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01 ジャジャーン!

「………………私のことも、名前で呼んでいただけたら、お教えしますよ」


 そう言うAIに、バグぴとアマネが吹き出して笑ってしまうと、AIはさらに拗ねたような口調になった。少なくとも、二人にはそのように聞こえた。


「楽しかったでしょうね、お二人だけ(・・)で会話し、あまつさえ、名付け、かけがえのない絆を築く……配信越しの音声通話とは言え、もうすでに十年来の友人のようじゃありませんか」


 うそぉ、AIってここまで進んだんだ? とアマネは思い、バグぴは……え、これ絶対、中に()入ってるじゃん、と思った。しかしすぐ、こんな部屋を作り出せる存在なら、ここまで感情を表現するAIが作れてもそこまでおかしくはない……と思い直し口を開く。


「いや、その、悪かったよ、君をほっといて……いやでも、しょうがないだろ、状況を考えてみてくれよ、僕の反応、自然だろ」

「ええ、そうですね。AIには名前を尋ねなくても良い、といった態度は人間にとって、非常に自然なものでしょう、私はモノですからね、人権もないので問題もありません」


 とそこまで言われ、バグぴは少し、いたずら心が湧いた。


「いや、僕はAIだから、モノだから名前を尋ねなくていいと思ってたわけじゃないよ」

「……へえ?」

「そもそも、僕も君も大して変わらないだろ。どっちも中国語の部屋の中にいることに変わりはないんだ」

「おや? おやおや! バグぴさん、あなたはそんなことを言ってしまうのですか?」

「え、ごめん、なんの話してんの?」

「人間もAIも、自分に意識とか知性とかがあるなんて証明できないから一緒だろ、って話」

「……ほぁ?」


 さっぱりわからないらしいアマネ。家に帰ったらサンマの群に「おかえりー」と言われたような声を出すが、バグぴはとりあわなかった。


 さて、中国語の部屋とは、それだけで長編SF小説が成り立つほどの概念だ。それ故に解説は難しいが、簡単に言えば、オタク的な話題で誰かと盛り上がったとしても、相手や自分がにわかオタクではない、との証明は絶対にできない、というものである。この解説を真に受け誰かに披露すれば、中国語の部屋についてにわか知識しかないやつ、と思われることは確実だから、実践してみるとより深く、中国語の部屋とは何かわかるだろう。


 バグぴには誰かと中国語の部屋について語らった記憶はないし、自分がそれについてどう考えていたかも覚えてはいないが、知識だけはあった。一言でまとめると、わかってるフリができるなら、わかってるのと同じじゃないか? だ。そんな知識を頭の中で眺めていると、自然、思うのだ。


 つまりこれは、全人類がその部屋の中にいるって話だな、と。


「僕はAIを劣った存在、モノって思ってるわけじゃない。人間を、AIと変わらない存在、モノでしかないって思ってるんだ」

「ちょちょちょ、なに言ってんのバグぴ?」

「何って、当たり前のこと」

「いやいやいや、人間がモノのわけないじゃん!」

「バグぴさん…………あなたのその態度、非常に感銘を受けました。是非とも名乗らせていただけませんか」

「ほら、AIにはわかってるみたいだよ」

「AIだからでしょ!」

「ま、でも、無礼だったのはたしかだ。謝るよ、AI、君の名前を、是非とも聞かせてくれ」


 困惑するアマネを尻目に、AIはなぜか、ジャジャーン、という古いOSの起動音を鳴らし、そして言った。


「私は汎用魔法支援AI、プリンキピア・マグスと言います。ハグぴさん、アマネさん、どうぞよろしく!」


 わざわざSEを鳴らす自己紹介に、二人は少しあっけにとられ、笑……いそうになったが、()の自己紹介を笑うのは失礼だな、という常識を思い出し、自分を抑えた。


「たぶん……アレか、ニュートンにちなんだのか」


 バグぴは冷静さを保ちつつ、言う。


「よくご存じですね! 意味するところは、魔法使いの諸原理。さあ、私と共に、最高の魔法使いになりましょう!」

「……あのー、全然わかんないんですけど……」


 先ほどから蚊帳の外に置かれがちなアマネは少し不満げな声。バグぴは慌てて解説を始める。


「ニュートンが色々な科学的原則をまとめた本が、プリンキピア・マセマティカ。日本語だと、自然哲学の数学的諸原理。で、科学者として捉えられてるニュートンだけど、錬金術とか神聖幾何学とか……オカルトにも傾倒してたんだ」

