがとう」
「いえいえ」
こうしていつものように、冒険者ギルドにおもむき、依頼を受けた。
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「てい!」
セナの雷撃がグネムを襲い、はらりとグネムがまとっていた草がこぼれおち黒い本体だけになった。
まだ、恐怖心はあるようだが、少し慣れてきたらしい。
「お疲れさん」
ふぅ、と落ち着きつつも、最近とある欲望にさいなまれている。それは、イタズラである。
これまで、Web小説を書くことで、ドッキリを仕込んで発散していたわけであるが、そうしたことができなくなって久しい。
そのうえで、イタズラをする対象がないかというと、目の前にいる。セナだ。
うん、おっぱいタッチして、驚く、そんな表情を見てみたくもある。
だがしかし、それは難しい。
というのも、彼女は俺にとって生命線であるからだ。そう、この世界で生きていくための生命線である。
セナがいなければ……ん?あれ?
生命線、なのか?
今、冒険者としてランク1で依頼を受けているわけだ。依頼リストは文字が読めないが、受付の人に相談すれば何とかなるのかもしれない。ここの世界の識字率は高くない。受付の人にちょうどいい依頼がないか、なんて聞く人も多い。
つまり、つまりだ。
もし、セナに嫌われてしまったとしても、俺は生きていける?
いや、そもそも、イタズラできるなら死んでもいいのではないか?
ん、そうか、俺は自由だ、これが現実であろうと、もうあの元の世界の敷かれたレールからさよならしてせっかく楽しくなんでも失うものもなくなったというのに、自分を束縛してどうする。
そうか、そうだ、そうだったのだ。
セナならもしかしたら雷撃で俺を消し炭にしてしまうかもしれない。しかし、しかしだ。
考えても見てほしい、ことを成した瞬間の、直後の、リアクション! 見てみたいとは思わないか!
だがしかし、それはやりすぎなのかもしれない。
であるなら、次の案、実は今日、まだ変身の余力は残っている。
ならば!
その思考は俊足となり、行動力はギア1から一気にギア5へと駆け上がり、さっそうと俺はセナへと変身した。
その瞬間、セナはきょとんとしていた。
次の瞬間、俺は自身の胸をもみもみとする。
「ちょっと何してんのよ!」
顔を真っ赤にしたセナの雷撃が俺を襲った。
ガガガガガガガ……
彼女の顔を見上げれば、顔を赤らめた羞恥と、困惑と怒りのいりまじった表情はこの上なく最高に言いリアクションである。
「君のその表情が見れて俺は本望だ」
「何をわけのわからないことを!」
と、胸を手で隠したセナはさらなる雷撃を俺にふりそそがせる。
手加減されているのか、痛いながらも死にはしない雷撃に全身をあびせられながら俺は勝利に酔いしれる。
「ふふはははは」
俺の笑みを見た、セナはさらに雷撃を強める。
「へんたい!」
と叫びつつも、セナはそっぽを向いてそれ以上の雷撃は撃たなかった。
「……まったく……」
小さくそうつぶやいたのを、俺は聞き逃さなかった。
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街に帰る道すがら。
「それにしても、あなた、私に変身して変な商売とかしてないでしょうね?」
変な? と考えたが、あぁ、まぁセナは可愛いからなぁ、冒険者ギルドでもよく誘われてるし。
つまるところ、夜の、みたいなそういうやつだろう。
「してないよ。もししてたら、そもそもなんで貧乏生活してるんだって話じゃない?」
「そっか」
「それにだ。それって、俺も体半分売ってるのと同じだし、ある意味で、俺としては男どうしなわけで、気持ち悪すぎる」
「そう、なら良かった」
「でも、なんで他の冒険者の誘い断ってんだ?」
「それはほら、まだ、グネムですら、私一人で対処できてないし、そういうの、見せたくないじゃない」
プライド、というのだろうか。確かに、他の冒険者に知られて、笑い者にされるというのは嫌であろう。
「そういえばアスマは故郷には帰りたくないの?」
「どうでもいいかな。他人に敷かれたレールをそうすべきだとやらされる人生って楽しいか?」
「あー、うん、わかる。窮屈よね」
「そうなんだよな。でも、帰りたいって気持ちも少しある」
「どうして?」
「衣食住だな。こっちの世界の蒸し風呂は性に合わないし、食べ物や、寝るところ、などなど、たとえどんなに金をはたいても、故郷のものには敵わないだろうからな」
「そうなんだ。もしかして、アスマっていいところの家?」
「お金持ちかどうかでいえば裕福ではあるんだろうけどな」
「ふーん」
「セナはなんで冒険者に?」
「私も、決められた人生が嫌だったから。それで、出てきちゃった」
「あらま、家出少女ですか」
「ねぇ、もし私を連れ戻そうって人達が現れたらさ、身代わりになってくれたりしない? きっと、今よりは美味しい料理も食べれるわよ」
「うーん、でもそれって、男の人に嫁ぐことになって、ってことだよな?」
「そう」
「それは嫌だ」
自由でいたい。いっそ、異世界に来たのだとしたのならなおさら、自由を胸に死んでやりたいと思う。
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その日の晩、取れない全身の痛みに苦しんでいた。
激痛ではないものの、セナからの雷撃の痛みがヒリヒリと体中を循環しているのである。
今日、寝れるかな……
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それは遠くの遠くの深い迷宮の奥底。
3体の文様輝くゴーレムと、人ならざる者たち大勢とが戦っている。
彼らは、魔族と呼ばれ、悪魔の翼をもち、闇に染まった皮膚と、醜い顔に、いびつな手を持つ。
周囲の壁にも文様があり、ゴーレムとおなじ青白い輝きが放たれている。
そんなおり、魔族の一人が、情感と思われる、人の姿である存在に進言する。
「手ごわいです。吸魔装置の起動は後にした方がよかったのでは?」
その言葉に、顔色を変えることもなく、人の男、老人の姿のそれは戦いから目をそらすことなく告げる。
「ふむ、この場での我々の弱体化は別の仕掛け……とはいえ、迷宮に活力が増しているのも事実か」
前方では、魔術の業火や巨大な鉄槌の一撃を魔族たちが放つのを、雄々しく耐えたゴーレムと、そのスキを狙うように別のゴーレムが肩からレーザーを放ってくる。
「停止されますか?」
戦闘は膠着している。魔族側は何体かゴーレムを倒したものの、時間をかけすぎて、ゴーレムが生産され、倒し切れてはいない。
「あれはろうそくの火のように、簡単につけてはけしてをできる仕組みではない。それに、それをやったのは五年も前の事、予見できるものではない」
そしてまた、魔族たちの前に、一体のゴーレムが新たに奥からやってくる。
「まったく、ドワーフとエルフが結託した時代というのは恐ろしいものだ」