表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

第二章 異変の兆候

あの日の公園でのシャボン玉は、確かにきらきらと輝いていた。ひかりの笑い声が、風に乗って遠くまで響き、健一も美咲も、そして悠人も、その光景がいつまでも続くものだと信じて疑わなかった。しかし、その輝きの中に、いつの間にか、小さな影が忍び寄っていた。


最初は、些細なことだった。


ひかりが、時々「お腹が痛い」と訴えるようになった。美咲は「遊びすぎたのかな」「冷えちゃったかな」と、市販の胃腸薬を飲ませ、温かいお茶を淹れた。すると、ひかりはすぐにけろりとした顔で、「もう痛くない!」と元気いっぱいに庭へ飛び出していった。そのたびに、美咲は安堵の息をついた。


しかし、その頻度が少しずつ増えていった。


ある日の夜中、ひかりが突然、高熱を出した。健一と美咲は慌てて夜間救急へ連れて行ったが、医師の診断は「夏風邪でしょう」というものだった。点滴を受け、熱はすぐに引いたものの、ひかりの顔色はどこか冴えなかった。それでも、翌日には「お兄ちゃんと鬼ごっこする!」と笑い、美咲は「子どもの回復力ってすごいな」と感心するばかりだった。


夏が終わり、秋風が吹き始めた頃。ひかりは幼稚園で描いた絵を、美咲に見せた。クレヨンで描かれた家族の絵は、健一、美咲、悠人が大きく描かれ、ひかり自身は、一番小さく、少しぼんやりとした輪郭だった。


「ひかり、お絵かき、疲れたの?」


美咲が尋ねると、ひかりは首をかしげた。


「ううん。でも、なんか、いつもより手が動かなくて……」


その言葉に、美咲の胸に微かな不安がよぎった。最近、ひかりはすぐに疲れるようになった気がする。これまで当たり前だった散歩の途中でも、「抱っこ」とせがむ回数が増えた。食欲も、以前ほど旺盛ではない。美咲は、インターネットで子どもの疲労や食欲不振について調べ始めた。出てくる情報は漠然としたものばかりで、具体的な答えは見つからない。しかし、そのどれもが、美咲の不安をさらに募らせていった。


健一もまた、ひかりの些細な変化に気づき始めていた。週末の公園で、健一が「ひかり、かけっこしよう!」と誘っても、ひかりは「ちょっと休んでから」と、ベンチに座り込むことが増えた。健一は「大きくなったら、もっと速く走れるようになるからな」と笑って流していたが、ひかりの表情に、時折見せる疲労の色が、健一の心の奥に小さな違和感を残していた。


美咲は、もう一度ひかりを病院へ連れて行くことを決意した。今回は、かかりつけの小児科医ではなく、少し大きな総合病院の小児科を予約した。漠然とした不安を解消したい。それが、美咲の願いだった。


診察の日、美咲はひかりの手を引いて、緊張した面持ちで診察室のドアを開けた。医師は、ひかりの顔色をじっと見つめ、触診を行った後、いくつか質問をした。そして、最後にこう告げた。


「念のため、詳しい検査をしましょう。血液検査と、いくつか専門的な検査を受けていただけますか」


その言葉を聞いた瞬間、美咲の心臓がどくりと音を立てた。健一は、仕事で付き添うことができなかった。一人で医師の説明を聞きながら、美咲の頭の中は真っ白になった。


数日後、健一と美咲は揃って再び病院を訪れた。悠人は実家に預け、二人きりで診察室の椅子に座った。医師は、神妙な面持ちで検査結果の用紙を広げた。


「佐藤さん。ひかりちゃんの検査結果ですが……残念ながら、あまり良くありません」


その言葉が、二人の日常に、そして未来に、重くのしかかった。ひかりの体内で、何かが決定的に、そして恐ろしい速さで、彼女の命を蝕んでいることを告げる、宣告の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