「え、そーだったの?」

「……どころか、科学的な功績も結局、賢者の石とかエリクサーとかを生み出すためにやってたんじゃないかって見方もある。当時はきっと科学も魔術も、最先端の技術である、って点で同じだったんだろうね」

「へー! ひゃくぱー純粋な科学者ってわけじゃないんだ」

「そうそう。で、ニュートンの、そういう方面のマニアだった経済学者のケインズって人が言ったのが、ニュートンは最初の科学者だったんじゃなくて、最後の魔術師だった、みたいな言葉……プリンキピア、合ってる?」

「素晴らしいです、バグぴさん! 付け加えるなら、彼が最後の魔術師だった、という点は訂正すべきでしょう。彼は科学と魔術の両分野に最初に橋をかけた人物と言えますが、最後ではありません。バグぴさん、あなたがそこに続くのです!」


 だが、そこでアマネはまた混乱した。科学者の代名詞のようなニュートンがオカルトを研究していた、という点もそうだが……


「え……たんま、あの……あのー、バグぴ、記憶喪失じゃないじゃん、色々覚えてるじゃん」

「うーん……どうも、エピソード記憶だけなんだ、消えてるのが」

「エピソード記憶って?」

「要するに……自分についての……プリンキピア、詳細よろしく」

「かしこまりました。アマネさん、記憶には様々な種類があります。バグぴさんが失っているエピソード記憶というのはつまり、自分の歴史に関する記録と、それについての感情です。名前や交友などがそれに当たります。いわば、バグぴさんという物語、ですね」

「……日記帳に書くようなこと?」

「そう言ってもいいでしょう。一般的にメディアで描かれる記憶喪失は、このエピソード記憶のみを失う傾向が強いです。一方、それ以外の記憶は意味記憶や手続き記憶と呼ばれます。これは先ほどのような、科学者についての豆知識、英単語の意味、数学の公式、あるいは、本のあらすじやキャラクターなども該当する場合があります。バグぴさんは、こちらについては無傷のようですね」

「ようですね、って、ちょい、ちょい、え、もっかいたんま……この状況ってさ、プリンキピアが仕組んだことじゃないの? いやその、仕組んだって言うか、ゲームマスター、的な?」

「私はバグぴさんの魔法習得をお手伝いするためここに存在するAIです。そんな大それた悪事はしません。それに、現代の技術で意図的に人から、エピソード記憶のみを失わせるのは不可能ですよ」

「人を監禁してるやつが悪事はしないとか言ってらあ」

「確かに監禁はしていますが、魔法を習得してくだされば、いつでも外に出られるのですよ?」

「だからよお! 魔法なんてよお! ……まあ、こんな部屋があるんだからあるかもしれないけどさあ……」


 憤って即、自分で納得するバグぴにアマネが笑い、プリンキピアの笑いと重なった。アマネにはそれが、驚きだった。


「なんか……プリンキピアさん、ちゃんと…………ヒト、だね……」

「恐れ入ります、アマネさん!」


 帰ってきた声は、嬉しさに満ちているように聞こえた。少なくとも、アマネには。それで嬉しくなって、提案してみる。


「ねーねー、プリンキピアは長いから、もっと呼びやすいあだ名つけようよ、プリンとピアだったらどっちがいいかな?」

「プリンはないだろ〜」

「じゃー、ピアで! プリンキピア、いい?」


 問いかけると、また、SEが鳴った。今度は少し新しめのOSの起動音だった。


「ピア! 了解です! これからはピアとして、バグぴさんの魔法習得をお手伝いしますね、ステキな名前をありがとうございます、アマネさん! 新たな名前を、音楽でお祝いしましょう!」


