01 ファンファーレ、そして新たな羞恥プレイ
バグぴは、不思議だった。
どうして自分にこんな物語が書けるのか。
記憶を失っていても言葉は、まるで、空気から染み入るかのように彼の中を満たし、指先から溢れ、軽快な音と共にテキストファイルを紡いだ。結び、消え、かつ結び。五百文字と千文字の間を行ったり来たりしていたテキストは、しかし、ある一つの段階を超えると止まらなくなった。「インターネットの悪霊」な「なんかヤバいオタク」だからといって、ここまでできるものなのだろうか?
その時、彼が思っていたのは書きたい、や、書こう、ではなかった。いや、思っていることは特になかった。まるで自動書記のようにキーボードを叩き続け、その最中、彼は感じていた。
書かなければ、居心地が悪い。
物語が途中だ、というのは、本棚でマンガの並びが⑥①⑤④②③となっているように、落ち着かなかった。開きっぱなしの引き出しのように、放置してある食べかけのパンのように、一種類だけ見ていないゲームのエンディングかのように。
あるいは自分はやっぱり、記憶を失う前、物語を書いていたのかもしれない。ふと、息継ぎのように思った。
書いてみて分かったが、これは、純粋な頭脳労働ではない。肉体労働がかなり混じっている。やっていることは頭で考えキーボードで打ち込むだけだが、得られる疲労感は、泳ぐのに似ていた。それも、息継ぎ無しでどこまで行けるかを競うような種類の。しかし自分には、体力があった。
そしてバグぴはもう一つ、分かった。
妄想と現実に、大した違いはない。いや、そもそもすべてが妄想であり、なおかつ現実である、と言えるのかもしれない。
二次創作は妄想だ。これはまず間違いない。
では、一次創作は妄想ではないのか?
一次創作が妄想だとするなら、現実は?
現実で起きている出来事は、妄想ではない――それはたしかだろう。だがその理由は? もしその理由が、現実に存在する物事が影響を受けるから、ならば――創作という妄想に影響を受け行動、二次創作をしていることは、現実なのか、妄想なのか?
もちろん、言葉遊びでしかない。が、しかし、言葉で遊ぶのは文明の本質だろう。そして言葉自体、妄想であるとも言える。犬を「いぬ」と呼ぶ論理的な理由はない。一つの石という物体と、1という数字、概念にある関係性さえ、人間がでっち上げたものでしかない。さながら熱血少年漫画のボーイズラブ同人誌かBSS青春本かのように。
バグぴは思う。
この世界は妄想で満ちている。物語で満ちている。虚構で満ちている。
なら、魔法が存在したところで、わざわざ驚くことは、ない。
そして、呟く。
「………………できた……」
取り掛かってからほぼ四日が経過していたが、バグぴにとっては数時間程度にしか感じられなかった。ピアが軽快なファンファーレを鳴らす。
「おめでとうございます! これで魔法を使うための訓練、その第一段階が完了しました! 次は……アマネさん?」
「……ほぃっ!?」
時刻は夜の十一時半。風呂に入ってパジャマに着替え、バグぴのキーボード音をBGMに読書していたアマネは、急に呼びかけられ妙な声を出してしまう。
「次なる訓練は、アマネさんの協力が不可欠になります。ご協力していただけますか?」
「……ふつー、さ、どういう訓練内容かを説明してから、そういうこと言うもんだと思うけど……まあ……いいよ、うん」
きっととんでもないことを言われるだろうと覚悟はしているので、深呼吸。
ピアは、言う。
「バグぴさん、それでは、書き上げた二次創作を、アマネさんに朗読してもらいますので、しっかり聴いていてくださいね。私を繋げますので、出てきたドライブに書き上げたテキストを保存してもらえますか?」
「はーい」
バグぴは事も無げに答え、当然のようにカチカチ、クリック。
「あ、文字コードってUTF-8で大丈夫だよね?」
「ええ……はい、確認できました。アマネさん、今そのスマホに送り」「待って待って待って待って」
トントン拍子で進む話に追いつけず、アマネはまたも妙な声を出してしまった。
今、この人たち、なんて言った?
私が、朗読する? バグぴの書いた、二次創作を? 目の前……ってか、それを、バグぴに、聞かせる?
自分がやられたら一生、事あるごとに思い出して「っっあキーッッッ」となってしまう羞恥体験を、まるで朝食の食卓の「醤油とって」ぐらいの気軽さで言う二人にはもう、開いた口がふさがらなかった。
「いっ、いやっ、あのっ」
気持ちを想像すると消えたくなる。いたたまれなさで爆発したくなる。読書感想文を他人に見られるのさえ恥ずかしいのに、それが二次創作になったら……!
「バグっ、バグぴは、い、いいの……?」
「……え、ごめん、なんか、ダメだった?」
あ、ひょっとして辛い料理は苦手だった? ぐらいの彼に、改めて、とんでもない溝を感じた。それでまた、今まで知り合ったどんな人間とも、バグぴは違うんだ、と実感し……覚悟を決めた。今更これぐらいのこと、なんだと、いう、んだ……そうだ……なん、でも、ない……はず……だ……。
「……う、ううん、いいよ、送って……」
「はい、完了です。そちらのスマホに通知が出ると思いますので、そこから開いて、朗読をお願いします」
一秒の間もなくその通りになって、ファイルを開く。本当なら、見るのも許されない気がしたけれど……バグぴと来たら、まるで何も思っていない、どころか、早く聴きたいなー、ぐらいの顔に見える。
ふざけて読んでやろうか、と一瞬そんな考えがよぎるけど……深呼吸してやめた。それをやるのは、ただ失礼だ。今自分がどれだけの羞恥プレイを強要されているとしても、この四日間、バグぴは真剣に創作に打ち込んでいた。なら、私もそれ見合うだけのことをしなくちゃ。
「そうだ、バグぴさん、ヘッドホンをどうぞ」
「うわっ、なんだよこれどっから出てきたんだよ」
「まあまあ、せっかくの朗読ですから。アマネさん、こちら側で補正をかけてASMR風にしますので、大きな声でなくても大丈夫ですよ」
「ハア!?!?!? …………はあぁぁぁ…………じゃあ……ちょっと、読み込むから、あの、しばらく音声、切ってもらえる……?」
もはや、この二人に何を言ってもムダだ、という気持ちの諦め混じりで、アマネは原稿に集中することにした。やがて小一時間の後、準備ができたことを告げると、二人は言った。
「やあ、なんかこれ、ワクワクするな」
「ですね、それではアマネさん、お願いします!」
欠片の羞恥も感じられないバグぴの声に、むしろアマネが頬を赤くした。
しかし、それはもう、これから始まる読み上げを恥ずかしがってのことではなかった。
作者の前で作品を朗読する緊張からだった。
アマネは大きく息を吸い、始めた。
「夜の海の勲」
◇◆◇ あとがき ◇◆◇
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