05-01 デート哲学の議論
それから二人は、記憶が戻るかもしれない! なんてふざけて言い合いながら本屋を巡ったり、爆弾焼きという名前に惹かれ買い食いしたり、屋内型テーマパークを巡ったりと、一日中遊び回った。そして日も暮れかけた頃、またしてもベインブリッジがバグぴの頭の上にあらわれ、おいデートなら観覧車乗っとけよ鉄板だろ? と主張し、はたき落とされるのをまた、ぬるぅりとかわした。それがコントじみて面白く、アマネはケラケラ笑い、近場の観覧車に向かうことに。バグぴはなにやらもにょもにょ、口の中で不満らしきものを漏らしていたようだけど、この際だから無視。
「君は……こういう経験、豊かな方なの?」
十人程度並んでいた観覧車の列でポツリ、バグぴは尋ねた。何気ない風を装ってはいたけれど、視線はキョロキョロと落ち着かない。他の客は、いかにも楽しげなカップルばかり。バグぴの、何かを意識しているのが丸分かりの顔が、アマネにはなんだかとても、かわいらしく見えた。バグぴ以外にされたらぶん殴りたくなる質問だったけれど……なんだか、こちらが激辛料理にさらに唐辛子を入れているのを見られ、呆れと尊敬が入り混じった視線を浴びているかのようで、そこまで悪い気はしなかった。
「ふふ、どう思う〜?」
わざとニヤニヤして鬱陶しい感じで聞いてみる。するとバグぴはあからさまに困惑した表情を見せる。その顔に、胸がキュンとなって、心が吠えた気がして、なんだかとても満たされた気分になる。
「あはははははっ、そっ、そんなに困った顔しなくてもいーじゃん!」
「なっ、あっ、それっ、はっ、いや、だって、どっちに答えても、なんか、しっ、失礼に……?」
「あはは、今さら何言ってんのー、君と私の仲でしょ!」
「い、異次元すぎるんだよ君と僕は!」
「なに、俺とオマエじゃ次元が違うぜってこと?」
「ちがっ! だから、その……で……………………デート! って、その、だから……」
……ああ、この人、デートって言うのも恥ずかしいんだ……しかも、それを、今の今まで言い出せなかったんだ……と、気付くと、さらに心が吠えた。うるさいハスキー犬並に吠えた。
「ふふふ〜、言いたいこと当ててあげよっか? デートは付き合ってるカップルがするもので、付き合ってない状態だったら、デートとは呼ばない。逆に、付き合ってなくてもデートするような人間は、恋愛関係が緩い、軽々しい……あーもーめんどっ、チャラチャラした連中、ってことでしょ?」
赤かったバグぴの顔がさらに真っ赤になって、さらにきゅんとなり、アマネは心の檻にしっかり鍵をかけた。今にも暴れ出してしまいそうだ。自分が書いた二次創作を朗読されても平気なクセに、小学生でも平然とできそうな話題に羞恥を感じる彼の心は、一体、何でできているのだろう?
「そっ……こまで、は……」
「あはは、いいよ別に」
くすくす笑いながら、少し遠い目になるアマネ。
「私は……うーん……なんかね、すっごい告られるんだけど……あの、八割方、ほとんど話したことない相手なんだよね。いやあの、なんで? ってなるじゃん。で、そんなの怖いから断るでしょ。他人の状態からいきなり恋人になって、って! 発想が怖いよ何その距離の詰め方! そしたら友達がさ、デートしてから決めたらって言ってきて、それもそうか、って思ってデートして、やっぱ合わないなー、って大抵なっちゃうんだ。ああ、この人、そもそも、良く知らない相手に好きですって言える人なんだよな〜って思っちゃって」
夢見る女児のように、自分のことをすべて分かってくれる相手がいつか迎えにきてくれる、とは思わないけれど。
「でもさ、私だって人並みに恋愛願望あるし、ちゃんと楽しいデートしてみたいなーって思うから、そういうのを繰り返してきたわけです。でも……これ言うとすっごいバカにされるかキレられるかなんだけど、今まで彼氏いたことないんだよ、私」
表立って言う人間はいないけれど、男子や女子の一部には、お高くとまってる、もしくは、ヤバいビッチ、扱いされているのは知っている。けれど、何一つ悪いことはしていないから特に、気にしてはいない。陰口だけ、なんて、どこまで平和でいい人たちなんだろう、と少し感心さえする。
「まあ……一理は、あるのか? つまり……君にとってデートとは、相手を知るための……単なる、手段?」
「まー、そういうことに、なるのかな? よくわかんないけど、ふふ、今日は、でも、すっごい楽しい! あはは、デートが楽しかったのなんて生まれて初めて!」
心の底から、満面の笑みを浮かべるアマネを見て、バグぴの動作が固まった。列が進んでも、数秒。
「バグぴ……? どしたの……?」
「え、あ、いや、なんでも、なんでもない」
「え、顔、真っ赤だよ?」
「あ、あ、えあ? なんでも、な、あ? なんでもない」
「…………バグぴが、バグった!」
けらけらくすくす、おかしそうに笑うアマネを見て、バグぴはさらにバグっていって、当分治りそうになかった。