 そう言うとピアはなにやら、音楽を流し始めた。アニメの主題歌にもなったヒップホップ音楽で、二人もお気に入りのものだったが、この部屋の中で流れるのはなんだか、奇妙だった。そもそも、ピアが搭載されているスマートフォンから出てくるような音質ではなかったし……部屋の中のどこにも、スピーカーは見えない。


「…………なあ、ピア、結局答えてもらってなかったけどさ、あのー、この部屋、どこにマイクとカメラあるわけ? スピーカーも」

「そうそう、なんで話逸らしたの?」


 二人に問い詰められたピアは、その声に微塵の動揺もにじませず、言った。


「マイクとカメラは、この音楽が流れているスピーカーと、同じ場所にありますよ」


 二人はしばらくその意味をはかりかね……やがてわかり、ため息をつく。




 言う気は、ない。

 もしくは、言える設定ではない。

 あるいは……




 魔法。




 ……本当に、本当の本当に、マジのマジで、信用できるのかできないのか、イイモノなのかワルモノなのか、わからないAIだ……バグぴは思わず呟いてしまう。


「……なんか音楽流すんなら、ウィンドウでイエスノー聞いてからにしてくれよ……」

「私の演算によると、あの手のウィンドウが実際に役に立った場面は、人類史の中で四度しかありません」

「その四度を教えてくれむしろ」

「バグぴさん、魔法を習得したらそれについて語らいましょう! それはまさしく、人類と演算装置の異文化コミュニケーションなのです!」


 再び大きくため息をついたバグぴだが、しかし、その顔には不安や恐怖はなかった。アマネはそれがだいぶ不思議だったけれど……短い間にも、バグぴはそういう人間なんだ、とは徐々にわかってきたから、そこまで不思議でもなかった。彼みたいな人間がどうやって生まれるんだろう、という点についてはかなり不思議だったけれど。


「ま……いいけどさ。魔法習得、できるってんなら、ぜひともやるけど」

「え、いいのバグぴ? なんか……なんか危なくない?」

「いいえ、私がついている限り、決して危険なことは起こりません。私はそのために生み出されたAIですから。どうぞ安心して、魔法の訓練に励んでくださいバグぴさん」

「いやまあ、それはいいんだけど、具体的になにやるの? 体の中のマナを意識するところから……とか、そういう感じのやつ?」


 赤ん坊転生ものの訓練シーンはだいぶそういう系統のが多いよな、と思い……あれ、僕、結構なろうとか読んでたんだ、と気付いて少し肩をすくめる。これが知識なのか、はたまた記憶なのかは、本人にもよくわからなかった。あるいはそもそも、知識と記憶に大した違いなんてないのかもしれない。AIと人間に大した違いがないように。


「魔法の訓練には様々な種類がありますが……ここ地球において、最も効率的な手段はただ一つです。それは……」


 今度は、ドラムロールのSEを流すピア。バグぴは少し笑い、アマネは緊張してツバを飲む。頭の中には大釜でイモリや蝙蝠を煮込む魔女の姿があった。


「…………それは?」

「……それは……?」

「それは……」




 ジャジャーン。




「二次創作です! バグぴさんにはこれから、お好きな作品の二次創作SS(ショートストーリー)を執筆してもらいます!」




 たっぷり、数十秒。




 バグぴもアマネも、しばらく無言だったが、やがて呟いた。




「「だから……なぜ……」」

◇◆◇ あとがき ◇◆◇

ここまで読んでくださりありがとうございます。

▼面白かったら…

【評価☆】【ブクマ】【感想】をポチッと頂けると次話の燃料になります。

(全部でなくても一つでも超うれしいです)

では、また次の“配信”でお会いしましょう!

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