最終章 宙(そら)の記憶、未来へ
ひかりが空へと旅立ってから、二度目の春が巡ってきた。リビングの窓からは、あの頃と同じように温かい陽光が差し込み、柔らかな風がカーテンを揺らしていた。佐藤家の日常は、あの深い悲しみの日々とは異なる、穏やかな空気に満ちていた。
美咲は、ボランティア活動に加えて、小児病棟の親子が交流できる場を設けるためのNPO法人設立に向け、動き始めていた。初めての経験で戸惑うことも多かったが、ひかりの命が、同じ境遇の人々の助けになるのなら、と美咲は強い決意を胸に活動に打ち込んだ。ある日、病室で美咲が絵本を読んであげた女の子が、ひかりと同じように、その小さな手を握りしめてくれた時、美咲の心に、温かい感動が広がった。ひかりはもういない。けれど、ひかりが生きた証は、こうして確かに受け継がれている。
健一の花壇は、今や近所でも評判の美しい場所になっていた。ひまわりが咲き誇る季節には、子どもたちが集まってきて、その明るさに目を輝かせた。健一は、花壇を訪れる人々に、ひかりとの思い出を語って聞かせるようになった。それは、悲しみを分かち合うだけでなく、ひかりがどれほど愛された子だったかを伝える、健一なりの方法だった。言葉にすることで、心の奥底に沈んでいた苦しみが、少しずつ浄化されていくのを感じた。
悠人は、この春から高学年になった。ひかりの死は、悠人の心に深い影を落としたが、同時に、命の尊さや、家族の温かさを、人一倍深く理解する子どもへと成長させていた。学校の休み時間には、低学年の子どもの面倒を見たり、絵を描くことが好きだったひかりのように、スケッチブックを手に校庭の風景を写し取ったりした。悠人の絵には、どこか優しい光が宿るようになった。
家族三人で、ひかりの命日には、花壇に新しい花を植えに行った。それぞれの心の中に、ひかりとの思い出が鮮やかに蘇る。あの頃の苦しみや、感情の崩壊は、決して忘れることのできない記憶だ。しかし、その記憶は、もはや彼らを縛り付けるものではなかった。むしろ、ひかりが教えてくれた、かけがえのない命の輝きと、家族の絆の強さを、彼らにとっての永遠の道標としてくれた。
夕焼け空が、花壇を赤く染め上げていた。その空を、健一は悠人と美咲と三人で見上げた。ひかりは、今、あの広い**宙**のどこかで、家族を見守っているだろう。悲しみの先に、確かに希望の光はある。ひかりのいない世界で、家族はそれぞれが、ひかりの記憶を胸に、新しい未来へと、ゆっくりと、しかし確実に、歩み続けていく。